声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第三章

四十八話 遊びと休息


 目の前に広がる光景に俺は驚いた。
 そこはもはや教室ではなく縁日そのもののようだった。どこからともなく流れてくる笛や太鼓の音、そして赤と白の縁日らしい飾り付けの数々は勿論、輪投げや射的、スーパーボール掬いなど縁日でよく見るゲームもある。
 このクラスでは全員が背中に祭と大きく描かれた赤や青の法被を着ており、それが余計に祭りらしさを醸し出していた。

 壱弦と俺は教室の入り口にある受付でお金を払い、五枚の白色のカードを貰った。説明によれば、どうやらこのカードを使ってゲームをするらしい。カード一枚につきゲーム一回、獲得点数に応じて黄や赤、青といった色付きのカードが貰えるのだそうだ。この色付きカードは出口で景品と交換することが出来るようで、なんだかわくわくする。
 
 縁日なんて最後に行ったのはいつだっただろうか。中学生の頃かそれとも小学生の頃か、薄らと覚えのあるようなないような曖昧さに苦笑を溢す。

 最初は一番手前にあった輪投げから挑戦してみる。まずは壱弦から、白色のカードを一枚と五つの色とりどりのプラスチックの輪っかを交換した。
 的となる棒は全部で十あるが、それぞれの棒の下に点数が書かれている。一番手前の棒の下にはこの中で一番小さな数字である十が書かれており、奥に行くごとに十ずつ加算されていくようで、一番奥の棒の下にはこの中で一番大きな数字である百が書かれていた。
 リノリウムの床に貼られた赤色のビニールテープより後ろに立った壱弦が輪を投げた。五つの輪っかを順番に投げていき、投げ終わると青い法被を着た担当さん二人が話を回収しながら採点していく。

「ええと、四十が二つと五十が二つなので……百八十点ですね。はい、黄色のお渡しです!」
「黄色かぁ……もう少しいけると思ったんだけどな……」
「じゃあ次はそちらの方ですね。頑張ってくださいね!」

 壱弦と同じように白いカードを渡して輪投げの輪を受け取る。赤色のビニールテープより後ろに立つと、想像以上に緊張した。鼓動と連動するように手が震える。
 入るかな、入ったらいいなと思いながらえいっと投げると、カンッと音を立てて輪っかが外れた。輪投げって見た目よりもずっと難しいんだなぁ。二投目、三投目は手前の方に入り、四投目は真ん中あたり、最後はえいっと思い切り遠くへと投げてみた。

「――十、二十、五十、八十なので百六十ですね!こちらをどうぞ!」

 渡されたのは壱弦と同じ黄色のカードだった。初めてなのか久々なのかはわからないが、それでも四つ入ったことが嬉しくてほくほくとしながらその黄色のカードを見つめる。

「やるじゃん、弓月」

 壱弦がそう言って笑う。なんだか擽ったい気分だ。
 一お互いの手の中にある黄色のカードを指差し、一緒だねと笑うと、壱弦の動きが一瞬止まった気がした。壱弦の頬がまた赤くなっている。人口密度も高いし確かに暑いかもとTシャツの胸元に指を引っ掛けてぱたぱたと小さく仰いでいると、壱弦が困ったように眉尻を下げながら笑った。

「……次、やるか」

 俺がこくりと頷くと同時に壱弦が顔を背けた。えっと思う間もなく壱弦は次のゲームの前に立ち、輪投げの時と同じように白いカードを渡している。俺も、と慌てて同じように白いカードを渡した。
 ヨーヨー釣りやスーパーボール掬い、射的を楽しんだ後に教室の隅の方で型抜きをする。俺はうさぎの型を、壱弦は開いた傘の型を選んだ。難易度は俺がやさしいで壱弦がふつうだったのだが、少し時間はかかりはしたけれども二人とも無事型抜きを成功させることができた。
 
 それで全てやり終えた頃には手元にあるカードは白一色から赤や黄、青といったカラフルなラインナップになっていた。出口で持っていたカードを景品であるお菓子に交換して教室を出る。楽しかったなと笑う壱弦に、俺も笑顔で頷きを返した。
 
 その後は迷路をしたり、展示を見たりしていたのだが、ふと視界の端に見慣れた栗色の髪を捉えた気がして、俺は勢いよく振り返った。しかし想像していた人はそこにはいなくて、俺はそっと息を吐く。
 これは安堵か、それとも落胆か。もう一度小さく溜息をこぼし、俺は前を向いた。少し先を進む壱弦の背中を追いかけ、きゅっと服の裾を掴んだ。

「ん?……すこし、休むか」
「……」

 その提案にこくりと頷く。
 壱弦の手が俺の手に重なり、はっと顔を上げた。

「こっち」
「……っ」

 手を引かれ、廊下を進んでいく。階段を降りたり、渡り廊下を通ったりしながらずんずんと進んでいく壱弦に必死についていった。
 喧騒から少し離れると途端に静寂が訪れる。話し声や笑い声を遠くに聞きながら、俺たちは暗い廊下を歩いていった。

「保科先生、ちょっと休みたいんだけどいい?」
「刈谷、またお前……坂薙?」

 がらがらと扉を開けるとそこは保健室だった。前回に引き続き二度目のそこに少しそわそわとしてしまう。椅子に座ったままこちらを見る保科さんに軽く頭を下げると、彼は手で顔を覆いながら大きな大きな溜息を吐き出した。

「……一番奥のベッドで少し休んでいくといい」
「あ、俺なにか冷たいものでも買ってくるよ。先生、弓月のことよろしくね」

 その言葉に待ってと手を伸ばしたが、壱弦はあっという間に保健室を出て行ってしまった。えっとどうしようと戸惑いながらも、進めてもらった一番奥のベッドに腰を下ろした。

「……坂薙も来ていたんだな」
「……」
「さっきまで律樹もここにいたんだが……」
「……っ」

 律樹、という名前に体がぴくりと跳ねる。それと同時にとくんとくんと鼓動が速くなっていく。
 俺はそんな心臓の音を誤魔化すようにボディーバッグからスマホを取り出し、メッセージを打ち込んで保科さんの方へと向けた。

『りつきさんには内緒にしてください』
「は……?」
『俺がここにいること、りつきさんは知らないから』
「……あー……ああ……うん、なるほど……それであいつ、あんなに……」

 なんだか歯切れの悪い返事だった。どこか遠い目をしながら小さく何かを呟いている保科さんの様子に俺は首を傾げる。呟いている内容が聞き取れなかったというのもあるが、どうしてそんな反応をするのかがそもそもわからなかった。

「あー……まあ、わかった。俺からは言わないでおこう」
「……!」
「……楽しめたらいいな」

 俺はスマホを両手で握りしめながら、首を縦に振った。
 

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