声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

文字の大きさ
18 / 210
第一章

十三話 金色の鈴

しおりを挟む

 真っ暗な空間に、俺はいた。
 暗いというよりも全てが黒で埋め尽くされたような空間には光の類はなく、自分の姿すらも見えない。自分が実際に存在しているかもわからない感覚に、全身がぶるりと震えた。震えを抑えるように自分自身を抱きしめながらその場にしゃがみ込むと、床が抜けたようなふわりとした浮遊感が全身を襲う。思わずきゅっと目をきつく閉じるが衝撃らしい衝撃もなく、浮遊感は去っていった。

 閉じていた目を開けるが、やはり真っ暗な世界のままで何も見えない。でもさっきとは違って微かな音がどこかで鳴っている。
 ……これは、鈴の音だろうか。チリリンとか細くも凛とした鈴の音はかなり遠くから聞こえているようだ。俺は足に力を入れて立ち上がり、微かに聞こえる鈴の音に向かって歩き出した。

 歩いても歩いても周囲の景色は何一つ変わらない。ただただ真っ暗闇の中をどれだけ歩いたのかも、そもそも進んでいるのかどうかすらもわからない。そんな状況の中、俺が迷わず歩き続けられたのは、徐々に大きくなっていく鈴の音のお陰だった。少しずつはっきりと耳に届く音を頼りに歩き続けていくと、目の前に針で穴を開けたような白い光が一つ現れた。

(なにこれ?……掴めない?)

 手で掬おうとしてもそれは触れることすら出来ず、しかし変わらずそこにある小さな光。目を凝らしてよく見てみると、その光はかなり下の方にある光だと気がついた。今歩いているところよりも遥か下にある光は、普通に考えれば床がガラス面でないと見えないはずなのに、触れてみてもそこはガラス面のようには見えない。不思議な現象のはずなのに俺の頭はそれを当たり前のように受け入れ、そして距離が離れているのならあとは近づくだけだと結論づけた。
 けれどもその前に、このずっとなり続けている鈴を見つけ出そう。だって下に行くにしても道標のない状態で歩き回るのは危険なような気がするし、もしこの光が見えない位置に進んでしまったらもう俺はここから出られないような気さえしてくる。それなら光よりも音を頼りに動いた方が懸命だと考えた俺はその小さな光から視線を外し、遠くから聞こえる鈴の音に耳を傾けた。

 歩き続けながら、俺はこの状況について考えていた。
 恐らくだが此処は俺の夢の中だ。何故そう思ったか、理由は簡単、こんな意味のわからない世界なんて夢の中の世界としか思えないからだ。それに大分動くようになったとはいえ、まだすたすたと自由に歩き回ることが難しいにも関わらず、先程から普通の人のように動けている。
 もしこれが夢の中でなければ俺は律樹さんの家からいつの間にか出てしまったことになるし、俺の身体は知らない間に回復していたことになる。前者はあまり考えたくはないし、後者はゲームや漫画じゃないんだからほぼあり得ないだろう。

 ――チリリン……。

 音が大きくなっている。真っ暗な世界の中頭を動かして音の出所を探っていると、一瞬何かがきらりと光ったような気がした。光もない世界で光るなんてことは現実にはありえないんだけどそこは夢、真面目に考えてはいけない。

 光った場所に近づいてみると、金色の小さな鈴が一つ落ちていた。なんだか懐かしい気のするその鈴を拾い上げると、脳裏に一人の人間の姿が浮かび上がり、驚いた俺の手から鈴が転がる。顔がぐちゃぐちゃと黒色のペンで塗り潰されたようなその姿に、喉が引き攣った。

(びっ……くりした……なに?今の……)

 どっどっと五月蝿く音を立てる心臓を服の上から鷲掴むように抑え、もう一度恐る恐る鈴を拾い上げてみるが今度は何も起こらなかった。今のはなんだったのだろうと首を傾げながら手の中にある小さな金色の鈴を眺めていると、不意に誰かに名前を呼ばれたような気がして、俺は弾かれたように顔を上げて振り返った。しかし当然ながら誰もいないし何もない。

(こわ……)

 恐怖にぶるりと震える身体を抱きしめながら両腕を両の掌で摩った。ホラー耐性はないんだけど、と内心ビク付きながら次は光の方へと足を向けると、突然足元が抜けて浮遊感が全身を襲った。え、と思う間もなく真っ逆さまに落ちていく身体。俺は衝撃に耐えるように頭を抱え込んでまるまると、先程と同じように衝撃らしい衝撃もなくいつの間にか浮遊感は消えていた。夢ってすごい。

 目指していた光が針を通したようなものから鉛筆くらいの太さに変わっていたことから、俺は意図せず追っていた光に近づいていたのだとわかり、そっと息を吐く。

(……!まただ……誰か、呼んでる……?)

 耳に届いたのはやはり俺を呼ぶ声。しかしその声は聞き慣れない声で、俺は混乱した。もしかすると鈴の時のように歩き続けていけば辿り着けるかもと思い、俺は止まっていた足を動かして無心で歩いていく。

 体感で十分ほど歩いた時、その声がはっきりと耳に届いた。

 ――弓月、またこんなところにいるのか?

 律樹さんの声でも担当医師の竹中先生の声でも、してや看護師さんの声でもない、知らない声が俺に話しかけている。さっきと同じ顔を塗りつぶされた人間の姿が再び脳裏に浮かんだ。なんだか見覚えのあるような聞き覚えのあるような、何処か懐かしさを感じる声と姿に俺は首を捻る。

 両親やあの兄の声でもない声だと思った時、ふと「あれ?」と思った。いや寧ろ、今までどうして気が付かなかったんだろう。
 
 高校一年生のあの時まで、俺は確かに学校にも通っていたしそれなりに友達もいて充実した生活を送っていたはずなのに、俺の記憶にはその頃のものが一切ないのである。

(なんで……俺の記憶……?)

 一度気付いてしまえば、もう止まらない。
 俺は追いかけていた小さな白い光のことも、手の中にある鈴のことも忘れ、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。

 しっかりと鍵をかけて閉じられていた蓋がかちりと音を立てて開く音を、俺は確かに聞いた。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...