声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

文字の大きさ
178 / 210
第六章

百三十七話 途中送信の言葉 後編


 ひと足先に律樹さんの部屋に向かった俺は、綺麗に整えられたベッドの上にぼふんと仰向けに倒れ込んだ。律樹さんはまだ居間にいるためここにはいない。あの様子だと恐らくは当分は来ないだろう。いつもなら二人で並んで眠っているベッドの上も、一人の今は随分と広く感じられた。
 遠くから微かに人の話し声が聞こえてくるが、これはテレビの音だろうか。そういえば部屋のドアを閉めていなかったなと思い出したが、まあいいかとベッドの足元側に折り畳まれていたふかふかの羽毛布団を手繰り寄せてそこに顔を埋めた。

 暫くそうしていたが、やがて息苦しくなって顔を横に向けた。そしてスマホを手に取り、そして開く。壱弦からの返事はまだない。確か家だと誘惑が多いから時間ギリギリまで塾の自習室で勉強をしているとか言っていたっけ。もしかすると今日もそうなのかもしれない。さっきまでとは違い大分落ち着きを取り戻した俺は、口元を僅かに緩めながら心の中で頑張れと呟いた。

 メッセージアプリを閉じようとした時、不意に律樹さんとのやりとりが目に入ってきた。一番最後に表示されているのはさっき居間で途中送信してしまったメッセージだ。もしこれが書き終えていたら、律樹さんは違うことを言っていただろうか。

(……多分、一緒だっただろうなぁ)

 途中で送っていても、書き切った後で送っていたとしても結果は同じ。気晴らしに行っておいで、俺のことは気にせずに楽しんでおいで――そう言っていたに違いない。

 胸はまだ痛む。別に壱弦と一緒に出かけるのは嫌というわけではない。でもそれ以上に寂しいという感情に胸が締め付けられるように痛んだ。ぎゅっとした痛みはやがてズキズキとした痛みに変わっていく。治るどころか酷さを増していくそれに、ようやく何かがおかしいことに気がついた。

「っ、……は」

 何かの発作のような痛み。これは寂しさだとか感情からくるものではない、そう思った時には息がしづらくなっていた。
 呼吸が荒くなり、脂汗が滲む。胸だけでなく頭まで痛くなってきた辺りで、俺は助けを求めるようにスマホに目をやった。震える指を必死に動かし、文字を入力していく。しかし何文字かを打ったところで痛みがさらに増し、俺の世界は呆気なく暗闇に飲み込まれていった。



 次に目を開いた時には世界は明るく、そして痛みはすっかりなくなっていた。寝起きだからか、重い瞼を何度か瞬かせながらゆっくりと辺りを見回してみる。するとそこはいつも律樹さんと二人で眠っている部屋で、さらに言えば俺はベッドの中にいた。

 痛みに気を失う前、確かに俺はこの部屋のこのベッドの上にいたが、布団の中には入っていなかったはずだ。なのに今はふかふかのあたたかな布団の中にいる。もしかしてと横を向くが、俺の考えに反してそこには誰もいなかった。

 俺は重く怠い体を起き上がらせ、そしていつも律樹さんが眠っている箇所に手のひらを当てた。しかし手のひらから伝わってくるのはシーツの冷たくさらりとした感触のみ。俺は慌てて布団から抜け出し、ベッドから降りた。

「……っ!」

 ベッドから降りた瞬間、かくんと膝が折れた。心臓がばくばくと鼓動している。目を瞬かせながら大きく鼓動するそこに手を当て、そしてゆっくりと深呼吸をした。

(びっ……くりしたぁ……)

 どうやら起きたばかりで足に力が入っていなかったらしい。そういえばここにきたばかりの頃はこういうことがよくあったが、最近はほとんどなかったのですっかり油断していた。
 ベッドに手を掛けてゆっくりと立ち上がる。その時一瞬くらっと視界が揺れた気がしたのだが、貧血だろうか。昨日もよく食べたのにおかしいなぁ……なんて思いながらふうと息を吐く。仮に貧血だったとしてもすぐに治ったし、気にすることもないだろう。そう思った俺は足を踏み出し、当初の目的だった寝室の入り口へと向かった。

 いつもなら起きてすぐに洗面台に行って歯磨きや洗顔を行うのだが、なんだか今日はそんな気分にはなれなかった。隣に律樹さんがいないことがこんなにも不安になるなんていつ以来だろうか。俺は俺の足音と呼吸音以外何の音も聞こえない居間へと続く廊下を足早に進んでいく。寝室と居間はそこまで距離が離れているわけではないのに、今はその僅かな距離でさえ遠く感じた。

 ……そういえば今は何時なんだろう。
 寝室からスマホを持ってくるのを忘れたので時間がわからない。廊下にも時計があるにはあるが、つい先日電池が切れたことに気付いてからまだ電池の交換ができておらず、時間を確認することはできなかった。
 時間が確認できないままに進んでいった廊下の先、目的地である居間へと続く扉を開けた瞬間、俺はぺたりとその場に座り込んだ。居間に律樹さんの姿はない。ちらりと室内にある時計に視線を移せば、そこには今日の日付や曜日、そして現在時刻が記されていた。

(そう、か……今日って平日か……)

 冬真っ只中の今、夏に比べれば格段に夜明けは遅い。日の出の時刻は大体朝の六時半前後といったところだろう。……ということは出勤時間が大体六時半から七時頃である律樹さんは、外が明るくなってすぐくらいには既に家を出ていることになる。

「はは……」

 乾いた笑いが溢れる。それはどうしようもないことで不安になってしまっている自分に対する自嘲じみたものだった。
 律樹さんは仕事を頑張ってくれているだけだというのにどうしてこんなにも胸が痛くなるのだろうか。痛くて、寂しくて……頭がくらくらとする。なんで――そう思った時、ふと俺の頭に疑問が浮かんだ。
 

 ――あれ?そういえば、最後に律樹さんとプレイをしたのって……いつだっけ?


 

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

響花学園

うなさん
BL
私の性癖しか満たさない。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!