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本編
32話
しおりを挟む翌日、俺とリアムは大聖堂の中を歩いていた。
俺が大聖堂の中をあまり見たことがないのだと知ったリアムが、約束の時間まではまだあると言って俺を散歩に誘ってくれたのだ。軟禁状態だった俺を気遣ってか、出来る限り外を歩いていくリアム。俺はそんな彼と手を繋いで歩いている。
穏やかな日差しが差し込み、真っ白な外壁に反射して少し眩しい。足元に溢れる草木は風に揺れ、水溜まりは陽の光が反射してきらきらと輝いている。
「夜中は雨だったのか」
「あの部屋、窓ないからわからないよね」
正確には窓がないのではなくて塞がれているだけなのだが。足元にいくつも出来た水溜まりが昨夜の天気を物語っている。きっと激しい雨だったのだろう。
リアムは俺の手をくいくいと引っ張って俺を呼ぶ。どうかしたのかと振り向くと唇が重なった。歯がカチンと鳴り、二人で少し痛みに震える。
「っ……失敗した」
「……痛い」
口許を押さえながら痛みに耐えていると何だか可笑しくなってきて、俺達は笑った。今までで一番穏やかな時間だった。まるで普通の人になったみたいに手を繋ぎ、歩いて、そうして寄り添い合う。それが例え大聖堂という箱庭であったとしても、今の俺にとってはどうでもいいことだ。
見張りと巡回の騎士達はいるが、白いローブを着ている人間は一人としていない。俺もリアムも今は軽装なのでローブは羽織っておらず、それもまた開放感に繋がっているのかもしれない。
不意にリアムが足を止めて、俺を抱きしめた。何かを確かめるように力を入れたり抜いたりを繰り返しながら、俺を抱きしめている。
「え、何?どうかした?」
「んー……いや、まだ細いなあと思って」
聖女以外の大聖堂内にいた全ての人は今現在牢に入れられている。その為今はクロヴィス殿下が手配した食事係の方々が俺達の食事を作ってくれているのだが、どうしてかまだ俺はほとんど物を食べられずにいるのだ。理由は簡単、味覚が戻っていないから。
それでも一時期に比べれば食べれるようにはなっているので体重は増えてはいるが、元の体型に戻るには今しばらくかかることだろう。
「こうして力を入れて抱き締めたら折れそうだ」
「流石に折れはしないと思うけど……多分」
リアムは俺に味覚がない事を知っている。リアムと食事をする事でほんの少し甘味や塩味を感じることがあることも知っているので、最近では俺と一緒に食事をとってくれることも多かった。なんて幸せなんだろうか。
「……まだ味覚は戻らないのか?」
「うん、でも薬の副作用か心の問題かによって戻るまでの期間が変わるらしいから、気長に待つしかないんだろうなあ」
「ああ……そういえば姉上がそんな風に言っていたか。あの人は医師になりたいのか魔道具師になりたいのかどっちなんだろうな」
「あはは……」
呆れたように言うリアムの言葉に、俺は苦笑する。きっとソフィア皇女殿下は両方なりたいのだと思うが、今それを言うのは憚られ、曖昧に笑うだけにとどめた。
そうこうしているうちに約束の時間が近づいてきたので、一度部屋に戻って身支度を整えることにした。部屋に戻る途中、見覚えのない騎士が一人リアムの元に来て何かを耳打ちしてすぐにどこかに行ったが、何を言ったのかはわからない。けれどその後からリアムの様子が少しおかしい気がした。
俺は服を全て脱いで、礼拝用の服装に腕を通す。いつもは誰かしらが手伝ってくれていたこの着替えも、今は一人でしなければならない。少し手間取りながら着替えていると、背後から腕が回り、後ろへと引き寄せられた。突然のことに驚いて心臓がどくどくと脈打つ中、急に抱き寄せた本人は俺の首筋に顔を埋めて動かない。
「……っ、ちょっと……リアム?」
「すまない……少しこのままで……」
先程よりも幾分か沈んだ声に、少し戸惑う。
早く着替えないと時間に間に合わないかもしれないという焦りはあるが、その前にどうしてリアムがこんなふうになってしまったのかを知らないとという気持ちが俺の動きを止めた。
「なにか、あった?」
平静を装いながらそう問うと、リアムの身体がぴくりと反応した。しかし何も言葉を発しない。
もうすぐ約束の時間が来る。今から走れば何とか間に合いそうだと頭の隅で考えていると、不意に視界が反転した。何が起こっているのかわからず、俺はただ真上にあるリアムを見つめることしかできない。ああ遅刻か、なんてぼんやりと思いながら俯いて見えないリアムの顔の辺りを見つめていると、リアムが顔を上げた。
「……なんて顔、してるんだよ」
リアムは、今にも泣きそうな表情だった。
「リアム?どうし……んっ……ちょ、リア……んむッ」
唇を塞がれて言葉が途切れる。離れたかと思えばすぐにまた唇が降りてきて、俺のそれを塞いだ。
荒々しい口付けに、俺の息は上がっていく。酸素が足りなくて頭がくらくらとし、俺は縋り付くようにリアムの服を掴んだ。
「んっ……ぷはっ!……はあ、はぁっ……なに」
「っ、はぁ……」
唇が離れ、リアムはじっと俺のことを見下ろしている。俺も上がる息を整えながら、同じようにリアムの目を見返した。先程までの穏やかな時間が嘘だったかのように、今は少し空気が重い。
「どうかしたのか?」
そう聞くだけで精一杯だった。手が震えている。いや手だけじゃなくて体全体がぷるぷると震えていた。きっと突然キスなんてされたから、襲われた時のことを思い出してしまったのかもしれない。俺の身体は自分の意思とは関係なく、驚きと恐怖に震えていた。
俺が掴んだ胸元から震えが伝わったのか、リアムがハッとした表情をした後、すまないと謝罪を繰り返しながら悲痛そうに表情を歪めた。俺よりも遥かに痛そうな表情に、僅かに胸が痛む。
「……さっき、耳打ちされたんだ」
絞り出すような声でそう呟いた。耳打ちということは、やはりさっきの騎士から何か言われたのだろうか。見覚えのない騎士、というところに引っ掛かりを感じるが、俺はあえて何も言わずにただじっとリアムを見つめる。
「これから行く牢にはラウルを襲った奴らも多く収容されている。そんなところに行くというのに、俺たち二人とルネさん、そしてクロヴィス兄様の四人だけで行くことになった」
「……え?カミーユさん達は?」
「……皇帝陛下が倒れたらしいんだ。今は兄様達とカミーユさんがついているが、予断を許さない状態らしい」
「……っ!」
皇帝陛下といえばリアム達の父親にあたる方だ。リアムは行かなくてもいいのかと聞けば、ぐっと唇を噛み締めて何かに耐えているような表情に変わった。
そりゃあ行きたいよな。愚問だった。だったら日を改めて牢に行くというのはと提案してみたが、首を横に振られてしまう。リアムの瞳は不安げに揺れていた。
「さっきの騎士は姉上の遣いだったんだ。父が……皇帝陛下が倒れた原因は恐らくは教皇の呪い。それも時間差で発動するものだったようで、昨夜発動したらしい。解呪には……教皇の元へ行くしかないとのことだ」
「そんな……」
「カミーユさんは浄化魔法と治癒魔法でその呪いの進行をどうにか食い止めてくれているようで、手が離せない。アルマン兄様はどうにかして解呪を試みようとしている姉上の手伝いで三人とも動けないのだそうだ」
心を落ち着かせるようにふうと溜息を吐き出したリアムは俺の上から退き、俺の手を引っ張って起こしてくれた。服を整えた後、再びすまないと溢すリアム。
「さっきのキスでラウルに俺の匂いをつけたから、寄ってくる奴はいないと思う。まあ番だから大丈夫だと思うが、念のためだ」
「……うん、ありがとう。リアム、早く皇帝陛下を助けようね」
「……ああ」
貪るようなキスは匂い付けのためだったというが、きっとそれだけではなかったのだろう。そうでなければあんなふうにがっつくようなキスをリアムがするわけがないのだから。
俺はリアムの手をぎゅっと握りしめた。
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