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第一章 開かれる女の子への道(葵編)
【第1話】 合格通知
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「合格!? オレ、本当に合格できたの?」
桜の花が印刷された一枚の厚紙を持つ少女、否、少年の手が震えていた。
紙を握るしなやかな指は少女のもののように見えるが、言葉遣いは紛れもなく男の子だ。
『橘 葵様。おめでとうございます。あなたはBS学園特進クラスに、厳正なる審査を経て選ばれました』
葵の手の震えがおさまらないのにはわけがある。
BS学園は、毎年ハー〇ードなどの一流の進学先に多数の生徒を送り込むエリート校だからだ。
中でも特進生は世界中から毎年三人という超難関だ。
勉学とスポーツは校内で常にトップだった葵にとっても、BS学園のハードルは果てしなく高い。
ダメ元で受験したというのが、正直なところだ。
そんな夢のような学園に合格できた。
未だに信じられないが、通知を読み返すうちに実感が少しずつ湧いてくる。
まさに人生の春が来たと、葵は感じている。
ついでに言うと、制服もカッコいいと思う。
ちょっとした貴族気分を味わえるデザインになっていて、見ているだけで心が躍る。
女性のセーラー服も可愛らしい。所々にバラの刺繍があしらわれた上品なデザインだ。
サンプル写真の女生徒は、とても朗らかで清楚に演出されていた。
思わず一目ぼれしそうになるくらいだ。
こんな可愛らしい女の子と付き合えたらいいなと、葵は妄想する。
何を隠そう、健全な男子である葵は、性的な意味で女の子に興味津々なのだ。
女の子と付き合ったことも何度かある。
転勤族だったためにどれも長続きはしなかったが、環境が変わった今、新しい彼女を作って、本格的な交際をしたいという願望があった。
BS学園は、異常なほど可愛い女の子が集まっている。
彼女を作る上では最高の場所だ。
何もまだ知らない葵はこの時そう思っていた。
両親をなくして身寄りのない葵にとって、このエリート校に特進生徒として合格することが、将来を切り開く唯一の道だった。全寮制で、学費はタダ。お小遣いまでもらえると至れり尽くせりなのだ。
世界に羽ばたく技術者になる。BS学園は、そんな葵の野望をかなえる最良の環境だ。
教材、生徒、先生のレベル全てが最高峰なのだ。そんな学園は他にない。
もし他の学園に行くことになった場合、親戚の叔父さんの家に正式に引き取ってもらう手もあったのだが、葵はそんな未来は想像もしたくなかった。
「これで、あの気持ち悪い叔父さんの顔を見なくてすむ。最悪だったよ、本当に」
ため息をつきながら、忌々しい日々のことを思い出す。
―――――
橘家の家長でもある叔父の誠司は、精悍な顔立ちをした紳士だ。
身長も百八十五センチと高いのに加えて、昔ラグビーをやっていただけあって、肩幅の広い白いスーツがよく映える。
だが、これは表向きの顔。
裏では、葵に無理やり女装を強いてくる変態だ。
葵の両親が不慮の交通事故で亡くなったのは受験直前だった。
何者かに轢き殺されたのだ。事件の真相は闇の中だ。
新しく保護者になったのは、一人暮らしの叔父、誠司だった。
最初は紳士的な対応をしていた誠司だったが、三日目くらいから本性を現した。
どこから見つけてきたのか、小柄な葵にサイズがぴったりのワンピースを着るように命令してきたのだ。
誠司は、一緒に暮らすための最低条件とのたまった。
養育費を払うのだから、言われたことは聞きなさいと押し付けてきた。
まさに、弱みに付け込むゲズ野郎だ。
幸いまだ女性用の下着は強要されていないが、トランクスではなくブリーフにされてしまった。
ワンピースなんて、男の子が着るようなものではないし、葵だってもちろん拒絶したい。
だが、お金がない葵にとって交渉の余地はない。
要求を飲まなければ、追い出されるだけだ。路頭に迷って飢え死にする悲惨な未来しか見えてこない。
葵はひらひらのワンピースを着たまま、全身鏡の前に立たされた。
真っ白で柔らかそうな肌に包まれた、すらっと伸びた細い腕が、薄い生地からのぞいている。
その姿を見て、誠司は満足そうにうんうんと頷いた。
「ほら、あおい。鏡にワンピース姿の女の子が映っているよ。まだお化粧すらしていなのに、なんて可愛いんだろう。君もそう思うだろう?」
誠司は片膝をついて、葵の肩を上から下に、いやらしい手つきで何度も撫でる。
葵の白い頬は、恥ずかしさからか薄っすらと赤く染まってきていた。その表情は、まぎれもなく恥じらう乙女になってしまっていることに葵は気付いていない。
「きれいな肌だ。まるで赤ん坊のようだ。こんな可憐な女の子、どんなアイドルだって比較にすらならないさ。一体どこの誰なんだろうね?」と耳元でささやかれる。
その吐息が耳たぶにかかって、葵はくすぐったそうに身もだえた。
鏡を見ると、確かに可愛らしい女の子が映っている。葵にはクラスに一人いる美少女に見える。
もっとも、葵の鏡の中の少女への評価は、世間一般的にはむしろ控えめに聞こえるだろう。
魅力的で大きな目と緩やかな月型の女性らしい眉毛。国民的美少女と言っても過言ではない。
葵の場合、無理やり女装をさせられた状態ですでにそうなのだ。
胸はまだ膨らんでいないし、くびれができているわけでもないが、天真爛漫な少女の雰囲気を纏っている。
はっきり言って、他の男の娘と呼ばれる人たちはおろか、テレビ番組のスタープログラムで作られたアイドルとはモノが違う。
まだ幼いが、女の子の素材として一級品だ。
髪は短いが、赤いカチューシャが、男の子っぽさを微塵もなく吹き飛ばしてしまう。
葵がどんなに否定したくても、どこからどう見ても、男の子のふりをして頑張っているボーイッシュな女の子に見えてしまうのだ。
「まずい。流されてはだめだ」と自分に言い聞かせている葵に、誠司は耳元で、こう囁く。
「この可愛い女の子はまぎれもなく君だ。女の子になった本当の君の姿だよ」
その低い声が体の芯まで届いて、葵はブルブルと体を震わせた。
―――――
BS学園の合格通知は、そんな最悪の日常を変える切り札だ。
「あの叔父さんとはおさらばだ。せいせいする」
そう考えると喜びに満ちてくる。
もう二度と変態おやじと口なんて聞くものか。
特進コースに入った今、叔父さんに養ってもらう必要はない。
自分の努力でつかんだ輝かしい人生は目の前にある。
もっと精進してがんばらないと。
でも、たまにはカッコいい制服を着て、可愛い彼女とデートするなんてご褒美があってもいいかな。
BS学園には現地到着から入学式までに、数か月に及ぶ「自習」期間がある。
なんでも生徒の自習性を重んじる校風らしい。
単なるエリート校ではないところも、葵がBS学園に惹かれた理由だ。
「おっといけね。もう寝る時間だ。入学したら、もっと勉強にスポーツに頑張らないと」
葵は妄想をして緩んだ顔をパンパンと叩いた。
そして、明日に迫った入寮日を楽しみにして、寝床に入ったのだった。
桜の花が印刷された一枚の厚紙を持つ少女、否、少年の手が震えていた。
紙を握るしなやかな指は少女のもののように見えるが、言葉遣いは紛れもなく男の子だ。
『橘 葵様。おめでとうございます。あなたはBS学園特進クラスに、厳正なる審査を経て選ばれました』
葵の手の震えがおさまらないのにはわけがある。
BS学園は、毎年ハー〇ードなどの一流の進学先に多数の生徒を送り込むエリート校だからだ。
中でも特進生は世界中から毎年三人という超難関だ。
勉学とスポーツは校内で常にトップだった葵にとっても、BS学園のハードルは果てしなく高い。
ダメ元で受験したというのが、正直なところだ。
そんな夢のような学園に合格できた。
未だに信じられないが、通知を読み返すうちに実感が少しずつ湧いてくる。
まさに人生の春が来たと、葵は感じている。
ついでに言うと、制服もカッコいいと思う。
ちょっとした貴族気分を味わえるデザインになっていて、見ているだけで心が躍る。
女性のセーラー服も可愛らしい。所々にバラの刺繍があしらわれた上品なデザインだ。
サンプル写真の女生徒は、とても朗らかで清楚に演出されていた。
思わず一目ぼれしそうになるくらいだ。
こんな可愛らしい女の子と付き合えたらいいなと、葵は妄想する。
何を隠そう、健全な男子である葵は、性的な意味で女の子に興味津々なのだ。
女の子と付き合ったことも何度かある。
転勤族だったためにどれも長続きはしなかったが、環境が変わった今、新しい彼女を作って、本格的な交際をしたいという願望があった。
BS学園は、異常なほど可愛い女の子が集まっている。
彼女を作る上では最高の場所だ。
何もまだ知らない葵はこの時そう思っていた。
両親をなくして身寄りのない葵にとって、このエリート校に特進生徒として合格することが、将来を切り開く唯一の道だった。全寮制で、学費はタダ。お小遣いまでもらえると至れり尽くせりなのだ。
世界に羽ばたく技術者になる。BS学園は、そんな葵の野望をかなえる最良の環境だ。
教材、生徒、先生のレベル全てが最高峰なのだ。そんな学園は他にない。
もし他の学園に行くことになった場合、親戚の叔父さんの家に正式に引き取ってもらう手もあったのだが、葵はそんな未来は想像もしたくなかった。
「これで、あの気持ち悪い叔父さんの顔を見なくてすむ。最悪だったよ、本当に」
ため息をつきながら、忌々しい日々のことを思い出す。
―――――
橘家の家長でもある叔父の誠司は、精悍な顔立ちをした紳士だ。
身長も百八十五センチと高いのに加えて、昔ラグビーをやっていただけあって、肩幅の広い白いスーツがよく映える。
だが、これは表向きの顔。
裏では、葵に無理やり女装を強いてくる変態だ。
葵の両親が不慮の交通事故で亡くなったのは受験直前だった。
何者かに轢き殺されたのだ。事件の真相は闇の中だ。
新しく保護者になったのは、一人暮らしの叔父、誠司だった。
最初は紳士的な対応をしていた誠司だったが、三日目くらいから本性を現した。
どこから見つけてきたのか、小柄な葵にサイズがぴったりのワンピースを着るように命令してきたのだ。
誠司は、一緒に暮らすための最低条件とのたまった。
養育費を払うのだから、言われたことは聞きなさいと押し付けてきた。
まさに、弱みに付け込むゲズ野郎だ。
幸いまだ女性用の下着は強要されていないが、トランクスではなくブリーフにされてしまった。
ワンピースなんて、男の子が着るようなものではないし、葵だってもちろん拒絶したい。
だが、お金がない葵にとって交渉の余地はない。
要求を飲まなければ、追い出されるだけだ。路頭に迷って飢え死にする悲惨な未来しか見えてこない。
葵はひらひらのワンピースを着たまま、全身鏡の前に立たされた。
真っ白で柔らかそうな肌に包まれた、すらっと伸びた細い腕が、薄い生地からのぞいている。
その姿を見て、誠司は満足そうにうんうんと頷いた。
「ほら、あおい。鏡にワンピース姿の女の子が映っているよ。まだお化粧すらしていなのに、なんて可愛いんだろう。君もそう思うだろう?」
誠司は片膝をついて、葵の肩を上から下に、いやらしい手つきで何度も撫でる。
葵の白い頬は、恥ずかしさからか薄っすらと赤く染まってきていた。その表情は、まぎれもなく恥じらう乙女になってしまっていることに葵は気付いていない。
「きれいな肌だ。まるで赤ん坊のようだ。こんな可憐な女の子、どんなアイドルだって比較にすらならないさ。一体どこの誰なんだろうね?」と耳元でささやかれる。
その吐息が耳たぶにかかって、葵はくすぐったそうに身もだえた。
鏡を見ると、確かに可愛らしい女の子が映っている。葵にはクラスに一人いる美少女に見える。
もっとも、葵の鏡の中の少女への評価は、世間一般的にはむしろ控えめに聞こえるだろう。
魅力的で大きな目と緩やかな月型の女性らしい眉毛。国民的美少女と言っても過言ではない。
葵の場合、無理やり女装をさせられた状態ですでにそうなのだ。
胸はまだ膨らんでいないし、くびれができているわけでもないが、天真爛漫な少女の雰囲気を纏っている。
はっきり言って、他の男の娘と呼ばれる人たちはおろか、テレビ番組のスタープログラムで作られたアイドルとはモノが違う。
まだ幼いが、女の子の素材として一級品だ。
髪は短いが、赤いカチューシャが、男の子っぽさを微塵もなく吹き飛ばしてしまう。
葵がどんなに否定したくても、どこからどう見ても、男の子のふりをして頑張っているボーイッシュな女の子に見えてしまうのだ。
「まずい。流されてはだめだ」と自分に言い聞かせている葵に、誠司は耳元で、こう囁く。
「この可愛い女の子はまぎれもなく君だ。女の子になった本当の君の姿だよ」
その低い声が体の芯まで届いて、葵はブルブルと体を震わせた。
―――――
BS学園の合格通知は、そんな最悪の日常を変える切り札だ。
「あの叔父さんとはおさらばだ。せいせいする」
そう考えると喜びに満ちてくる。
もう二度と変態おやじと口なんて聞くものか。
特進コースに入った今、叔父さんに養ってもらう必要はない。
自分の努力でつかんだ輝かしい人生は目の前にある。
もっと精進してがんばらないと。
でも、たまにはカッコいい制服を着て、可愛い彼女とデートするなんてご褒美があってもいいかな。
BS学園には現地到着から入学式までに、数か月に及ぶ「自習」期間がある。
なんでも生徒の自習性を重んじる校風らしい。
単なるエリート校ではないところも、葵がBS学園に惹かれた理由だ。
「おっといけね。もう寝る時間だ。入学したら、もっと勉強にスポーツに頑張らないと」
葵は妄想をして緩んだ顔をパンパンと叩いた。
そして、明日に迫った入寮日を楽しみにして、寝床に入ったのだった。
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