声を失ったSubはDomの名を呼びたい

白井由貴

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第六章

百五十四話 訪問者?


 午後の検診が終わり、壱弦と保科さんがお見舞いに来てくれた。相変わらず壱弦は少し気まずそうではあったが、俺のことを心配してくれているようでかけられる言葉は優しい。
 
 この病院に運び込まれて入院をすることになったあの日以降、滞在時間は僅かではあるが壱弦は毎日のようにここに来てくれる。自分のことを振った男のことなんて放っておけばいいのにと思うが、優しい壱弦にはそれが出来ないんだろう。
 見舞ってくれること自体は勿論嬉しい。けれど同時に時折垣間見える表情に俺は居心地の悪さを感じていた。

 そんな壱弦と一緒に来てくれる保科さんも相変わらずのようだった。今日も今日とて病室の唯一の出入り口である扉の横に寄り掛かりながら、眉間に皺を寄せたような険しい表情をしている。向けられる無機質な瞳は負の感情をぎゅっぎゅと押し固めたような、それでいてなんの感情もこもっていないようだった。
 少し前までとは違うその態度や向けられる表情に最初は戸惑ったが、今は少し慣れてきたように思う。だからなんだろうか、その目が時折緩むことに俺が気付いたのは。

「――じゃあ俺たちはそろそろ行くね」

 壱弦がそう言いながら立ち上がる。座っていた座面が緑色の丸いパイプ椅子がギッと音を立てた。

「行こう、先生」
「ああ」

 壱弦が俺に背を向け、扉の隣で立っていた保科さんにそう声をかける。すると一瞬だったが、彼の目がふっと緩んだのが見えた。

(あー……うん、そういうことか)

 小さく振り続けていた手がぱたりと布団の上に落ちる。二人が出ていった扉を見つめながら、俺はふうと息を吐き出した。
 あの緩んだ目や眼差し――どうやら保科さんは壱弦に好意を寄せているらしい。それなら俺を見る目に負の感情がこもっていたことにも納得がいく。

 でもそっか……そう、なんだ。
 振った俺が言うのも何だが、壱弦には幸せになってほしいと思う。それこそ俺みたいな奴じゃなくて、もっと壱弦のことを大事にしてくれるようないい人と。

 二人が去った後もなんとなく寝る気にはなれなくて、俺はベッドからゆっくりと立ち上がった。窓にかかったカーテンを捲り、ベッド脇に置いてあった丸い座面のパイプ椅子に腰を下ろす。椅子が軋み、ギッと小さく音が鳴った。
 
 カーテンの開いた窓の外に視線を移すと、そこには灰色の雲に覆われた空があった。雨でも降りそうな空模様だ。俺は小さく息を吐きながら視線を下の方に移した。この病室からは病院の中庭のようなところが見えるようになっている。春だったら綺麗な花が咲いていただろう花壇も今は寂しかった。

(……誰もいない)

 さっき壱弦に聞いたんだけど、今日は特に寒いらしい。だからなのか中庭に人の姿はなかった。代わりにあるのは葉の殆どついていない寒々しい木々だけ。
 鍵を開け、窓を開くと同時に肌を差すような冷気が入り込んできた。薄着だったこともあり、急な冷気にびくっと体が跳ねる。慌てて窓を閉めるが、すでに冷気が入り込んでしまった室内はさっきより少し温度が下がってしまったようだ。

「っ……、っ」

 くしゅんという声もなく、くしゃみをした。ほんの一瞬だったのだが体が冷えてしまったのだろうか。俺は腕をこすりながら、さっき出たばっかりでまだほんのりと温もりの残るベッドの中へといそいそと戻った。

 ぬくぬくとした布団に包まっているといつの間にかまた眠っていたらしく、さっきまでとは違い窓の外は赤く染まっていた。どのくらい眠っていたんだと備え付けの時計を見るが、想像していたよりも経過時間は短くてほっと息を吐く。
 そのまま寝転んでいてもよかったのだが、なんとなくのそのそと布団から上半身を出して身体を起こした。夕食が運ばれてくる時間まではあと二時間ほどある。暇つぶしにと壱弦が置いていった本を手に取った時だった。

 ――コンコン。

 不意に病室の引き戸がノックされた。まだ夕飯には時間が早いし、誰だろうと思いながら本を膝に置く。俺の声が出ないことは壱弦たちは勿論、看護師さんたちであれば当然知っている。特に竹中先生や看護師さんたちであれば返事があるないに関係なく入ってきてくれるはずなのだが、今回はなかなか入ってこない。

 ――コン、コン。

 二度目、今度は控えめにノックされた。
 もしかして今朝の検査の時に竹中先生が話していた治療用プレイ専門のスタッフだろうか。お願いするかしないかは兎も角、一度治療のためのプレイとはどういうものなのかを説明してもらうことになったのだが、でもあれは明日だった気が……俺の聞き間違いかもしれない。

 もしそうだとしたら中々入ってこないことにも納得がいく。俺はベッド脇に設置されている小さなキャビネットの天板を同じようにコンコンと叩いてみた。どうぞという返事のつもりだった。しかし伝わらなかったのか、それともただ単に聞こえなかっただけなのか、その扉が開かれることはなかった。

 数分待ってみたが誰かが入って来る様子はない。俺は近くに置いてあったカーディガンを羽織り、ベッド下に置いてあったスリッパを履いて立ち上がった。引き戸を少し開き、きょろきょろと廊下を見回してみる。

(誰もいない……?)

 誰もいないと思って行ってしまったのだろうか。
 それはなんだか申し訳ないような気がした俺は、病室から出た。いつも担当してくれている看護師さんなら何か知っているかもしれないと思った俺は、この階にあるナースステーションに向かうために一歩踏み出した。

 

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