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第五章
百二十三話 好きな人の好きな人 後編(桃也視点)
しおりを挟む弓月の書いた文章を読み終わった後に思ったことは、僕は多分これから先も弓月に勝つことはないんだろうな、だった。
「も……なん、で……っ」
ぽろぽろと涙がこぼれていく。手の甲で拭っても拭っても止まることを忘れたかのように涙は溢れ出し、手だけじゃなくて服も濡らしていった。
出会った頃から思っていたけれど、弓月という人間は本当に優しすぎると思う。昔だけじゃなく、さっきだって酷いことをしようとした僕のことをこんなにもあっさりと許そうとするなんて、痛めつけていた僕が言うことじゃないかもしれないけれどあまりにも人が良すぎて心配になってしまう。でもきっとそういうところに惹かれてしまうのかもしれない。
「あーあ……」
膝を抱え直し、膝頭に顔を埋めながら自嘲気味にそう呟く。涙に濡れたその声はとても小さく、そして情けないことに震えていた。
壱弦が弓月のことを好きになった理由がわかる気がした。思いやりがあって優しくて――やっぱり僕じゃ駄目だったんだなって嫌でも思い知らされる。同じ男だから、高ランクの第二性持ちだから――たったそれだけの項目だけで同じ舞台に立とうとしたことがそもそもの間違いだったんだって、僕はようやく本当の意味で気づけたような気がした。
弓月は自分のせいで僕が辛い思いをしたと思っているみたいだけど、それは違う。きっかけは確かに弓月が傷つけられている場面に偶々遭遇したことだったかもしれない。けれど最終的に弓月を傷つけるという選択をしたのは間違いなく僕自身だ。だから被害者の弓月が悪いなんてあるはずがないのに、それでも文面の中の彼は僕のことを思って謝ろうとしている。
……本当になんでなんだろうね。酷いことをしたのは僕なのに、なんで僕を責めるんじゃなくて弓月が謝ろうとしてるんだろう。せめて責めてくれたならば、僕は――いや、そんなことを考えている時点で僕は駄目なんだろうな。
「……っ」
止まることを忘れた涙が膝頭を濡らしていく。
頭の中に浮かぶのはもしものことばかり。もしもあの場にいたのが弓月の兄弟だけだったり、違う人だったなら、僕はどうしていただろうか。
助けていた?それとも今と同じ結果だった?
今思えばあの頃の僕は平静を装いながらも内心はずっと嫉妬に狂っていて正常な精神ではなかったから、従兄弟である玄野絢也があの場にいてもいなくても
あの時、絢也が僕を見ながら言った言葉が耳から離れない。薄く笑みを浮かべながら僕の頭に手を置き、そして耳元で囁かれた言葉がまるで呪いのように僕の中に巣食う。
『弓月がいなくなればお前が一番なのにな』
そんなこと、あるはずがない。
例え弓月がいなくなったとしても、壱弦が僕を見ることはない。そうわかっているのに、僕の中にある醜い嫉妬心がまだそれを肯定しようとしている。
きっと弓月が女の子だったなら、そしてダイナミクスの発現がないNormalだったならここまでにはならなかっただろう。けれど弓月は僕と同じ男で、Subだ。それが余計に嫉妬心に火をつけていた。
……我ながら酷いものだと思う。
言い訳をどれだけ並べたところで僕の罪が軽くなることはない。言い訳をすればするほど僕の醜い部分がただただ浮き彫りになるだけなのに、それでも僕はまだ言い訳を重ねて誰かのせいにしようとしている。
タイミングを測ったかのように扉の向こうからとん、とんとゆっくりとした足音が聞こえてきた。次いで聞こえてきたのは僕よりも少し低い壱弦の声。ガチャ、と扉が開く音がしたかと思えば二つの足音が近づいてきた。
「……読み終わったのか?」
僕は顔を伏せたまま、壱弦の声に小さく頷いた。すぐ近くで衣擦れの音がするから、壱弦か弓月が隣に座ったのだろう。けれど僕はそれを確かめることはしなかった。……確かめる勇気がなかったとも言う。
「桃矢」
僕の好きだった声が名前を呼ぶ。反射的にぴくりと小さく跳ねた肩、それでも頭を上げようとしない僕に呆れたのか、彼がそっとため息をついたのがわかった。
「……そのままでいいから、まずは俺の話を聞いてくれ」
その後に弓月と話して欲しいと壱弦は言う。
果たして今の僕に弓月と話す資格なんてあるんだろうか。そんなことを思いながらも、僕は小さくわかったと答えていた。
ギシッ、とベッドが軋む音がする。恐らく壱弦がベッドに座ったのだろう。その証拠に彼の息を吐く声が聞こえてきた。
「ここで、それもこのタイミングで言うのもどうなんだって話なんだけど……俺は、お前の気持ちには答えられない……ごめん」
話というのはどうやらさっき伝えた想いに対する答えだったらしい。聞く前から答えが分かりきっていたからか、想像していたよりもずっとショックは少なかった。それ以上に、そりゃあそうだよなぁ……という納得の気持ちの方が大きかったように思う。
「桃矢が弓月にしたことがどんなことなのか、俺は知らない。お前が酷いことって言うんだからそうなんだろうとは思うけど、正直俺はそのことを踏まえなくても桃矢のことを好きになることはないよ。……だって俺にとってお前は、今も昔もただの幼馴染みでしかないから」
「……っ」
「これから先、何があったとしてもお前を好きになることはないし……幼馴染み以上の関係になることも、ない」
わかっていた。……わかっていたけれど、ここまではっきり言われるとやっぱり少しだけ堪える。
……ああ、涙がまた溢れてくる。
次から次へと涙腺から湧き出ては外へと流れていく涙はまるで決壊したダムみたいだ。堰き止めるものもなく、ただただ流れ続けていく。今日だけで一生分くらい泣いている気がした。
「俺にはずっと……好きな奴がいる。だからお前の気持ちには答えられない」
「……ん……はっきり言って、くれて……あり、がと……」
僕は顔少し上げ、しゃくりあげながらそう言う。
不思議とあの時のような嫉妬心は湧いて来なかった。
とめどなく溢れる涙が邪魔で壱弦の表情は窺えなかったが、きっといつもみたいに困ったような表情だったのだろうか。……いや、そうだったらいいのにと思った。
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