吸血鬼に転生した俺は、人間の村を目指す

ナポ

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★★挿話★★

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 新月の夜。
 星だけが静かに瞬くその日、マイテイル家に新たな命が誕生した。

 母となったミーナ・マイテイルは、暖かな涙を流し嬉しそうに微笑んだ。

「無事に……産まれたわ……可愛い私の子」
「君に似て愛らしい」
「ふふっ、口元はあなたにそっくりよ?」
「む、そうか?」
「えぇ……」

 マイテイル家党首、カルぺ・マイテイルは口元を引き締めぎこちなく笑う。
 (まさか、俺に家族ができるとはな……)
 吸血鬼の誇り高き王族の騎士、エンペラーナイトとして侍る事百年あまり。吸血鬼にとってはほんの僅かな時間。
 誰にも心を許さずに生きてきたカルぺにとって、妻ミーナはまさに運命の人であった。
 出会いはただの餌として目にし、血を食した。ただそれだけ。けれど、いつしか愛しく掛け替えのない存在としてカルぺの支えとなった。こうして妻との間に子を授かることができ、どれほど幸運か。


「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」
「あぁ、よしよし、お腹がすいたのかしら」

 ミーナが心配そうに赤子を覗き込む。ゆらゆらと揺り籠のように寄り添い、確かめるように抱き抱える。

「んんぅぁん!んわぁん!」

 慰めるように目元を撫でたその時、薄らとまぶたを持ち上げた赤子は、銀色を宿していた。

「ふふっ、あなたと同じ瞳ね」
「そうだな」

 母ミーナの指を強く握りしめ泣き叫ぶ赤子。
 誰もが愛らしいと頬を緩める光景。それが一瞬にして絶望へと変わる。

「っ──!!」

 ミーナが痛みに顔をしかめ、手を引こうとしたその時。
 加減を知らない赤子が無造作に血をすすった。

 まだ牙が完全に生え揃っていないにも関わらず、ほんの少しの凹凸でミーナの指を食いちぎる。

 驚きに目を丸めたカルぺは、赤子を引き離し──

 一瞬の躊躇もなく。

 床へと叩きつけた。

「キャーー!!」

 鍛え上げられた肉体で、加減もなしに振るわれたその力は尋常ではない。にも関わらず、血まみれになったそれは瞬く間に赤子の形を取り戻す。

「ッ!」

 化け物──

 普通の吸血鬼と認識していいものか。ここまでの回復力は目を見張る。

「コレは……何だ……?」

 血まみれの床で静かに眠り続ける姿は、可愛らしい赤子に見える。
 愛しさは跡形もなく消えていた。
 残ったのは、生理的な嫌悪と、底知れぬ恐怖。
 カルぺは少しでも脅威を無くそうと赤子の牙を抉りとった。
 致命傷をおった赤子はその傷を癒すことは出来ず、数年後、生え揃った歯は不完全な完成を遂げていた。

 ─吸血鬼を母として産まれていれば
 ─普通の吸血鬼として産まれていれば
 ─指を近づけていなければ

 シーノ・マイテイルは、両親に愛され、ありふれた日常を謳歌していたのではないか。

 そんな理想を願った者は、果たしてこの場に居たのだろうか。

 その後、シーノ・マイテイルに食事として与えられたのは毒入りの血。
 幸か不幸か、赤子に宿った魂は前世を人間として生きた存在。
 自我が芽生えたその時には血を飲むことを拒み、運良く死から遠ざかった。

「マイテイル様もお可哀想に……。あんなに素晴らしい方が、欠陥品を授かるなんて。これも、妻に人間なんて選んだからだわ!あぁ汚らわしい!」

 メイドは吐き捨てるように呟き、赤子にミルクをぶちまける。
 床にこぼれ落ちた白い雫と、泣き声だけが残される。

 それは、シーノ・マイテイルの人生の始まりだった。


 無造作に布巾で手元を拭い、メイドは廊下を歩いていた。
 ふと前方から近づいてくる気配に気づき、慌てて頭を下げる。
 青い髪。
 青い瞳。
 まるで自分の屋敷であるかのように、当然の顔でマイテイル家の廊下を進む男。
 ──タルド・サールス
 マイテイル家と並び、王族に次ぐ権力と歴史を持つ公爵家の当主子息。
 下働きのメイドなど、気まぐれ一つで切り捨てられる存在だ。
 メイドは反射的に廊下の端へと身を寄せ、通り過ぎるのを待った。
 だが。
 ピタリ、と目の前で足音が止まる。
 心臓が跳ね上がり、喉が鳴る。
「お前」
 低い声。
「アレの世話係か?」
 青い瞳が、逃がさぬように絡みつく。
「……左様でございます」
 震える声を押し殺しながら、どうにか答える。
 タルドはしばらく無言で見下ろしていた。
 まるで品定めするように。

 やがて、興味を失ったように視線だけを残し、踵を返す。
 それ以上、何も言わなかった。
 だが、メイドの背中には冷たい汗が伝っていた。
(……なぜ、私が)
 “アレの世話係か?”
 その一言が、頭の中で何度も反芻される。
 欠陥品の世話など、誰も進んでやりたがらない仕事だ。
 ましてや、サールス家の人間に目をつけられるなど、割に合わない。
 あの子に近づいて、余計な疑いをかけられるくらいなら。
 そう判断したメイドは、翌日から露骨にシーノの世話を避けるようになった。
 食事は後回し。
 着替えも適当。
 泣いていても見て見ぬふり。
「どうせ、長く生きられない子だもの」
 小さくそう呟き、自分の正当化に使った。
 しかし、それから間もなく。
 彼女は突然、別棟へと呼び出された。
 理由は告げられない。
 ただ「上からの命令」とだけあった。
 部屋に入った瞬間、青い瞳と目が合う。
 タルド・サールス。
「あぁ……お前か」
 穏やかな声だった。
 それが、余計に恐ろしい。
「最近、あの子の部屋が随分と荒れていると聞いた」
 メイドは凍りついた。
「い、いえ……私は……」
「世話係だろう?」
 逃げ道は、なかった。
 数日後。
 そのメイドの姿を、マイテイル家で見た者はいない。
 ただ一つだけ噂が残った。
 職務を怠った使用人は、静かに処分された。
 それ以来、シーノの世話係に志願する者はいなくなり、
 代わりに最低限の業務だけを機械的にこなす人形のような使用人があてがわれるようになった。
 誰も優しくしない。
 誰も近づかない。
 そうして、シーノ・マイテイルは
 ますます孤立していった。

 時が経ち。

 シーノ・マイテイルは、美少年へと成長した。
 眩い銀髪は白磁のような肌によく映え、柔らかな頬は小さな顔に淡い彩りを添える。
 にこりと微笑めば儚げで、思わず守りたくなる。
 けれど同時に。
 とてつもなく傷つけ、壊し、泣かせたくなる。
 そんな危うい魅力も秘めていた。
 だが、この世界では、それらは何の価値にもならない。
 牙が無い。
 ただそれだけで。
 美貌よりも先に“牙無し”という烙印が押され、
 シーノは早くから侮蔑の対象となった。
 だがそれは、必ずしも全員ではない。
 閉じ込められるようにして育てられたシーノ・マイテイルが、外へ出る機会は無かった。けれど、外に出ようと考えたその時には、既に、噂話は真実として囁かれていた。
 誰も訂正をせずに傍観し、マイテイル家ですらそれを許した。
 そして、シーノ・マイテイルは、牙無しと呼ばれる意味も知らぬまま、生まれながらにして、軽蔑した視線を受けることとなった。









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