頭ファンタジー探偵

てこ/ひかり

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第二幕

VS天狗再び

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「一体何が起きている!?」

 暗闇の中で、誰の物とも分からない怒号が響き渡り、すぐにまた誰かの叫び声によってかき消されていった。混乱と悲鳴が交錯し、寺の中は一時騒然となった。

 何も見えない。
 何も感じない。
 何も分からない。

 ただ突きつけられた現実……悠に百を超える修行僧たちが、為す術もなく一人の”侵入者”にほふられている……という現実を、寺の修行僧の一人である隆元りゅうげんは、未だに受け入れられずにいた。

 有りえない。
 強すぎる。

 宙を舞うその姿を目で追うことさえ、許してもらえなかった。気がつくと、彼の膝は小刻みに震えていた。背中を伝う冷んやりとした汗が落ち切るその前に、今度は彼の横に立っていた同じ修行僧仲間が攻撃を受けた。文字通り翔んできた侵入者に勢いよく顎を拳で突き上げられ、なんと仲間はそのまま朽ちかけた天井へと突き刺さった。隆元は目を疑った。

「う……うわあああああ!!」

 襲撃ー……。


 隆元が籍を置く寺院は人里離れた山の奥にあった。
 通称『天狗寺』と呼ばれ、日本屈指の霊能力者が集まる伝説の寺である。勿論、草木一本生えない不毛の地に近づく者など、彼のような修験者以外誰もいなかった。

 『天狗』と言うのは、元々は酒に溺れた酔っ払いたちが言い始めた”与太話”だ。なんでも大法螺吹きの一人が出鱈目を言うには、そこは既に人が住める環境にはないが、実はそのどこかに寺が隠されており、昼夜問わず厳しい修行に励む”天狗”たちで溢れかえっているという。

 隆元もまた若かりし時、生まれ故郷で父親が営んでいた小さな寺を飛び出し、そんな根も葉もない噂を聞きつけこの天狗寺を探し歩いた僧侶の一人である。
 天狗寺にたどり着いた彼は、数年前から住み込み修行を積むこととなった。その寺には、彼と同じように噂を聞きつけた修験者が他にも大勢いた。中でも念力、壁抜け、透視、浮遊術などの奇怪な力を実際に身につけた優秀な修験者は、実際に仲間内から『天狗』と呼ばれ、畏れられていた。特殊な力の一つ一つを駆使し、彼らは正に常人には叶わぬ奇蹟をそこで起こしていたのである。


 そんな彼らが……目の前で為す術もなく、たった一人の”少女”に次々と倒されていく。


 隆元はぽかんと口を半開きにしたまま、その場に立ち尽くしていた。
 寺が、”爆発”している。
 自分が叫び声を上げていることにすら気がつかなかった。そこら中に火薬でも投げ込まれたかのように、爆音と共に壁に穴が開いていく。まるでボロ雑巾のように、大の大人たちが軽々と畳の上を舞う。それもこれも、たった一人の襲撃者の手によって、だ。
 息を飲む暇もなく、彼の目の前で”舞空術”を身につけた先輩の修験者が床に叩きつけられた。先輩はそのまま床を三枚ぶち抜き、あろうことか地面にめり込んでいった。隆元は恐る恐る、たった今床に出来た穴を覗き込んだ。

「!」

 それから隆元は、地面に降り立った襲撃者の姿を、ようやく肉眼で捉えることができた。細々とした体躯に生えた、蝙蝠のような漆黒の翼。小さな両手に握られた、きめ細やかな装飾の施された短刀。そして、顔には長い鼻の生えた、何処かで見たことのある真っ赤なお面……。

「!?」

 隆元が驚く暇もなく、彼女は翼を広げ一気に彼の元へと舞い戻ってきた。新たな穴を床に開け、ふわりと宙に舞い翼を羽ばたかせる”彼女”に、隆元は一瞬時を忘れ見とれてしまった。彼女がゆっくりと被っていたお面を外した。凶行に及んだ大罪人にしては、端正な顔立ちをしている。真っ赤に染まった目は怒りに満ち溢れ、隆元たちをしっかりと睨んでいた。襲撃者の後ろ側、これまた粉々に打ち破られた壁の向こうに、巨大な満月が見え隠れする。その月と同じ色の、彼女の長い髪の毛が、キラキラと光を反射して輝いた。

「な……何者だ!?」
「無茶苦茶だ! 我らを何と心得る!」
「此処が天狗寺だと知っての狼藉ろうぜきか!」

 思わず腰を抜かしてしまった隆元の背後で、其々武器を構えた修験僧たちが口々に囃し立てた。”彼女”は、返り血で真っ赤に染まった着物を風に靡かせ、

「!?」

 ……それから一寸目を離した隙に、まるで奇術のように、彼女は大勢の修験僧の前から姿を消した。

 そして、次の瞬間。

「うぐ……ッ!?」
 隆元は仲間たちとともに、寺の近くにある滝壺へと突き落とされていた。攻撃を受けたのだと、気づいた時にはもう手遅れだった。

「じゃあな! 似非えせ能力者共!」
「ゲボ……がボァ!?」

 夜の濁流に体の自由を奪われ、途切れる意識の中、隆元は襲撃者の言葉を聞いた。

「起こしたのは、其方じゃねえか」

 それがどう言う意味だったのか、隆元は生涯知る由もなかった。

□□□

「この寺は通称『天狗寺』とも呼ばれ、数百年前天狗が実在したと言う伝説が残されているんだよ、櫻子君」
「まだそんなこと言ってんのか天狗なんている訳ねーだろいい加減目を覚ませ現実を見ろしっかりと社会に対して義務を果たし人々に貢献して妄想を手放し堅実に生きろこの頭御花畑ファンタジー野郎が」
「僕がパンフレットを読み上げただけで、そこまで否定しなくてもいいじゃないか……」

 赤いジャージに身を包み、棒付きのキャンディを咥えた女子高生の横で、坂本探偵がガックリと肩を落とした。二人の目の前には鼻の伸びた奇妙な大仏が飾られていた。雲一つない青空が、訪れた二人を歓迎するかのように瓦の上で輝いている。『天狗寺:観光案内』と書かれた一枚の紙を眺めながら、坂本は晴れ渡った境内で感心したように声を上げた。

「へええ。伝説によると数百年前、天狗の力を騙り村を襲っていた僧侶たちが本物の天狗の怒りを買い、皆次々に川に沈み土に沈み、そして空を舞って半殺しにされたらしい。よっぽど好戦的で暴力的な天狗がいたんだねえ、ここには」
「そ、そんな天狗がいる訳ないだろ。大体伝説なんて、大概嘘っぽいしどうでもいい内容ばっかりじゃねえか」

 何故か慌てふためく櫻子を不思議そうに眺めつつも、坂本は少女を寺の奥へと促した。

「だけど、この資料にはきっと価値があるに違いない。この天狗伝説の謎を解くのは、僕だ! この謎を解き明かした先に、僕の知りたかった”不思議”の答えがきっとあるんだ! さあ、行こう! まだ見ぬ未開の地へ!」
「バカかテメーは。数百年前のかびの生えた事件なんかより、現実が見えてない今の自分のその頭を何とかしろ。バカかテメーは」
「二回も言わなくても……」

 二人はそれから寺の奥へと進み、束の間の休息を楽しむのだった。


《続く》
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