声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第一章

プロローグ

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 思春期の頃、ダイナミクスという力量関係によって男女の性の他に異なる第二の性――DomドムSubサブSwitchスイッチが発現することがある。
 しかしその割合は低く、第二の性つまりダイナミクスの発現がないNormalノーマルが大半を占める世の中ではまだ偏見も多く、迫害を受けることもしばしばあった。
 
 Domは支配したいという欲求、Subは支配されたいという欲求を持ち、Switchはそのどちらにも転化することが出来る性だ。
 Subが嫌だったとしてもDomのコマンド――つまり命令や指示には本能によって身体が勝手に従ってしまうことがある。
 その場合には強い不安や虚無感を感じてバッドトリップをしてしまい、結果サブドロップと呼ばれる状態となって最悪命を落とす危険性を孕んでいるのである。

 そんな中、高校一年生でダイナミクスが発現したらしい俺は自分のダイナミクスがSub――それもSランクだとわかった時点で家を離れる決意をした。
 
 理由は二つある。
 まず両親共にNormalの為ほとんど理解が得られないだろうことが一つ、そしてもう一つの理由は、二つ上の兄がDomであるということ。
 兄のランクがどのくらいかはわからないが、幼少期からまるで下僕のようにこき使われてきた弟としては、これ以上酷い目に遭いたくないというのが正直な所だった。

 ――なのに、どうしてこうなったのだろう。

弓月ゆづきKneelおすわり
「……っ」

 聞きたくもない兄のコマンドに何故こうして従っているのだろうか。
 嫌だと心では言っているのに、身体が勝手にDomである兄のコマンドに反応してしまっているこの状況に吐き気がした。
 床にぺたりと座り込んだ状態で椅子に座る兄を見上げると、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら俺の顔を見ていて無意識に眉間に皺が寄る。
 
 一体いつになったら俺はここから逃げ出すことができるのだろう。
 毎日毎日コマンドで好き勝手され、手足に鎖のついた枷を付けられてこの部屋から出ることも許されない。
 サブドロップで死にそうになっても誰も助けてくれないこの状況に、俺自身辟易していた。
 
 唯一の救いは、まだ俺の身体を暴いてまで性的欲求を満たしていないことくらいだろうか。
 でもそれも時間の問題のような気がした。

「弓月は何も話しちゃ駄目だよ?この部屋から出るのも駄目。お前は賢いから出来るよなあ?」

 まるで幼い子に言い聞かせるかのような優しい言葉遣いで残酷なことを約束させてくるこの兄は、実は悪魔なのではないかと思う。
 両親は助けてくれないし、誰も俺がこんな状態になっているなんて露ほども思っていないだろう。
 
 だから、もう諦めてしまった。
 ここから出ることも、この兄から逃れることも全部、全部。

 頭が重い、気分が悪い、身体が怠い。
 初めはこれがサブドロップだと知らなくて、過呼吸で死にかけたことがあった。
 本当はそのまま命尽きていれば良かったのかもしれないが、生憎こうしてしぶとく生き残ってしまっているわけで。

 兄は俺の髪の毛を掴んで引っ張り、俺の頬を思い切り殴った。身体が床に叩きつけられて息が詰まる。

「弓月は良い子だもんな――Open口を開けろ

 コマンド通りに動くこの本能と身体が憎い。
 どれだけ抵抗しようとしても身体は俺自身よりもDomの言うことを聞いてしまう。
 コマンドの通りに開けられた俺の口に何かを入れた後、兄は俺の口をガムテープで塞いだ。
 
 どんどんと溶けていく口の中の物質は少し甘くて、苦い。
 それが薬だとわかった時にはもう遅く、俺の意識は闇に落ちた。

 
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