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未来へ
しおりを挟む赤ん坊の鳴き声が聞こえる。
ガタリと音を立てて長椅子から立ち上がった父さんは俺を見て、目を潤ませながら俺の名前を呼んだ。その声は震えていて、俺もつられて泣きそうになりながらこくりと頷く。
今日、俺に弟か妹が出来る。父さんと母さんは産まれてくる子が男の子か女の子かを知っているけれど、俺は知らない。だってどっちでも嬉しかったから、あえて聞かなかった。
母さんが入っていった扉が開いて、一人の女性が出て来た。看護師さんだろうか。それとも、助産師さんだろうか。小学生の俺にはどちらかはわからなかったけれど、その腕に大切に抱かれたものが何なのかは俺にもわかった。
「元気な男の子ですよ」
俺の初めての兄弟は、弟だった。
産まれたばかりでふにゃふにゃと頼りないほわほわとした生き物が、元気に大きな声で産声を上げている。
女性に促されて長椅子に座り直した父さんの手に赤ちゃん渡される。父さんは壊れ物を扱うように慎重に赤ちゃんを腕の中に囲い、そしてほうと息を吐いて目元を緩めた。まだ赤ちゃんは泣いているが、ほんの少しだけ先程よりも声が小さくなった気がする。
長椅子に座った父さんの腕の中を恐る恐る覗き込むと赤ちゃんの顔が見えた。小さい。産まれて初めてみた赤ちゃんは本当に小さくて可愛い。
産まれてすぐの赤ん坊は皺だらけで猿みたいだと聞いたことがあったのに、この子はとても綺麗な顔をしていた。小さな口が目いっぱい大きく開きながら泣いている姿に胸が熱くなる。
「抱っこしてみるか?」
「っ、え……い、いいの?」
「そりゃいいさ、お前はもうこの子のお兄ちゃんなんだから」
「おにぃ……ちゃん……」
噛み締めるように呟くと、さらに胸が熱くなった。
父がそうっと俺の腕に赤ちゃんを抱かせる。初めて抱いた弟は、思っていたよりも重かった。重くて、温かくて――こうして触れているだけで愛おしい気持ちが溢れてくる。
「……良かったな」
「うん……うん……っ!」
赤ちゃんは俺の腕の中に来た途端に泣き止んだと言うのに、お兄ちゃんになった俺はぽろぽろと涙を流していた。
どうしてかはわからない。
けれどこの瞬間を、ずっとずっと待ち望んでいた気がする。
俺は両親や親戚から愛されて育ててもらっている。けれどいつからかとても寂しくて、胸がきゅっと締め付けられるような瞬間が度々襲うようになっていた。
ここにどうして俺は一人でいるんだろうと、よくわからない感情が勝手に湧き出てきては、一人で泣いていた。両親はそんな俺をいつも心配そうに慰めてくれていたが、今この弟となる子を見てわかった。
――俺は、この子を待っていたのだと。
その想いはずっと消えることはなく、毎日弟を愛おしく思う気持ちは増していった。それどころか時間が経てば経つほど愛しさは増す一方で、学校の友達がよく言うようなうざったい気持ちなど一切湧かない。ただただ愛おしい。
不思議なことに幼馴染であり、父親の古い友人の息子たちも俺と同じことを感じているらしく、彼らは事あるごとに弟に会いに来ていた。俺の弟なのにという気持ちも当然あるが、それ以上に何故か納得する自分もいた。
「郁人、ほら瑠衣って言ってみろ」
「瑠衣、それじゃあ郁人が怖がってしまいますよ!ほら郁、瑛太お兄ちゃんですよー」
「にいちゃん、りんも!りんも!」
弟――郁人に向かってぶっきらぼうに手を出すのは、知多親の古い友人であり、大企業の社長である父親の右腕である男の息子、岸部瑠衣。俺よりも三つ年上で今は中学生なのだが、俺よりも子供っぽいところがある。普段は頼り甲斐のある兄貴分なのに、どうしてか郁人の前だと途端にポンコツになる奴だ。
そんな瑠衣を嗜めるのは、父親の優秀な秘書の息子達である片平瑛太と片平凛也の兄弟だ。兄の瑛太は瑠衣と同い年の中学生で、弟の凛也は俺よりも六つ下の幼稚園児である。
そんな三人と郁人との初対面はそれはもうカオスだった。郁人が生まれて半年が経ってから行われた顔合わせで、彼らは揃って号泣をしていた。郁人が生まれた時に俺が泣いたように、彼らもまた溢れてくる思いに抗えずに涙をこぼしていたのだ。
どうしてこれほどまでに郁人を待ち望んでいたのか、郁人を愛おしいと思うのかは俺たちには全くわからない。けれど多分、自分の根底となるものが郁人を望んでいた。
「郁人」
「う……?にー?」
「うん、お兄ちゃんだよ」
「ん、にー、にー」
名前を呼んで手を差し伸べれば、滑らかで白く、ぷにぷにと柔らかい小さな手が重なった。にー、と呼ばれる度に心臓のあたりがぽわぽわと温かくなり、目頭が熱くなる。ふわりと優しく抱き上げると、郁人は俺の胸に顔を擦り付けて何度も俺を呼んでくれた。
大事だった。
大事だったのにこの手を、離してしまった。
俺がこの手を離さなければ、全てを投げ打ってでもこの小さな手を掴んでいれば――。
そんな感情が体の奥底から湧き上がり、俺はきゅっと郁人を抱きしめる手に力を込めた。誰の感情か、誰の記憶かはわからない。けれど何となく、その思いを聞いているとより郁人のことを愛おしいと思うのだ。
「郁人、大好きだよ」
「うー」
「……今度は絶対に、守るからね」
「にー?」
小さな紅葉のような手が俺の頬に優しく触れる。
その手に擦り寄ると、郁人は嬉しそうにきゃっきゃと笑った。
「悠人、俺もお前らを守るからな」
「僕だって二人を守りますよ」
「りんも!りんもまもる!」
いつのまにか近くに来ていた三人が、俺たち二人を包み込むように抱きしめた。押し潰さないように、けれどしっかりと抱きしめる腕に、やっぱり涙が出そうになる。
なんでこんなにも泣きたくなるんだろう。
幸せがいっぱいで、胸もいっぱいで。
「あら、あらあら。みんな今日も仲が良いわねぇ」
「そうだな。……本当に、良かった」
「あなた?……あらあら、ふふっ」
幸せと温もりに微睡んでいると、そんな両親の会話が聞こえて来た。涙声の父親ととても優しくて穏やかな母親の声に、ああ本当に幸せだと感じる。
腕の中には郁人がいて、周りには瑠衣達がいる。手を伸ばせば触れられる距離に全てがあって、俺は満たされる想いがした。
これからは、ずっと一緒だからね。
俺は郁人のまろい額に軽く額を合わせて、目を閉じた。
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