婚約破棄された王子は地の果てに眠る

白井由貴

文字の大きさ
16 / 17

未来へ

しおりを挟む

 赤ん坊の鳴き声が聞こえる。
 ガタリと音を立てて長椅子から立ち上がった父さんは俺を見て、目を潤ませながら俺の名前を呼んだ。その声は震えていて、俺もつられて泣きそうになりながらこくりと頷く。

 今日、俺に弟か妹が出来る。父さんと母さんは産まれてくる子が男の子か女の子かを知っているけれど、俺は知らない。だってどっちでも嬉しかったから、あえて聞かなかった。

 母さんが入っていった扉が開いて、一人の女性が出て来た。看護師さんだろうか。それとも、助産師さんだろうか。小学生の俺にはどちらかはわからなかったけれど、その腕に大切に抱かれたものが何なのかは俺にもわかった。

「元気な男の子ですよ」

 俺の初めての兄弟は、弟だった。
 産まれたばかりでふにゃふにゃと頼りないほわほわとした生き物が、元気に大きな声で産声を上げている。

 女性に促されて長椅子に座り直した父さんの手に赤ちゃん渡される。父さんは壊れ物を扱うように慎重に赤ちゃんを腕の中に囲い、そしてほうと息を吐いて目元を緩めた。まだ赤ちゃんは泣いているが、ほんの少しだけ先程よりも声が小さくなった気がする。
 
 長椅子に座った父さんの腕の中を恐る恐る覗き込むと赤ちゃんの顔が見えた。小さい。産まれて初めてみた赤ちゃんは本当に小さくて可愛い。
 産まれてすぐの赤ん坊は皺だらけで猿みたいだと聞いたことがあったのに、この子はとても綺麗な顔をしていた。小さな口が目いっぱい大きく開きながら泣いている姿に胸が熱くなる。

「抱っこしてみるか?」
「っ、え……い、いいの?」
「そりゃいいさ、お前はもうこの子のお兄ちゃんなんだから」
「おにぃ……ちゃん……」

 噛み締めるように呟くと、さらに胸が熱くなった。
 父がそうっと俺の腕に赤ちゃんを抱かせる。初めて抱いた弟は、思っていたよりも重かった。重くて、温かくて――こうして触れているだけで愛おしい気持ちが溢れてくる。

「……良かったな」
「うん……うん……っ!」

 赤ちゃんは俺の腕の中に来た途端に泣き止んだと言うのに、お兄ちゃんになった俺はぽろぽろと涙を流していた。

 どうしてかはわからない。
 けれどこの瞬間を、ずっとずっと待ち望んでいた気がする。

 俺は両親や親戚から愛されて育ててもらっている。けれどいつからかとても寂しくて、胸がきゅっと締め付けられるような瞬間が度々襲うようになっていた。
 ここにどうして俺は一人でいるんだろうと、よくわからない感情が勝手に湧き出てきては、一人で泣いていた。両親はそんな俺をいつも心配そうに慰めてくれていたが、今この弟となる子を見てわかった。
 
 ――俺は、この子を待っていたのだと。

 その想いはずっと消えることはなく、毎日弟を愛おしく思う気持ちは増していった。それどころか時間が経てば経つほど愛しさは増す一方で、学校の友達がよく言うようなうざったい気持ちなど一切湧かない。ただただ愛おしい。

 不思議なことに幼馴染であり、父親の古い友人の息子たちも俺と同じことを感じているらしく、彼らは事あるごとに弟に会いに来ていた。俺の弟なのにという気持ちも当然あるが、それ以上に何故か納得する自分もいた。

郁人いくと、ほら瑠衣るいって言ってみろ」
「瑠衣、それじゃあ郁人が怖がってしまいますよ!ほら郁、瑛太えいたお兄ちゃんですよー」
「にいちゃん、りんも!りんも!」

 弟――郁人に向かってぶっきらぼうに手を出すのは、知多親の古い友人であり、大企業の社長である父親の右腕である男の息子、岸部瑠衣きしべるい。俺よりも三つ年上で今は中学生なのだが、俺よりも子供っぽいところがある。普段は頼り甲斐のある兄貴分なのに、どうしてか郁人の前だと途端にポンコツになる奴だ。

 そんな瑠衣を嗜めるのは、父親の優秀な秘書の息子達である片平瑛太かたひらえいた片平凛也かたひらりんやの兄弟だ。兄の瑛太は瑠衣と同い年の中学生で、弟の凛也は俺よりも六つ下の幼稚園児である。

 そんな三人と郁人との初対面はそれはもうカオスだった。郁人が生まれて半年が経ってから行われた顔合わせで、彼らは揃って号泣をしていた。郁人が生まれた時に俺が泣いたように、彼らもまた溢れてくる思いに抗えずに涙をこぼしていたのだ。
 どうしてこれほどまでに郁人を待ち望んでいたのか、郁人を愛おしいと思うのかは俺たちには全くわからない。けれど多分、自分の根底となるものが郁人を望んでいた。

「郁人」
「う……?にー?」
「うん、お兄ちゃんだよ」
「ん、にー、にー」

 名前を呼んで手を差し伸べれば、滑らかで白く、ぷにぷにと柔らかい小さな手が重なった。にー、と呼ばれる度に心臓のあたりがぽわぽわと温かくなり、目頭が熱くなる。ふわりと優しく抱き上げると、郁人は俺の胸に顔を擦り付けて何度も俺を呼んでくれた。

 大事だった。
 大事だったのにこの手を、離してしまった。
 俺がこの手を離さなければ、全てを投げ打ってでもこの小さな手を掴んでいれば――。

 そんな感情が体の奥底から湧き上がり、俺はきゅっと郁人を抱きしめる手に力を込めた。誰の感情か、誰の記憶かはわからない。けれど何となく、その思いを聞いているとより郁人のことを愛おしいと思うのだ。

「郁人、大好きだよ」
「うー」
「……今度は絶対に、守るからね」
「にー?」

 小さな紅葉のような手が俺の頬に優しく触れる。
 その手に擦り寄ると、郁人は嬉しそうにきゃっきゃと笑った。

悠人ゆうと、俺もお前らを守るからな」
「僕だって二人を守りますよ」
「りんも!りんもまもる!」

 いつのまにか近くに来ていた三人が、俺たち二人を包み込むように抱きしめた。押し潰さないように、けれどしっかりと抱きしめる腕に、やっぱり涙が出そうになる。

 なんでこんなにも泣きたくなるんだろう。
 幸せがいっぱいで、胸もいっぱいで。

「あら、あらあら。みんな今日も仲が良いわねぇ」
「そうだな。……本当に、良かった」
「あなた?……あらあら、ふふっ」

 幸せと温もりに微睡んでいると、そんな両親の会話が聞こえて来た。涙声の父親ととても優しくて穏やかな母親の声に、ああ本当に幸せだと感じる。

 腕の中には郁人がいて、周りには瑠衣達がいる。手を伸ばせば触れられる距離に全てがあって、俺は満たされる想いがした。

 これからは、ずっと一緒だからね。

 俺は郁人のまろい額に軽く額を合わせて、目を閉じた。


 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

さんかく
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定 (pixivにて同じ設定のちょっと違う話を公開中です「不憫受けがとことん愛される話」)

神隠しに巻き込まれた2人が出逢う話

さんかく
BL
“運命の相手と出逢える”という噂のある神社に閉じ込められた2人が紆余曲折を経て脱出を目指す話。 一部にホラーとグロ要素ありですが、怖い描写は初めて書くのであまり怖くはないかと思われます。 佐伯 純×出雲 叶翔のつもりの3話から攻め視点です。

【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 いつき
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。 文武共に自分より優れている、対等な学生。 ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。 王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~

なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。 一つは男であること。 そして、ある一定の未来を知っていること。 エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。 意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…? 魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。 なんと目覚めたのは断罪される2か月前!? 引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。 でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉ まぁどうせ出ていくからいっか! 北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

徒花伐採 ~巻き戻りΩ、二度目の人生は復讐から始めます~

めがねあざらし
BL
【🕊更新予定/毎日更新(夜21〜22時)】 ※投稿時間は多少前後する場合があります 火刑台の上で、すべてを失った。 愛も、家も、生まれてくるはずだった命さえも。 王太子の婚約者として生きたセラは、裏切りと冤罪の果てに炎へと沈んだΩ。 だが――目を覚ましたとき、時間は巻き戻っていた。 この世界はもう信じない。 この命は、復讐のために使う。 かつて愛した男を自らの手で裁き、滅んだ家を取り戻す。 裏切りの王太子、歪んだ愛、運命を覆す巻き戻りΩ。 “今度こそ、誰も信じない。  ただ、すべてを終わらせるために。”

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

処理中です...