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本編
31話
しおりを挟む急に自分を指名されたことに驚いたのは俺だけではなかったようだ。
「ま、待ってくれ!俺は兎も角、どうしてラウルもなんだ?!」
リアムが慌てたように声を荒げる。
ここにはカミーユさんというもう一人の聖女もいるのに何故俺だけが選ばれたのか。リアムの疑問は最もだ。
しかしルネさんは逆に驚いたように目を見開いてパチパチと瞬かせながら、俺やリアムの後ろ――つまりソフィア皇女殿下に視線を送った。つられて俺達も振り向くと、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で僅かに俯く。
「……これはあくまでも私の推測だから間違っているかもしれないわよ?」
「そんな事はいい、勿体振らずに教えてくれ」
言い淀む彼女に、苦しげに眉を顰めたリアムが詰め寄る。縋るような視線に耐えかねたのか、ソフィア皇女殿下ははあと大きく息を吐き出した。
「多分だけど……今いる5人の聖女の中でラウルくんだけが異常な程の執着を受けているわ。金属の首輪を外す時も最初だったとは言え、他とは違っていた。それに……ラウルくんがされていた扱いを聞いた時に、なんかこう……他の聖女とはあまりにも違い過ぎていたのよ」
「……扱いが違う?」
言いにくそうに言葉を紡いでいくソフィア皇女殿下に、思わず反応をしてしまった。俺には他の聖女がどういう扱いを受けていたのかは全くわからない。だからこそ『扱いが違う』ということがどういう事なのかがわからなかったのだ。
そんな俺の反応に言葉を返したのは、俺達の様子を黙って見守っていたクロヴィス殿下だった。
「ドミニクから聞いたんだけど、ラウルくんは特別な聖女だそうだよ。詳しくは私にもわからないけれど、聖女としてもオメガとしても特別なんだと言っていた」
聖女としてもオメガとしても特別とはどういう事なのか。言われた言葉が頭の中をぐるぐると回る。一気に色々な情報を取り込んだこともあって、そんなに元の容量が大きくないだろう俺の頭の中はパンク寸前だ。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、クロヴィス殿下の言葉に肯定を示したのは意外にもカミーユさんだった。今まで黙っていた彼は『特別』という言葉に反応するように、険しい顔で頷いている。
「私も他の聖女のことはあまり知らないですが、それでもある程度は顔を合わせたり話をする機会はありました。けれどラウルくんとは初めてお会いしたあの瞬間まで話をするどころか、顔を合わせる機会すらなかった……聖女ルネはどうでしたか?」
「……確かに、顔を合わせる機会はあったな。ただ元のルネは話す気力もなかったから話した事はないが」
俺は二人の言葉にただただ驚くしかなかった。だって礼拝でも常に近くに誰かがいたし、顔を見られないようにとフードを目深に被って声を出すなと言われていた。カミーユさんと初めて出会った時は緊急事態だったから治癒を頼まれただけで……そこまで考えて、あれ?と思った。
恐らくだけどカミーユさんのことがなかったらきっと俺は誰とも会うことはなかったはずだ。礼拝の時も誰にも顔を見られず話さず、部屋に戻れば抱かれる日々を今でも送っていたのかもしれない。リアムが来なければずっと一人で耐え続けていたのかもしれない。
そんな考えに至り、俺は震え出した自分の身体を抱きしめた。
「……ラウル」
突然青褪めて震え始めた俺に気がついたのか、リアムがそっと寄り添い、俺を呼んだ。かたかたと震えているせいで返事を返すことができない。そんな俺を、リアムは真正面から優しく抱きしめてくれた。
リアムの温かな腕が俺を包み込む。彼の手が後頭部に移動し、軽く力が込められた。見た目よりもしっかりとしている胸板に頭が当たり、とくとくと聞こえてくるリアムの音に俺の身体は徐々に強張りを解いていく。
「ラウルが特別かどうかなんて俺にはわからないが、本当に行かなければならないのか?」
「ああ、寧ろ君たち二人にこそ来てもらわないといけないだろうね」
そう言ったルネさんは俺達の元までゆっくりと歩みを進めて来る。すると俺を包むリアムの腕に力が籠った。俺を守ろうとしてくれているのだろうなとなんだか擽ったい気分だ。でもいつまでもこうしているわけにはいかない。
俺が名前を呼ぶと、リアムは名残惜しそうにしながらも渋々離してくれた。それでも腰にはリアムの腕が回ったままだったが。
俺とリアムのその様子を見ながらルネさんはふわりと笑った。それは眩しいものを見るような微笑みだった。
「本当に君たちは仲がいいんだな。……ラウルだったか?今まで大変だったな……でもこれが最後だ。僕と一緒に来てくれないか?」
「……行っても俺、何もできないかもしれませんよ?」
「ああ、君はいるだけでいいんだ。行ったらその意味がわかる」
ルネさんは寂しげな表情をした後、静かに目を伏せる。いるだけでいいのなら、と小さく頷くとルネさんはほっとしたようにありがとうと言った。
こうして俺とリアムとルネさんは捕えられている教皇の元へ行くこととなったが、それを良しとしなかったのはクロヴィス殿下とソフィア皇女殿下だった。二人はいくら教皇が捕えられているからと言って油断をするべきではないと言う。正直俺もそう思う。
ルネさんは少し考えるような仕草をした後、俺とリアム以外の四人を見回した。
「なら教皇と相対する時だけは僕達三人にしてもらえないか?後ろに隠れているでもいい、何かあればすぐに手を出せる位置にいてもらえると助かるんだけど……」
「……わかった。それで手を打とう」
それ以上の譲歩は無理だろうと悟ったクロヴィス殿下が頷くと、ルネさんはその端正な顔を綻ばせた。クロヴィス殿下の表情が一瞬悲しげに歪んだが、すぐに元の柔らかな表情に戻る。
元とは言え、かつての自分の恋人の笑顔に何か思うところがあったのかもしれない。クロヴィス殿下の拳が白くなるほど握りしめられていることに気が付いたのは、多分俺だけだった。
その後クロヴィス殿下達の話し合いの結果、教皇の元へ向かうのは明日ということになった。今日は色々あって疲れただろうということで解散し、俺は今リアムと共に自分の部屋に帰ってきている。
風呂場で身体を清めた後、俺はぼふんと音を立ててベッドに倒れ込んだ。リアムは今シャワーを浴びているので、この部屋にいるのは俺一人。仰向けの状態で真っ白な天井を眺めながら、俺は今日までのことを考えていた。
村を出て、ここにきて初めて男に抱かれたことやその後の脱走のこと、そしてヒート中に起こったこと。どれが特別だったかなんて、普通を知らない俺にはわからない。けれどあの部屋を出る時にカミーユさんから伝えられたことが頭から離れない。
「……普通は枢機卿には会わない、か」
枢機卿は普段は教皇と共にいるらしく、滅多に会うことはないのだそうだ。確認と称して抱かれることもない。ならばどうしてあの時俺は枢機卿に抱かれたのだろうか。
それに気になる事はもう一つ。
カミーユさん曰く、礼拝の時は聖女は固まって座るのだそうだ。聖女同士の交流もあるだろうが、一番は警護のし易さのために一ヶ所に集められている。けれど俺の場合は、他の聖女から遠く離れた場所で一人座らされていた。顔や髪を見せないのは他の聖女も同じだが、声まで出すなとは言われていなかったようなので、俺はそれだけ何かを隠さなければならなかったのだろうか。
「ラウル?」
思考の波に呑まれかかっていた俺を引き戻したのはリアムの声だった。上半身裸のまま濡れた髪を拭きながら、俺が寝転ぶベッドに腰掛け、顔を覗き込んでくる。
「なにか考え事?」
「……俺のどこが特別なんだろうって」
「俺にとってはラウル全部が特別なんだけどな」
「……そうかよ」
ちゅっと音を立てて額に唇が触れた。恥ずかしげもなくそう言ってのけるリアムから顔を逸らす。顔が熱い。
リアムはくすくすと笑いながら、頭にかけていたタオルを引っ張ってするりと取り払った。ぎしりとベッドが軋む音がする。リアムが乗ったのだろうと思っていると、不意に俺の顔に影が掛かった。上を向くと案の定そこにはリアムの顔。俺と目があった彼はその甘そうな瞳に熱を持たせながら俺をじっと見ている。
「本当だよ。俺にとってラウルは特別な人だ」
「……俺も、リアムが特別だ」
「だから他の奴が言う特別がわからない。俺はラウルが初めてだ。ラウルしか知らない」
これ程までに端正な顔立ちをしているのに、俺とするまでは一切性的な事をしたことがなかったというリアム。初めの頃は嘘だろと思っていたそれも、回を重ねるごとに本当なんだろうなと言う思いに変わっていった。本人には言えないが。
ふと何かを思い出したのかリアムの眉間に皺が寄る。どうかしたのかと聞けば、リアムの顔が近付いてきてぎゅっと抱きしめられた。あまり体重が掛からないように肘をついたりと配慮はされているが、それでも少し重い。彼の頭をぽんぽんと軽く撫でてみると、少しだけリアムの頭が動いた。
「……俺が、もっと早くラウルに会えていたら、聖女のことを知っていれば……ラウルを他の奴に触らせるなんて愚行はしなかった」
「……でも、聖女じゃなかったら会えなかったよ」
「そう、だけど……でも」
「俺はリアムに会えてよかった。……好き勝手された事は正直今でも気持ちが悪いし許せないけど、俺とリアムを会わせてくれたことだけは感謝してる」
これは本心だった。初めは抱かれることも怖かったし、抱かれたことで他の人が怖くなったりもした。だけど、リアムと出会った事で性行為以外の人の温もりを知り、襲われている最中にクロヴィス殿下に助けてもらったことで初めて誰かに助けてもらう事を知った。ルネさんとは違って俺には助けてくれる人が居たから、心が壊れる寸前で踏みとどまれたんだろうと思う。
「……俺も、ラウルと出会えて良かった」
リアムが顔を上げたことで視線がかち合う。俺が口許を緩めると彼も同じように緩め、そうしてどちらからともなく唇を重ねた。
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