163 / 210
第五章
閑話 瀬名律樹は不安を募らせる 前編
しおりを挟む「あら?どうかしたの?」
職員室にある自分の席に座ると同時に隣の和泉先生がそう聞いてきた。今日は土曜日で学校自体は休みだが、冬休み前の期末試験が近いこともあって出勤している先生も普段の休日よりも多い。斯くいう俺も同じ学年の同じ教科を担当する和泉先生とともに期末試験用の試験問題の作成をするために学校に来ていた。
「なにか心配事?」
「はは……まあ、そんなところです」
聞かれた質問に苦笑を溢しながら曖昧に返事をする。そんな俺に何かが引っかかったのか、彼女は少し考える仕草をした後、何かに気がついたような表情でにこりと笑った。
「ふふっ、本当に大事なのねぇ」
「え……?」
「あれでしょ?例の従兄弟くん」
……なんでわかるんですか。
長年の付き合いのせいだろうか。ほんわかとした雰囲気もそのままににこにこと楽しそうに微笑む和泉先生の言葉に、机の上に置いたノートに触れる手が止まる。
口に手を当てながら「確か弓月くんと言ったかしら」とくすくすと笑みをこぼす彼女に、俺は何も応えなかった。しかし彼女にとってはまさにそれが答えだったようで、より一層笑みが深まっていく。
心配……か。弓月のことを心配しない日なんて今まで一度たりともなかったが、特に今日という日は心配と不安ばかりが募っていっているようだった。
今日は記憶が戻る前から仲が良かったという刈谷の家に弓月が訪問する日だ。勿論弓月と刈谷の二人きりではなく、『トウヤくん』というもう一人の男子生徒も一緒に、である。あんな宣言をされた後に二人きりにさせるのは正直嫌だったが三人ということでなんとか納得した。……いや、本当はたとえ三人であっても刈谷の家に行かせるなんてことはしたくない。けれど弓月が……過去を思い出した弓月が後悔しているみたいだったから、俺と刈谷は今日という日を設けた。だが今の俺はそのことを強く後悔している。
「そういえばうちの弟がやっと口を割ったのよ」
「……何をですか?」
和泉先生の弟――和泉由紀はここの三年生だ。今まで俺が弓月を心配しているという話だったのにどうして急に弟の話をし出したのだろうか。突然ころりと変わった話題に俺は首を傾げながら聞き返す。先程とは打って変わって眉尻の下がった表情に、なんだかよくわからないが嫌な予感がした。
「うちの弟と弓月くん、小学校に通っていた頃からのお友達だったんですって」
「……!」
「高校に上がるまではまではよく一緒にいたそうよ。ここに来てからはたまに話すくらいであまり関わりはなかったみたい」
「……そう、ですか」
和泉由紀が弓月と面識があったことは知っていた。以前は一言二言話すくらいの関係だっただけだと聞いていたが、まさか小学生の頃からの友人だったとは思わず、俺は驚きに目を見開く。
そこでふと思い出したのは、弓月が俺に向けて送ってくれたあの長文のメッセージ。そこに書かれていた友人の名前の一つに『ユキちゃん』があったが、もしかすると和泉由紀と『ユキちゃん』は同一人物なのかもしれない。……いやきっとそうに違いない。
「でも刈谷くんとは少し馬が合わなかったみたいで……彼とはあまり一緒にいなかったらしいの。一緒にいたのは確か……そうそう、打木くんだったかしら」
「うつ、ぎ……」
「そう、打木桃矢くん。とても真面目ないい子よ」
打木桃矢――弓月の言っていた『トウヤくん』であり、今日まさに弓月と刈谷が会う予定の男子生徒だ。和泉先生が言うにはみんなから慕われている真面目な生徒らしい。
……けれど、なんだろうこの胸騒ぎは。
俺は打木桃矢という生徒をほとんど知らない。だからこんなにも胸がざわつくのだろうか。
「あの子の受験が終わってからにはなるけれど、今度弓月くんと一緒にうちにいらっしゃい。ここからは本人と直接話す方がいいと思うわ」
「……はい」
再びにこにこと笑顔を浮かべた和泉先生は俺の肩を叩いた後、席を立ってどこかに行ってしまった。残された俺はといえばよくわからない胸のざわつきが気になって何も手につきそうもない。机に置いたノートパソコンの縁を指先でなぞりながら、俺は深いため息をついた。
今頃弓月は何をしているだろうか。トウヤくん――打木桃矢と会って話をしているんだろうか。弓月が後悔していたこと全てが解消すればいいのにと思う反面、俺の知らない誰かと楽しそうに話す彼を想像しただけで胸が痛みを増していく。
頭に思い浮かぶのは一時間ほど前に離れた弓月のことばかりで、折角休日に学校にやって来たというのに仕事が手につかない。なにしてんだろうなと自嘲が浮かぶ。俺は息を吐き出して、席を立ち上がった。
職員室を出て、保健室へと向かう。テスト期間に入るため明後日の月曜日からは部活が休みに入る。だからテスト前最後の部活の日ということで慶士も養護教諭として学校に来ているはずだ。保健室に着くと案の定あいつはそこにいた。
「……律樹?」
ガラガラと音を立てながら開いた扉から足を踏み入れると、机に向かっていた慶士がこちらを向いた。まさか俺がここに来るとは思っていなかったのか、普段は切れ長の目を大きく見開いてぱちくりと瞬かせている。
俺は室内を見回し、慶士の他に誰もいないことを確認してから、彼の机の横に置いてあった丸い椅子に腰掛けた。
130
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!
野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ
平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、
どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。
数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。
きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、
生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。
「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」
それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる