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第三章 美少女学園一年目 芽吹き根付く乙女心
【第53話】 再教育(53)つばさ
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■末舛つばさサイド(18)(過去)
久しぶりの自宅。懐かしいはずなのに、何も覚えていない。
きっとこれはつばさの病気のせいなのね。
「覚えていない場所に連れてきて、ごめんなさいね。少しでも思い出してくれればいいのだけど」
ママは、つばさの肩を優しく引き寄せてくれた。
謝らないで、ママ。悪いのは何も覚えていないつばさなの。
家族の思い出の詰まった自分の家を忘れてしまうなんて、つばさ、どうかしているわ。
まず、案内されたのはセンノーシツの倍はある、大きな子供部屋だ。
「すごい。かわいいものでいっぱい。ここがつばさのお部屋なの?」
「そうよ。お人形さん、ぬいぐるみ、絵本。みんなつばさのために集めたのよ」
女の子以上に女の子らしいお部屋だったの。
まるで、おとぎ話のプリンセスの寝室って感じ。
だって窓の形から、ハート型なのよ。
そこにピンクのカーテンにドレープ。
ベッドには天蓋っていう、可愛らしい屋根がついていた。
化粧台にはリップクリームやファンデーションなどがずらりと整頓して入っていて、大人な気分を味わえる。
洋服ダンスには、可愛らしいショーツ、キャミソール、ワンピース、スカート、それに何といっても色とりどりのドレスが所狭しと並べられていた。
「す、すごい。ママ。これがすべてつばさのなの?」
ママは嬉しそうに頷いた。
「いい娘にしてたら、好きなだけ着ていいのよ。つばさは特別可愛いから、どの服を着ても似合うはずよ」
「えへへっ。そうかな」
鏡の前に立っていると、ママに髪をなでられる。
自分で言うのも変だけど、そこに立っているのは黒いストレートヘアーが似合う美少女だ。
ママは、
「こうやって、ツインテールにしても似合うわよ」
と言って、お花のついたおリボンで、あたしの髪を二か所ギュッと束ねてくれる。
たった髪のツヤが強調されて、いつもよりおシャレな感じになった。
「本当だ。髪型だけで印象が変わるのね」
「そうよ。髪は女の命だから。もっと伸ばせば、編み込みヘアーとか、色々楽しめるようになるのよ」
そう言えば、栗色に染められたママの髪型は、おだんごと三つ編みを組み合わせた複雑なもので、大人の女性の美しさ引き立っている。
つばさも、髪がもっと長くなったら、ああいう髪型ができるようになるのね。
つばさの心を読んだのか、ママは優しく語り掛けてきた。
「急がなくて大丈夫よ。つばさはこれから時間をかけて、本当の女の子になっていくの」
そう。髪は伸びるのに時間がかかるしね。
つばさはあらためて部屋を見渡した。
ピンクのベッドに置いてあるのは、うさぎさんや、くまさんのぬいぐるみだ。
うーん。何かが足りない。
いつも一緒に寝ていた何かが……。あっ、そうだ。
「サッカーボール……つばさのサッカーボールがない……」
そう言った瞬間、信じられないほど大きな声でママは怒鳴った。
「ダメよ、つばさ。サッカーボールなんて触ったら。あんな危険なもので、可愛いお顔に傷がついたらどうするの」
ビクッ。
ママは背中が凍るほど恐ろしい顔をしていた。
つばさ、でも、サッカーが好きなの。
サッカーを思い浮かべていると、なぜかワクワクしてくるの。
それでもママは、
「ダメ。サッカーをすると、最悪死んじゃうのよ」
と、強く否定してくる。
だ、だけどつばさは……サッカーが楽しくて……。
「ダメよ。絶対にダメ。つばさがふわふわ病になったのも、サッカーボールで頭をうったからなのよ」
「そ、そうなの? つばさのふわふわ病は、サッカーが原因なの?」
「そうよ。だから、つばさはもう、男の子の遊びは一切しないの。危ないスポーツなんて、もっての他よ」
「もう、つばさ、サッカーはできないの?」
どうしてだろう。つばさはどうして、サッカーにここまで拘っているのだろう。
分からないけど、涙が込み上げてくるの。
そんなつばさを、ママは優しく撫でてくれる。
「大丈夫よ。つばさはこれからお人形さんとぬいぐるみと遊んで暮らすの。休んでいる暇はないわ。立派な淑女になるために、ピアノ、バレエ、お習字、お裁縫、お料理、作法、生け花……。身に付けなければいけないことはいっぱいあるの」
「そ、そんなにたくさん!?」
「そうよ。大丈夫。すぐに楽しくなるわ。女の子として自分が磨かれていく喜びは、とっても甘美なものよ。サッカーなんて男の子の遊びがつまらなくなるくらい、はまってしまうはずよ」
そ、そうなのかな……。
涙が止まらないの。
どうして?
自分でも分からない自分が中にいて、必死にもがいている。
そんなつばさに、ママは助け舟を出してくれる。
「可哀想に。ふわふわ病の影響ね。こう言ったら楽になるわ。『サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ』」
それは、さすがに……。頭の中の声が、抵抗してくる。
ママはすごく怖い目をしていて、つばさはしょうがなく、
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
涙があふれて止まらない。だけど……。
「もう一回」
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
「もう一回」
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
…………。
それから涙が枯れ果てるまで、つばさは叫び続けたの。
不思議なことに、五十回目を超えたあたりから、気持ちが軽くなっていった。
自分に取りついた頑固な汚れが洗い流されるような、爽快感って言ったらいいのかな。
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
「そうよ。その調子。サッカーなんて悪いお遊び、可愛い女の子のつばさには必要ないの」
「うん。つばさ、ふわふわ病になりたくないの。だからサッカー嫌いなの」
ママがつばさを抱き寄せてくれる。
涙は止めどなく湧いてくる。
寂しい? 悔しい? 嬉しい? 楽しい?
正直、サッカーボールを蹴りたいという、悪い気持ちは消えたわけじゃない。
でも、ママの言う通り。
サッカーはふわふわ病になってしまう、下手したら死んでしまう危ないスポーツなんだ。
そのせいで、大切なことをほとんど忘れてしまったし、自分が男の子だって勘違いをしてしまったわけだし。
パパとママのことだって、あまり思い出せないし。
――全てはサッカーが悪いの。
つばさから大切なものを奪っていく。
――サッカーさえなければ、こうはならなかったの。
二度と忘れたくないの。パパのこと、ママのこと、つばさが女の子なこと、そしておじさまのこと。
――サッカーさえなければ。
だから、自分に言い聞かせるようにこう言うの。
「つばさ、サッカー大嫌い」
久しぶりの自宅。懐かしいはずなのに、何も覚えていない。
きっとこれはつばさの病気のせいなのね。
「覚えていない場所に連れてきて、ごめんなさいね。少しでも思い出してくれればいいのだけど」
ママは、つばさの肩を優しく引き寄せてくれた。
謝らないで、ママ。悪いのは何も覚えていないつばさなの。
家族の思い出の詰まった自分の家を忘れてしまうなんて、つばさ、どうかしているわ。
まず、案内されたのはセンノーシツの倍はある、大きな子供部屋だ。
「すごい。かわいいものでいっぱい。ここがつばさのお部屋なの?」
「そうよ。お人形さん、ぬいぐるみ、絵本。みんなつばさのために集めたのよ」
女の子以上に女の子らしいお部屋だったの。
まるで、おとぎ話のプリンセスの寝室って感じ。
だって窓の形から、ハート型なのよ。
そこにピンクのカーテンにドレープ。
ベッドには天蓋っていう、可愛らしい屋根がついていた。
化粧台にはリップクリームやファンデーションなどがずらりと整頓して入っていて、大人な気分を味わえる。
洋服ダンスには、可愛らしいショーツ、キャミソール、ワンピース、スカート、それに何といっても色とりどりのドレスが所狭しと並べられていた。
「す、すごい。ママ。これがすべてつばさのなの?」
ママは嬉しそうに頷いた。
「いい娘にしてたら、好きなだけ着ていいのよ。つばさは特別可愛いから、どの服を着ても似合うはずよ」
「えへへっ。そうかな」
鏡の前に立っていると、ママに髪をなでられる。
自分で言うのも変だけど、そこに立っているのは黒いストレートヘアーが似合う美少女だ。
ママは、
「こうやって、ツインテールにしても似合うわよ」
と言って、お花のついたおリボンで、あたしの髪を二か所ギュッと束ねてくれる。
たった髪のツヤが強調されて、いつもよりおシャレな感じになった。
「本当だ。髪型だけで印象が変わるのね」
「そうよ。髪は女の命だから。もっと伸ばせば、編み込みヘアーとか、色々楽しめるようになるのよ」
そう言えば、栗色に染められたママの髪型は、おだんごと三つ編みを組み合わせた複雑なもので、大人の女性の美しさ引き立っている。
つばさも、髪がもっと長くなったら、ああいう髪型ができるようになるのね。
つばさの心を読んだのか、ママは優しく語り掛けてきた。
「急がなくて大丈夫よ。つばさはこれから時間をかけて、本当の女の子になっていくの」
そう。髪は伸びるのに時間がかかるしね。
つばさはあらためて部屋を見渡した。
ピンクのベッドに置いてあるのは、うさぎさんや、くまさんのぬいぐるみだ。
うーん。何かが足りない。
いつも一緒に寝ていた何かが……。あっ、そうだ。
「サッカーボール……つばさのサッカーボールがない……」
そう言った瞬間、信じられないほど大きな声でママは怒鳴った。
「ダメよ、つばさ。サッカーボールなんて触ったら。あんな危険なもので、可愛いお顔に傷がついたらどうするの」
ビクッ。
ママは背中が凍るほど恐ろしい顔をしていた。
つばさ、でも、サッカーが好きなの。
サッカーを思い浮かべていると、なぜかワクワクしてくるの。
それでもママは、
「ダメ。サッカーをすると、最悪死んじゃうのよ」
と、強く否定してくる。
だ、だけどつばさは……サッカーが楽しくて……。
「ダメよ。絶対にダメ。つばさがふわふわ病になったのも、サッカーボールで頭をうったからなのよ」
「そ、そうなの? つばさのふわふわ病は、サッカーが原因なの?」
「そうよ。だから、つばさはもう、男の子の遊びは一切しないの。危ないスポーツなんて、もっての他よ」
「もう、つばさ、サッカーはできないの?」
どうしてだろう。つばさはどうして、サッカーにここまで拘っているのだろう。
分からないけど、涙が込み上げてくるの。
そんなつばさを、ママは優しく撫でてくれる。
「大丈夫よ。つばさはこれからお人形さんとぬいぐるみと遊んで暮らすの。休んでいる暇はないわ。立派な淑女になるために、ピアノ、バレエ、お習字、お裁縫、お料理、作法、生け花……。身に付けなければいけないことはいっぱいあるの」
「そ、そんなにたくさん!?」
「そうよ。大丈夫。すぐに楽しくなるわ。女の子として自分が磨かれていく喜びは、とっても甘美なものよ。サッカーなんて男の子の遊びがつまらなくなるくらい、はまってしまうはずよ」
そ、そうなのかな……。
涙が止まらないの。
どうして?
自分でも分からない自分が中にいて、必死にもがいている。
そんなつばさに、ママは助け舟を出してくれる。
「可哀想に。ふわふわ病の影響ね。こう言ったら楽になるわ。『サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ』」
それは、さすがに……。頭の中の声が、抵抗してくる。
ママはすごく怖い目をしていて、つばさはしょうがなく、
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
涙があふれて止まらない。だけど……。
「もう一回」
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
「もう一回」
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
…………。
それから涙が枯れ果てるまで、つばさは叫び続けたの。
不思議なことに、五十回目を超えたあたりから、気持ちが軽くなっていった。
自分に取りついた頑固な汚れが洗い流されるような、爽快感って言ったらいいのかな。
「サッカーなんて大嫌い。ボールなんて見たくもないわ」
「そうよ。その調子。サッカーなんて悪いお遊び、可愛い女の子のつばさには必要ないの」
「うん。つばさ、ふわふわ病になりたくないの。だからサッカー嫌いなの」
ママがつばさを抱き寄せてくれる。
涙は止めどなく湧いてくる。
寂しい? 悔しい? 嬉しい? 楽しい?
正直、サッカーボールを蹴りたいという、悪い気持ちは消えたわけじゃない。
でも、ママの言う通り。
サッカーはふわふわ病になってしまう、下手したら死んでしまう危ないスポーツなんだ。
そのせいで、大切なことをほとんど忘れてしまったし、自分が男の子だって勘違いをしてしまったわけだし。
パパとママのことだって、あまり思い出せないし。
――全てはサッカーが悪いの。
つばさから大切なものを奪っていく。
――サッカーさえなければ、こうはならなかったの。
二度と忘れたくないの。パパのこと、ママのこと、つばさが女の子なこと、そしておじさまのこと。
――サッカーさえなければ。
だから、自分に言い聞かせるようにこう言うの。
「つばさ、サッカー大嫌い」
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