声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第三章

六十五話 ケアとランク(律樹視点)

※このお話は本編ですが、律樹視点のお話です。



 弓月を連れて保健室を訪れると、そこには今までに見たことがないくらいの人数がいた。想像以上に多くて思わず眉を顰めてしまう。

(どうするか……)

 巻き込まれた人数が予想していたよりも多かったことに驚くと同時に、人の多いここで弓月を寝かせることに抵抗を感じる。しかし今は仕事中のため帰ることもできず、他に行く場所もない。どうするべきかと入り口で突っ立ったまま悩んでいると、不意に慶士と目があった。
 俺の腕の中で眠る弓月に気がついたのか、慶士の目が驚いたように見開かれる。しかしすぐにはっと我に帰り、奥のベッドを指差した。

「窓際のベッドが空いているからそこを使ってくれ」
「……ああ、助かる」

 慶士が一つ頷いたのを確認し、俺は部屋の奥にあるベッドへと歩いて行く。指定されたベッドへと弓月を下ろし、ベッド脇にあった丸い椅子に座った。
 
 白いベッドの上で眠る弓月を見下ろす。軽いケアをする前は青を通り越して最早真っ白だった顔だが、今はほんの少し赤みがさしていた。以前よりも少し肉のついた頬に手を伸ばせばほんの少し温かみが感じられて、ほっと息をつく。
 顔にかかった前髪を指先で軽く避けると、白くてまろい額が姿を現した。まだまだあどけない寝顔を見つめているとずっと昔のことを思い出しそうになる。まだ幼いあの頃のことを。

「はぁ……」

 今あの頃のことを思い出すのは気分が沈んでいけない。俺は今頭に思い浮かんだことを消し去るように、深くため息を吐いた。
 気を紛らわせるように室内を見渡した。閑散としている保健室しか知らない俺からすると少し異様な光景に見える。

 今この保健室にいるのは俺たちを含めて十五人。
 そのうち二人は俺と和泉先生が対応した女子生徒達だった。俺が簡単にケアを行なった女子生徒は入り口近くにあるベッドに腰掛けており、傍らには慶士を呼びにいってくれた生徒が寄り添うように座っていた。どうやら体調は大分回復したのか、時折見える横顔には笑みが浮かんでいる。
 残る十人のうち四人はSubのようで、まだ少し顔色が悪い。彼らの傍にはそれぞれ付き添いがいるが、そのうちパートナーらしきDomは二人だけだった。彼らは自身のパートナーの傍に優しく労わるように寄り添いながらケアをしながら、偶に不安げに周囲を見回している。
 あとはNormalの友人や知り合いなのか、皆一様に戸惑いの表情を浮かべているだけで特に何もしていない。DomやSubについてあまりよくわかっていないか、何をすればいいのかどうすればいいのかわからないという感情が伝わってくる。しかし同時に、心の底から心配しているのだろうなというのも伝わってきた。

「――はい、よく出来ました」

 慶士のコマンドを含んだ声が耳に届く。どうやらパートナーがいないSubへの簡易的なケアをしているようだ。
 まあ学生の場合は特定のパートナーがいるなんてことは滅多にないから、こういう場合には近くのDomか病院が対処することになる。特に慶士の場合はこの学校の保健医だからそう言った専門的な資格も持っているとか言っていたっけ。
 因みに慶士はDomではなくSwitchだ。SwitchはDom性とSub性の両方を持ち合わせた第二性であり、個人によってその度合いは異なる。慶士の場合はDom性の方が強いらしく、よっぽどのことがない限りSub性が出ることはないようだ。

「律樹、災難だったな」

 一通りのケアが終わったらしい慶士が俺の横に丸い椅子を持って来て荒々しく腰掛けた。弓月の顔色を見て、俺同様ほっと息をついている。
 室内を見回してみれば確かに人が少なくなっている。
 
「……終わったのか?」
「ああ……とりあえずは、な」

 室内を見回してみれば確かに人が少なくなっている、というよりも俺たち三人しかいない。後はどうしたと聞けば、もう出ていったのだと言う。

「お疲れ様」
「ああ……俺が出来るのはあくまでも応急処置のようなケアだから、もしパートナーがいる場合はパートナーのDomに改めてケアをしてもらった方がいいんだが……」
「……パートナーなしか」

 そう、殆どの生徒には特定のパートナーがいない。
 慶士は顎に手を当て、眉間に皺を寄せながら言葉を続けた。
 
「ああ……まあ学生だから仕方ない。一応病院に行ってほしいとは伝えたから、とりあえずは大丈夫だろう」
「そうか……ならよかった」

 大事に至らなかったのなら良かったと言う意味で呟いた言葉だったが、何かが引っかかったらしい。引き続き難しい表情の慶士が、俺と弓月を見ながらため息を溢した。
 
「……ランクが高いってのも考えものだな」

 ぽつりと呟かれた声に何となく言いたいことを察した。
 ランクが高いということは、つまりそれだけ力や欲求が強いということだ。Domの場合、Dom同士の争いであれば高いほど優位に立つことが出来るという利点もあるが、Subの場合はそういった利点はない。

「……本当に、な」
 
 Subのケアが出来るのはDom性を持つ人間だけなのだが、実はもう一つ条件がある。それはランクだ。
 例えばDランクのSubにケアが出来るのはSからDのランクのDomだが、AランクのSubに対して十分なケアが可能なのはSとAランクのDomである。だからと言ってケアが出来ないわけではない。しかしSubとDomのランクによっては、たとえ応急処置であっても十分にケアが行えないのだ。
 多少例外はあるが、これはプレイに対しても言えることで、十分満足するプレイが出来るかどうかというのはこのランクに掛かっていると言っても過言ではない。

「今日はお前らみたいな高ランクじゃなくて良かったよ……もしそうなら困ったことになってた」
「あー……まあ、その時は俺がどうにかするよ」

 こんな時のためにお前と一緒にケア専門の資格を大学在学中にとったんだからと言えば、慶士が眉間に皺を寄せたまま再び溜息を吐いた。
 
 今日Domの威圧に当てられて調子を崩したのは、弓月を含めて六名。一人は俺たちが来る前に戻ったようだ。
 最初に俺が対応した女子生徒だけがAランクで、あとは全員Bランクより下のランクだったそうだ。だからこそ大惨事にならなかったのだろうとも思う。

「一応、あの女子生徒には律樹がDomであることは伏せておいてほしいとお願いはした。……が、周りにも人はいただろうから彼女が言わなくても広まる可能性はあるだろうな」
「……ああ、わかってる。ありがとう」
「いや、別に構わない」

 そう言ってふっと笑う友人の姿に眉尻が下がる。ぽんと叩かれた肩から少し力が抜けたような気がした。
 
 静かに眠る弓月の顔を覗き込んだ。幾分か血色は良くなったとはいえまだまだ白い。そんな肌の上に落ちた睫毛の影をじっと眺めていると、小さく影が揺れたように見えた。続いて整った眉の間に僅かな皺が寄り、同時に睫毛がふるりと震える。
 弓月、と小さく呼べば薄らと青い血管の浮かぶ白い瞼がゆっくりと開き、やがて黒曜石のような瞳が姿を現した。
 
 

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