頭ファンタジー探偵

てこ/ひかり

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第二幕

VSサンタクロース

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「何で分かってくれないんですか!? 私が犯人だって言ってるでしょう!?」

 四畳半のアパートの一室に、男の悲痛な叫び声が響いた。男は床に転がる若い女性の死体を指差しながら、必死な形相で唾を飛ばした。

「私が殺したんですよ! 壁抜けとか、瞬間移動とかそんな意味不明な超能力じゃないんです。この世界の物理法則に基づいた、れっきとした”トリック”なんです。ちゃんと推理してください!」

 そう叫んだ男の足元には、まだ乾ききっていない血痕が、バケツの水を零したかのように広がっていた。死体の元にひざまずいていた、もう一人の若い男・パジャマ姿の坂本虎馬が、口元に手を当て何やら考え込む仕草しぐさを見せた。

「いや……これは”トリック”なんかじゃない。きっと犯人の正体は……」
「さっきから私がやったって言ってるのに……」
「犯人は……サンタクロースです!!」

 坂本の推理に、男は右手に包丁を握りしめたまま絶句した。坂本は突然立ち上がり、途方に暮れる犯人を振り向くと嬉しそうに叫んだ。

「だって今夜は、クリスマスイブじゃないですか! サンタクロースなら、瞬間移動も壁抜けもできる。毎年、アレだけの数のプレゼントを世界中の子供たちに配っているんだから!」
「なんてことだ……。この人は阿呆なのか? 現行犯なのに……凶器だって、私まだ持ったまま発見されたのに……」
「心中お察ししまっス」

 自分が心血注いで考えた密室トリックをないがしろにされ、呆然としている犯人に背後から赤いジャージ姿の女子高生が声をかけた。金髪の女子高生・櫻子は、棒突きキャンディーを咥え、部屋の片隅で「ジングルベル」を歌う坂本を横目で見た。

「アイツはああなったらてこでも動かない。信じられないでしょうが彼、目の前の現実が全く見えていないんでス」
「バカな!? あの歳で、未だにサンタクロースを信じているとでも……?」
「こうなったら貴方が証明するしかないっスよ田中さん。この世にサンタクロースは”いない”ってことを」
「!」

 目を見開く犯人に、櫻子が黙って頷いた。こうして犯人の田中と櫻子は、サンタクロースの存在証明を確かめるべく、夢見心地な坂本を引きずり探偵事務所へと戻っていった。

□□□

 時計の針が零時を回っても、今夜ばかりは街は眠りそうもない。大通りは浮き足立った若者たちで溢れかえり、七色に光るイルミネーションや飾り付けで彩られた商店街には、今朝から夜通し聖夜を告げる音楽が鳴っている。

 散々歌い疲れたのか、坂本は早々に寝室へと担ぎ込まれた。華やかな街並みを窓から見下ろしながら、田中と櫻子は彼の寝室の扉の前に立っていた。事務所の電気は消され、暗がりの中に二人の顔がぼんやりと浮かび上がっていた。櫻子が小声で、隣に立つ犯人に囁いた。

「いいスか田中さん。今この寝室には、鍵がかかっていまス。私たちが扉の前で夜通し見張っていれば、この部屋には誰も侵入できません。プレゼントが届かないことが分かれば、流石に坂本も信じるでしょう。サンタクロースは”いない”ってことを」
「そもそもプレゼントが届くと信じているのか……あの歳で」

 田中が頭を抱えた。折角の自分の晴れ舞台が、とんだ名探偵に当たってしまったものだ、とでも言いたげな顔をして、田中は扉の前で腕を組む櫻子に尋ねた。

「部屋には窓はないのかい?」
「ええ。暖炉も煙突もありません。侵入経路はこの扉一カ所のみ!」
「なるほど、完全な密室と言う訳か。大体推理小説だと、こう言う時に中にいる人が殺されてしまう訳だけど……」
「え?」

 櫻子が咥えていた棒突きキャンディを口から落とした。動揺を隠せない彼女に、犯人はちょっとおかしそうに笑った。

「冗談だよ。しかし、本当にサンタクロースが現れたらどうする? もし本当に壁抜けや瞬間移動を駆使する、が今夜この事務所に出現したら……」
「その時は……そうっスね。止むを得ません。殺ってください」
「なんて探偵事務所だ……」

 暗闇で目を光らせる櫻子に、田中は再び頭を抱えた。

□□□

 深夜、二時を回った頃だろうか。

 うとうとと、首を何度も前後していた櫻子に、突然田中が鋭い声で呼びかけた。

「助手さん! 起きて!」
「ン……?」

 櫻子が目を覚ますと、田中が険しい顔で彼女の後ろにある、寝室の扉を指差していた。

「何!?」
「さ、サンタだ……!」

 背後を振り返り、櫻子は目を丸くした。密室のはずの坂本の扉が、向こうから開かれていく。姿を現したのは坂本ではなく……白ひげに、真っ赤な衣装を身にまとった、恰幅のいい老人であった。

「そんなバカな……見張っていたはずなのに!」
「フォフォフォ。メリークリスマス」
 渋い笑い声を上げる老人を前に、櫻子が臨戦態勢に入った。
「ど……どうする!? 本当に来ちゃったぞ。戦うか……!?」
「いや待て! 一体どうやって……そうか、分かったぞ!」

 慌てふためく犯人の横で、櫻子が現れたサンタクロースを指差して叫んだ。

「お前……坂本だな!」
「え!?」
「部屋には見張りが付いてて、中には坂本しかいなかったんだ。だったら正体は一つ……お前は坂本が変装しているんだ!」
「…………」

 暗がりの事務所に、櫻子の叫び声が響いた。老人は黙ったまま何も言い返さなかった。外では、まだ鳴り止まないクリスマスソングが事務所の中にまで聴こえてきていた。泰然と動かない老人を前に、櫻子が頬に汗を一滴光らせ、それでも不敵に笑って見せた。

「分かったぜ……サンタの正体、その全貌がな!」
「サ、サンタの正体……!? それって……!?」

 田中が後ずさりしながら櫻子に尋ねた。

「コイツの能力は、瞬間移動とか壁抜けとか、そんなチャチなもんじゃない。”精神支配”だ」
「”精神支配”……!?」
「”毎年この日になると、子供にプレゼントを渡さなくっちゃならない”と……人々の心を操っているんだ。それなら、わざわざ自分で移動しなくっても一瞬でプレゼントを配り終えられる。お金もかからない!」
「そ、そうだったのか……! 子供はそれでなくても期待してしまう! 大人としての良心に問いかけるだなんて、何て卑怯な奴だ、サンタクロース!」
「きっと今頃、本体はフィンランドでほくそ笑んでるのさ。さあサンタの爺さんよ、見てるんだろう? 坂本を返せ! お前がアイツの心を操っ……」

 今にも飛びかかろうとする櫻子に、赤い服の老人は背中に担いでいた大きな白い袋から、プレゼントを取り出した。
「!」
 それから面食らう櫻子の頭をぽんぽんと叩き、彼女にキラキラとした紙包みを差し出した。
「フォフォフォ……君の方こそ、そんなに現実ばっかり直視しないで。今夜くらいはファンタジーを楽しんだらどうじゃ?」
「んな……!?」
「メリークリスマス」

 老人はいつの間にか手にしていたクラッカーを鳴らした。真っ暗な部屋の中に閃光と破裂音が炸裂する。二人が一瞬怯んだ隙に、老人は悠々と事務所の入り口から外へと逃げて行った。櫻子が悪態をつきながら、体に絡みつくカラフルな紐を振り払った。

「待て……待てオイ! 坂本オオオオ!!」
「どうしたの?」
「!?」

 すると、背後の寝室から眠たそうな声がかけられた。ベッドから這い出して現れたのは、パジャマ姿の坂本探偵だった。櫻子と犯人が目を見開いた。

「さ……坂本!?」
「バカな……!?」
「何があったんだい? まさか、サンタさんが来……あ!」

 坂本は眠そうに辺りをキョロキョロと見回した。それから自分のベッドの脇に置かれたプレゼントに気づき、部屋の中へと小走りで戻った。

「プレゼントだ!」
「…………」
「…………」

 嬉しそうに顔をほころばせる坂本とは対照的に、後に残された櫻子と田中は黙って顔を見合わせた。田中がゴクリと唾を飲み込んだ。

「じゃ、じゃあ……。今のは、本物の?」
「……分からねえ。く……この私が出し抜かれるなんて……!」
 櫻子が悔しそうに唇を噛んだ。それから彼女は、老人から手渡されたプレゼントを何の情緒もなビリビリに破り開封した。中に入っていたのは、真新しい、鼻の高い真っ赤な天狗のお面だった。

「あの野郎ォ……!!」
「……悔しがることはない。密室を完全に打ち破った……すごい使い手だ。きっと本物のサンタクロースに違いないよ」
 田中は降参だ、と言わんばかりに首を振った。
天狗わたしをコケにしやがって……必ず決着はつける! 来年だろうが、再来年だろうが! アイツは、私の獲物だ……!」

 怒りに打ち震える櫻子の隣で、犯人は遠い目をしながらため息を漏らした。
「朝が来たら、私は自首するよ……。私の密室トリックは完璧だと思っていた。でも、上には上がいるんだな……」
「おーい君たち! 何時化シケツラしてんだい! 折角のクリスマスなんだから、楽しまなきゃ!」 

 坂本が冷蔵庫からチキンを取り出し、呑気な声で立ち尽くす二人に呼びかけた。いつの間にか、外は雪が降っていた。やがて坂本と櫻子と田中の三人で、朝までささやかなクリスマスパーティが開かれた。遠くから聞こえてくるジングルベルは、まだまだ鳴り止みそうになかった。
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