声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第一章

閑話 瀬名律樹は大事にしたい 後編*

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※このお話は前・中・後編で成り立っています。
※「十五話 欲と願い」~「十九話 生理現象」の律樹視点です。



 再び動き出した車の中、俺は弓月にコンビニの袋を渡した。弓月のお腹が小さい音を立てたのが聞こえたから、中にチョコレートが入っているから食べていいよ、なんて軽く言ったのがそもそもいけなかったのだろうか。まさかあんなことになるなんて思っても見なかった。



 雨に降られ、濡れ鼠となった俺たち二人はすぐさま風呂場に向かった。弓月の脱衣を手伝い、体を抱えて風呂に入る。まずは冷え切った弓月の身体をお湯で温めながら頭髪、顔、体の順に洗っていき、最後に一気に流した。
 足があまり動かないらしい弓月を先に一人で湯船に浸けるのは心配だったので、取り敢えず洗い場で待っていてもらいながら俺は急いで全身を洗っていく。そして洗い終わるとすぐに弓月を抱き抱えて湯船に浸かった。

「はあぁぁ……きもちいぃ……」

 自然とそんな気の抜けたような声が出た。まだ昼間だというのにお風呂に入るなんて贅沢だよなぁ…と思いながら、窓から注ぐ光に目を閉じる。
 
 現在、俺の足の上には弓月がいる。いつもなら同じ方向を向いて座る弓月が、今日は俺の方を向いたままで座っていた。
 ということはだ、つまり俺が今目を開けると弓月の全てが見えてしまうということである。勿論洗う時も服を脱がせる時も見えることには見えてはいたが、こうして落ち着いた明るい場所ではっきりと見えてしまうというのはほとんどなかった。
 それはもう目に毒だ。見たらすぐに勃つ自信がある。いや寧ろ勃つ自信しかない。俺は別に童貞というわけではないし、経験人数も少ないながらもある。だが童貞非童貞に関わらず、好きな子の上気した頬や淡く色付いたあれそれを見て勃たない奴がいるだろうか。

 お湯の温かさに包まれて安心したのか、さっきまで小刻みに震えていた弓月の身体から力が抜けていくのがわかった。最近は少し肉付きが良くなったとはいえ、まだまだ細い。脂肪がなければ体温を高めることも維持することも難しいため、雨に濡れた弓月の身体は急速に熱を奪われてしまったのだろう。
 
 そういえば先程から少しも弓月が動いていない。もしかして何かあったかと目を開いて見てみると、そこには何かを考えるような格好で固まる弓月がいた。

「どうしたの?まだ寒い?」

 弓月が頭を横に振る。どうやら寒くはないらしい。それなら良かったと笑いながら、もう一度湯船の淵にもたれかかりながら目を閉じた。
 思えば明日行くはずだった病院にわざわざ今日行ったのは、弓月が発熱していたからだったと思い出した。病院に着いた時には既に熱はなく、念の為帰る時にもう一度測ってもらったが平熱だったためにすっかり忘れていたが、今は大丈夫なんだろうか。

「弓月?」
「……」

 名前を呼ぶが反応はない。目を開くと、彼は何かをまっすぐに見ているようだった。どこか虚な感じのする弓月の顔を覗き込もうとした瞬間、弓月の細くて長いすらりとした指が俺の胸に触れた。

「えっ……なに……?」

 すすす、と肌の上を滑っていく手に困惑の声が上がる。しかし弓月はどこかぼんやりとした表情で俺の胸を撫でていき、そして腹部に指を滑らせていった。

「えっ……ちょ、弓月?」

 やばい、やばいやばいやばい。このまま触られたていたら俺のモノは完璧に勃ちあがってしまう。寧ろいつでも勃つ準備はできてましたよと言わんばかりに熱を蓄えていくソレに、俺はさっと青ざめる。

「ちょっ……なにしてるのっ!?」
 
 これ以上はもう無理だと、するすると肌を撫でてくる手を掴んだ。しかし弓月の方はといえば、その目をぱちぱちと瞬かせながら俺の方を呆然と見ているだけである。突然大きな声を出してしまったことで驚かせてしまったかと思った俺は、反射的に謝罪を口にしていた。

 恥ずかしさで死んでしまいそうだった。顔も体も全てが熱く、特に下半身に熱が集まっている。何とか冷静さを取り戻そうと深呼吸をしながら、急に触ったら驚くということを弓月に淡々と説明していく。聞いているのか聞いていないのかは判断がつかないが、多分聞いていると信じて諭し続けた。

「ほら、弓月もびっくりするでしょ?」
「……っ……?」

 ただ分かってもらおうと同じことをしただけだった。そう、ただそれだけ。弓月が俺にしたのと同じように、彼の腹部を指でするりと軽く撫でただけだったのに、彼の体は予想外な程に反応を示した。
 びくんっと跳ね上がった弓月の体に、俺も弓月本人でさえ状況が飲み込めないまま沈黙が流れる。先に反応を示したのは俺だった。

(……い、今の反応なに……可愛い……しかも目がとろんとしていてエロいというか……あ。)

 あっと気づいた時にはもう遅い。恐らく今俺の下半身に起きているだろう事象を全て理解した上で、俺はほんの僅かに下に視線を移した。

 ――ああ、やっぱり勃ってますよねぇ……。

 弓月と目が合い、慌てて目を逸らす。いや待てこのままだと弓月がいつ下を向くとも限らない。もし向いてしまったらこの完全に勃ったモノを見られてしまう。俺の今後を思うとそれだけは避けなければならなかった。
 
 俺は咄嗟に弓月の両肩を掴み、思い切りぐっと押す。見ないでくれ、お願いだからと願いを込めてのことだったが、押された弓月の方は俺に拒絶されたと思ったのか身体をぶるりと震わせていた。

「ち、違う!今のは弓月が嫌になったとか、そういうのじゃないから!あと、怒ってもないからね!」

 必死にそう言い繕う俺をぼんやりと見つめてくる弓月。目はとろんと蕩け、頬は上気し、僅かに身体が熱を持っている。掴んだ肩から伝わる熱に、もしかして熱が上がったのかと思いながら手を離すが、何故か弓月の身体が手に追いかけてきた。あっと言う間もなく弓月の身体がずれ、俺の股間と弓月のソレが触れ合う。
 弓月の視線が確認のために下を見ようとした瞬間、俺は今まで生きてきた中で一番早いだろう動きで弓月の腕を掴んで引いた。自分の腕に閉じ込めることで勃っているモノを見せないようにとの判断だったが、これは間違いだったとすぐにわかった。

「……動かないで」

 今動かれたら俺と弓月の腹部に挟まれたソレが擦れて大変なことになってしまう。ただでさえ勃っていると言うのに、これ以上弓月によって大きくされてしまったら多分俺の理性がもたない。俺は無意識のうちに抱き寄せる力を強くしていた。

 弓月も俺と同じだった。脈も鼓動も大きくて速い。身体が鼓動に揺れるたびに腹と腹の間に押し付けられた陰茎が肌に擦れて気持ちがいい。
 でも気持ち良くなってはいけないのだと自分に言い聞かせながら、弓月を抱きしめたまま俺は懇願した。

「下は、見ないで」

 弓月が何故と言うように首を傾げるが、理由は言えない。弓月の知識や記憶がどこまであるかは全くわからないが、それでもまだ言ってはいけないような気がした。躊躇いが出たのだろうか、ほんの少し抱きしめる腕が緩む。

「……っ!」
「…………え?」

 顔をあげた弓月と目が会うと彼の身体がぶるりと震えた。その後顔だけでなく全身を赤く染めた弓月が両手で顔を覆う。視界の端に何かが映った気がして俺はそっと視線を下に写していき、それを見た瞬間ぴたりと動きを止まった。これ以上見たら駄目だと思うのに目が離せない。弓月のソレはゆるりと勃ち上がっていた。
 好きな人の痴態にいったいどれだけの人が冷静になれるだろうか。少なくとも俺は無理だったようで、ゆるりと勃つ陰茎から目が離せない。

 他人の股間なんて見ても何も思わないだろうと思っていた。それが同性であれば尚更だ。しかし今まさに目の前に聳え立つソレに俺は興奮を覚えているのだろう、俺たちの間に挟まった俺の陰茎がむくむくと大きさを増していく。

 弓月の息が荒い。興奮か、それとも違う理由かはわからないが、何かがおかしい。

「……弓月?」

 俺はそれを確かめるために、顔を覆っている弓月の手首を掴んで顔の前から避けていく。
 
 とろんと蕩けたような潤んだ瞳と恥ずかしそうな真っ赤な顔、そして小さな口からこぼれる荒い息。全てが可愛くてたまらない。可愛くて綺麗で扇情的で、そんな色気に当てられたのか頭がくらくらとした。
 この薄く開いた唇にキスをしたい、胸も下半身も全部ぐずぐずに溶かしたい欲に駆られる。抑制剤は朝に飲んだきりだったため、恐らくほとんど切れているだろう。もしかするとそのせいでDom特有のフェロモンが出てしまっているかもしれない。自分から出ているフェロモンなんて自分ではわからないが、その可能性は高い。
 大丈夫かと声をかけてみるが、それは自分に言い聞かせる意味もあったのかもしれない。俺の言葉に頷きながら細められる弓月の目。小さな口からは真っ赤な舌がちろちろと覗き、身体はゆらゆらと揺れている。そして徐々に倒れるように近づいてくる弓月の唇が俺のそれに触れそうになった瞬間、俺は咄嗟にコマンドを発していた。

「ちょっ……ま……っ、Kneel座って!」

 腕を押すと、再び離れていく身体。
 ちゃぷんと音を立てた水面が揺れている。
 蕩けたような顔付きで全身を赤く染め上げながらゆらゆらと揺れる弓月の姿に、やはり何かがおかしいと思った。触れた部分から伝わる熱が異常だと告げている。

 お湯に浸かっている股間が今にも張り裂けそうなくらいに張り詰めて痛い。腹につく程に反り立つそれはいつ暴発しても仕方のないくらいの質量だった。ドクドクと鳴るのは心臓か、それとも頭か。弓月から発せられるSub特有のフェロモンも相まって、俺の理性はすぐにでも焼き切れてしまいそうだ。

「ほ、本当に大丈夫……?」
「……」
「……弓月?」
「……」

 反応がかなり薄い。俺は掴んで手を離して彼の赤い頬に手を添えた。輪郭をなぞるように指を滑らせ、首筋に添える。脈はかなり速かった。その刺激にでさえ反応してしまうのか、身体が小さく跳ねる。
 まるで酔っているような姿に俺は一つ嫌なことが頭に思い浮かんだ。
 まさか、と思う。まさか車の中で食べてもいいよと俺が言った際、弓月が食べたのは俺の晩酌用のチョコレートだったのではないかと。いやいやそんなベタなとも思わなくもない。しかし上気した頬、とろんとした目、そしてふらふらとしている身体はまさに酔っているような姿だった。

 弓月が熱に浮かされたように何かを言っている。けれど声は出ておらず、何を言っているのかはわからない。弓月の手がゆっくりと動き、彼自身の勃ちあがりに近づいていくのはわかった。どくんどくんと痛いほどに心臓が脈打つ。まるで耳のすぐ近くに心臓があるのではと錯覚するくらい、大きく音を立てていた。

 ぐちゅりと粘り気のある水音が鳴る。ゆるりと勃ち上がった陰茎からは先走りが垂れ、彼の白くて細い指を汚していく。なんて官能的な姿なんだろうと思った。
 下半身に熱が集まっていく。弓月から発せられるフェロモンの甘い香りに頭がおかしくなりそうだ。抑制剤を点滴したにも関わらずこれだけ強いフェロモンが発せられるのは酔っているせいもあるだろうがそれだけではなく、やはり彼がSランクだからだろう。そして俺もまたSランク、この香りにSub弓月を支配したいという欲求がむくむくと湧き上がってくる。

 手を陰茎に添えたままだった弓月がゆっくりと顔をあげた。

「……っ、く……その顔は、やばい……ッ」
 
 視線が交わった瞬間、張り詰めていたモノがさらに張り詰めたのがわかった。少し刺激を与えればすぐにでも出てしまうそれを必死で耐える。ここからはもう意地だった。

「落ち着け、っ……はぁ……落ち着け……」
 
 弓月の身体を抱き寄せ、そう自分に言い聞かせる。
 彼の後頭部に手を当てながら必死にそう言い聞かせるが、熱はおさまることを知らないのかどんどんと下半身に集中していく。

 このままだと弓月を無理やり抱いてしまう。コマンドを使い、Dom性の欲も男としての欲もどちらも果たそうとしてしまうだろう。そんなことをすればもう戻れない。だから俺は耐えるしかないのだ。

「大丈夫……大丈夫、落ち着け……」

 大丈夫、俺なら抑えられる。
 ……あの時みたいな過ちはもう繰り返さない。

「これはただの生理現象……生理現象、だから」

 目を瞑って必死にそう呟く。なのにソレはおさまるどころかどんどんと大きくなっていった。

 無意識に抱きしめる腕に力がこもる。
 抑えろ、抑えろと内心叫ぶが、もう理性は限界だ。

 そんな俺のことなど知る由もない弓月は無意識なのか、熱を逃がそうと快感を求めるように腰を僅かに動かしている。腹部に挟まれるように存在する互いの陰茎同士が擦れ合い、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てていた。感じているのか、弓月の身体が時折ぴくんと震えている。俺の理性は焼き切れそうだ。

「……く、っ……まっ……動かないで、っ」

 動いたら出るから、もう動かないでくれ!
 悲鳴のような懇願の声が聞こえていないのか、弓月は自ら俺にしがみつきながら陰茎を擦り付けるように小さく揺らしている。

「ちょっ、本当に……まっ……ゆづ、ッ」
「っ、――――……ッ!」

 あ、やばいと思った時にはもう遅かった。
 腹の間に広がっていく熱に、ただやってしまったとぼんやりと思う。びくびくっと震えた弓月の身体が、次の瞬間にはくたりと力をなくしていた。

「……弓月?」

 俺に触れている弓月の肌が燃えるように熱く、息も荒い。ぶるぶると小刻みに震え出す体に、俺は必死で弓月を呼んだ。だが意識がないのか、弓月はぴくりとも反応を示さない。

 慌てて弓月を抱えて湯船から出ると、腹部についていた精液がたらりと足を伝っていく。罪悪感が胸を苛む。ちらりと見えた弓月の腹部にもべったりと白濁液が付いており、叫びたくなる衝動を堪えながら俺は無心でシャワーを流した。



「……やってしまった」

 服を着込み、ベッドに寝転ぶ弓月の隣で頭を抱える。
 結論から言えば、弓月は俺が晩酌用にと買っていた洋酒入りのチョコレートを食べていたし、さらに言えば熱も上がっていた。洋酒入りのチョコレートは少し特殊なものだったために、アルコール分が普通より少し高かったことが災いしたのかもしれない。けれど洋酒入りのチョコレートで酔うなんて小説や漫画の世界だけだと思っていた。実際にもあるんだなぁなんて思うのと同時に、袋を分けなかった己を酷く悔やんだ。
 
 熱に関しては湯当たりもあるかもしれないが、ただの発熱のようだ。しかし四十度近くと高かったため、もしものためにと病院で貰っていた解熱剤の坐薬を入れざるを得なかった。正直坐薬を入れているだけだというのに、意識のない彼を襲っているような気分になって落ち込んだ。そしてさらに、意識のないままに僅かに反応する弓月に股間が反応し、一人トイレで抜くという行為をしてしまって余計に落ち込んでいる。

 弓月のあられのない姿が脳裏に焼き付いて離れない。少しでも思い出そうものならすぐにでもトイレに行がなければならないほど、俺の中の箍はもう殆ど外れているのかもしれない。

「こんなんで俺、本当にケアなんて出来るのかよ……?」

 本当はもっと、大事にしたいのに。
 俺は頭を抱えながら、呆然とそう呟いた。
 
 
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