男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

30話

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「それから毎日、僕はリナと話し続けた。話さなくなったのは……多分リナが倒れてからだと思う。僕もその辺りから曖昧なんだ、ごめんね」

 そう言ってルネさんは申し訳なさそうに笑った。
 俺たちはというと、まさか教皇のことまで話されるとは思っていなくて呆然としている。いち早く我に返ったのはクロヴィス殿下だった。

「その……ルネがそんなことになっているとは知らなかった……気付けなくて、すまない」
「いやいいって。僕だってまさか自分が聖女になるとは思っていなかったし、お互い様だろ」

 クロヴィス殿下は何か言いたげな表情でルネさんを見ていたが、ルネさんはそれに気付くことなく俺の方を向いた。あの暗い部屋にいた時にはボサボサだった髪は、今は低い位置で一つに纏められている。カミーユさんもそうだが、聖女には顔が整っている人が多いなと思った。

 俺の視線とルネさんの視線がかち合うと、彼はにっこりと笑って手招きをした。なんだろう、と思いながらも彼の元へ歩いて行こうと足を踏み出そうとするが、それよりも早くリアムに腕を掴まれ、俺は動きを止めた。

「?……リアム?」
「……心は、治ったんですか?」

 リアムはルネさんを真っ直ぐに見つめながらそう聞いた。俺もアルマン殿下もリアムの質問の意図がわからなくて首を傾げていたが、クロヴィス殿下とカミーユさんは何かに気付いたようで険しい表情になる。その様子に益々訳がわからなくて、リアムに腕を掴まれたまま、俺とアルマン殿下はお互いに顔を見合わせた。

「そうだな……ある程度は、と言っておこうかな?それがどうかした?」
「……おかしいですね。先程貴方が話していたことが事実であれば、心を壊した聖女が治癒魔法を使えるはずがないのですが……?」

 カミーユさんの言葉に、俺達ははっとした。
 そう言えばさっき、ルネさんは自分で治癒魔法を掛けていたはずだ。もしかしたら完全に心が壊れてしまった場合は使えなくなるが、ある程度まで回復したら再び使えるようになるという可能性もあるだろう。それなのに、何故こんなにも心臓が早鐘を打っているんだろうか。

 どうしたらいいかわからなくて視線を彷徨わせていると、ルネさんと目があった。ルネさんはふわりと笑う。その笑顔は綺麗だがどこか寂しそうに見えて、俺は無意識にルネさんの名前を呟いていた。

「……僕は、正真正銘ルネだよ。でもクロヴィス達が知っているルネは、もういない」
「どういうことだ?」
「今話したリナとの話が終わった後、すぐにヒートになったルネはまた教皇に抱かれて……その後、心を完全に壊してしまった」

 教皇がどんなことをルネさんにしたのかはわからない。けれど俺がされたことと変わらない事だとしたら、心が壊れるのも仕方がなかっただろうと思う。俺もあの時、リアムと会えなかったらきっと壊れていたことだろう。

 ルネさんはふっと自嘲気味に笑うと、目を伏せた。そして「信じられないかもしれないけど……」と言葉を続ける。

「僕はルネが聖女になった頃に出来たもう一つの人格と言ったところかな。僕はルネの記憶を全て持っているけど、ルネのように心は壊れていない。だから治癒魔法も問題なく使える」

 学のない俺にはよくわからないが、自分とは別の自分ということなのだろうか。リアムが俺の腕を掴む手に力を入れた。それが少し痛かったが、今のこの状況で言うのは躊躇われて俺は下を向いた。

「……多重人格、というやつか」
「僕の場合は二つだけだけどね。でも記憶は全てあるから聞きたいことがあるなら全て答えるよ。僕ももういい加減疲れたからね……早く終わらせたい」

 何を、とは聞けなかった。早く終わらせたいのは今の話でないことくらいは俺にだってわかる。この場にいた全員が同じ気持ちを抱いた時、ルネさんは「なんでも聞いて」と困ったように笑いながら言った。

 元のルネさんはどうなったのかはわからない。けれど俺が知っているルネさんは今のルネさんだけなので違和感を感じることもなく受け入れられているが、昔恋人同士だったらしいクロヴィス殿下は複雑なようだ。

「じゃあ聞いてもいいかしら?」
「どうぞ?」
「実際あのクソ教皇って何歳なの?」
「リナの話が本当なら建国より前から生きていることになるから……少なくとも300歳は超えているだろうね」
「……化け物なんじゃないの?」

 ソフィア皇女殿下の言葉に思わず同意してしまった。300年以上も生きる人間なんか聞いたことがない。平均寿命が80歳前後だと言われているこの帝国に、それを遥かに超える人間がいるという事実に背筋がぞくりとした。

 魔力と生命力は同義だ。魔力の最大保有量が多ければ多いほど長生き出来るというのはわかるが、果たしてそんなにも長くすることが出来るものなのだろうか。

「……きっと、様々な聖女と交わり続けた教皇だから出来たんだろうな。多分一人の聖女とだけ交わり続けてもそこまでは増えないと思う」

 顎に手を当てながら何かを考えていたリアムが不意に言葉を紡いだ。俺が首を傾げると、リアムは少し頬を赤らめながらふいと視線を逸らし、ぽそぽそと話し始めた。

「……ラウルとの初めての時の魔力の増え方と、二度目の時の増え方が……その、全然違ったから」
「なるほど、その原理でいくと教皇はかなりの数の聖女を食い物にしたってことになるわね。兄様達の話によるとリアムの三倍はあったんでしょう?魔力」

 恥ずかしそうに言ったリアムに、俺も恥ずかしくなって思わず俯く。自分達の行為を他の人――それもリアムの家族に知られるのだから恥ずかしいことこの上ない。

 しかしリアムの言葉を聞いたソフィア皇女殿下はそんな俺たちには構わず、何かを考えるように腕を組んでいる。クロヴィス殿下も同様に顔色も変えずにソフィア皇女殿下の言葉にこくりと頷いた。

「一人の聖女なら問題ないことを、教皇は複数の聖女と性交をした。長生きできるというメリットはあるけれど、そこにリスクがないとは限らない」
「……というと?」
「……兄様やリアムから話を聞いてずっと気になっていたことがあるのよ。なんでクソ教皇は捕まる直前に動きを止めたんだろうって。だっておかしいでしょう?捕まる時じゃなくて直前よ?何かあると思わない?」

 隣に立っているリアムも、まだ少し顔が赤いままだがこくりと頷いている。この場にいる全員が真剣な顔つきで黙り込み、部屋の中に重い沈黙が降りた。呼吸音すら聞こえてきそうなほどの静寂の中、初めに声を上げたのはルネさんだった。

「……やっぱり君はすごいな」
「折角褒めてもらったのに残念だけど、これは私じゃないわ。最初に疑問を抱いたのはリアムよ。急に攻撃が止んだと思ったら教皇が大量の汗を流しながら呆然と自分の手を見ていたのはなんでだろうってね」

 私はリアムと一緒に膝を突き合わせて考えていただけよと苦笑する。そしてコツ、コツと靴を鳴らしながらリアムの側まで歩いてきたソフィア皇女殿下は、自分と同じ身長のリアムの頭に手を置いてぽんぽんと撫でた。

「リアム……だったか。その話が本当なら、教皇に制裁が降る日もそう遠くないだろう。その前に、リアムと僕と……それからそこの聖女を教皇に会わせてほしい」
「……俺も?」

 そこの聖女、と言われて指を刺された俺は慌てて後ろを振り向くがそこにはりあむとソフィア皇女殿下がいるだけで他に聖女はいない。もしかしてと思いながら自分を指し示しながら聞けば、はっきりとした頷きが返ってきた。

 
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