男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

37話

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 相変わらず氷剣を喉元に突きつけられたまま、膠着状態が続く。クロヴィス殿下がルネさんに何がしたいのかと問うと、彼は教皇をこの場で処刑しろと言った。
 この帝国では斬首や毒等による処刑方法は固く禁じられており、罪人を処刑する方法は餓死しか存在しない。それを彼も分かっているだろうに、それでも尚クロヴィス殿下達に早く教皇を殺せと言う。

「早くしろ。こいつがどうなっても良いのか?」
「ルネ、落ち着け……この帝国の法では、今すぐに殺すことは出来ないんだ」
「ならばこの聖女が死ぬだけだ」
「……っ」

 いや、どうせ教皇の後に俺諸共イザベルを殺す気だろう。しかし首に氷剣を当てられている状況ではその言葉は飲み込むしかない。

 ぐっとさらに首に食い込む氷剣にクロヴィス殿下は観念したように分かったと言って、案内役のアレクに鍵を開けるように言った。アレクは戸惑いながらも、第一皇子である彼の言うことに従う。カチャカチャと鍵を開ける音が響いた後全ての鍵が取り払われ、口の中でもごもごと呪文のようなものを唱え始めた。
 俺の背後から眩しいほどの白い光が溢れ、収まった頃にはカチンと何かが外れるような音が聞こえた。

「ひ、開き、ました」

 ルネさんは俺に切先を突き付けたままゆっくりと立ち上がり、じりじりと牢屋の入り口に向かって後ずさって行く。

『……悪役かよ』

 そんな呆れが混じった呟きに、俺は激しく同意した。
 今のルネさんの行動は誰がどう見ても悪役のそれだ。本当の元凶はこの鉄格子の中だというのに、今この場での悪役は恐らくルネさんである。

 ルネさんは俺を連れたまま鉄格子の中に入り、俯き座る教皇の頭を恨みのこもった目で見下ろした。

「お前が……お前が私を……!ずっとお前を殺したかった!お前が、お前がいたから私はっ!」
「……くっ」

 そう言って氷剣を離したルネさんは俺を突き飛ばし、教皇の脳天に向かって切先を真っ直ぐに振り翳す。カキンッという甲高い音と共に弾かれる氷剣。すぐに体勢を立て直して、尚も振り翳し続けるルネさんの攻撃は一つも通らない。

 そんな中教皇は一切動かなかった。未だ聖女が人間だったという当たり前のことに衝撃を受けたままなのだろう。じっと手を見ている様子は少し不気味だが。

 一方突き飛ばされた俺は強固な鉄格子に背中を打ちつけ、痛みでその場に蹲っていた。ガシャンッと音を立てて開いた出入り口が閉まり、カチリと嫌な音が耳に届く。慌てて鉄格子を掴んで前後に動かすが、扉は開かない。後ろを振り返ればまだルネさんは動かない教皇目掛けて氷剣を振るっているが、いつこちらに標的を変えるかわからないため油断はできない。

「リアム」
「っ、ああ、わかってる。今鍵を……開いたっ!」

 リアムはアレクと同じように鍵穴に魔力を込めて解錠した。俺は鉄格子の扉を内側に引いて外に出ようとするが、それより先にルネさんがこちらに気がつく。

「イザベル!お前から先に……っ!」

 再び迫り来る氷剣。俺の命が同じ聖女から狙われるというこのよくわからない混沌とした状況に頭が痛くなる。残り少ない水属性の魔力で防御壁を作り、氷剣を防いだ。

 くらりと視界が揺れる。
 カチカチと歯がなり、身体が震える。

 これは魔力が枯渇する寸前の症状だ。ただでさえ残り少なかった水属性の魔力をギリギリまで使って魔法を使ったのだから当たり前だろう。それでも氷剣を防ぐ事はできたので、ズルズルと鉄格子を背に座り込みながらほっと息を吐く。

「くそっ……なんで、どうして!私はお前の魔力を受け継いだからと言ってどうしてあんな目に遭わなければいけなかったんだ!ずっと、ずっとずっと……っ!」

 ルネさん――いや、ルネさんの中のイザベルの魔力残滓がそう訴えている。悲痛な叫びに心が軋むが、それらは全て過去のことで俺達にはどうしようもない事なのだ。

 ふと教皇が顔を上げた。
 ルネさんもリアムも気が付かず、ただ俺だけが教皇の異変に気がついていた。教皇は僅かに口角を上げて、自身の周りに張っていた防御壁を取り払う。何の音も立てずにすうっと消える薄い膜に、やはり誰も気づかない。

 教皇が音もなくふらりと立ち上がり、一歩踏み出したと思った時には目の前にいた。

「……え……?」

 ルネさんやリアム達もやっと教皇に気付いたようだが、それよりも早く教皇の腕が俺の首を掴んだ。再び鉄格子に叩きつけられ、息が詰まる。

 魔力枯渇を起こしている体は酷く重く、あまり力が入らない。酸素を求めて口を開けば、飲み込めなかった唾液がダラダラと口端から溢れて教皇の手を汚していく。

「う、く……っ、ぁ……」
「……どうせ死ぬのならば、今度こそイザベルが転生できぬよう道連れにしなければな」

(……何でそうなるんだよ!!)

 さっきまで憑き物が落ちたような顔をしていただろうが!と叫びたいが、首が閉まって声が出ない。自分が死ぬというショックのあまり自我を無くしてしまったのか、俺を見る教皇の目には光が――。

 そこではたと気づいた。
 もしかして、どうせ死ぬのならば教皇は愛するルロワの手――正確にはルロワの生まれ変わりだろうリアムの手――で死にたいと思っているのではないかと。俺を殺そうとすれば必ずリアムは教皇を襲うだろうと計算してしているのではないかと、そう思った瞬間、俺の頭は怒りで沸騰した。

 今残っている力を全て手に込め、歯を食いしばり、俺の首を絞めている教皇の手を掴んだ。リアムに例え教皇とはいえ人殺しをさせたくない、それも俺が原因だなんて死んでもさせたくない。

「くっ……う、っ」

 教皇が驚いた表情で俺を見ている。俺はそれに構わず、手にありったけの魔力を込めていく。聖女はその特性上、聖魔法であれば魔力譲渡が出来るのだが、初めての事であまり上手くいかない。息が苦しい。
 目が霞んで力が抜けそうになった時、俺の身体を支えるように温かな何かが俺を包み込んだ。

『私も手伝おう。私の魔力残滓を送るようなイメージでやってみて』

 こう、かな?とイザベルの温かな魔力を、教皇の元へ腕を伝って移動させるイメージで送り込んでいく。俺の中からイザベルの魔力残滓が消えていくのと同時に、教皇の表情に焦りが見え始めた。

 俺がイザベルの魔力残滓を送るイメージをしているからか、近くにいたルネさんからも魔力残滓が抜けていくのが横目で見える。魔力残滓によって操られていたとも捉えられるルネさんは、イザベルの魔力が全て抜け切るとまるで抜け殻のように力なく床に倒れ込んだ。

「ラウルっ!」

 リアムの悲鳴のような声が聞こえるが、今の俺から彼の姿は見えない。首を絞めていた教皇の腕は徐々に外れていき、魔力残滓を全て流し切った頃には解放されていた。

「ごほっ、ごほっ……けほっ」
「大丈夫か?ラウル」

 突然広くなった気道に一気に酸素が流れ込み、思わず咳き込む。慌てて駆けつけたリアムが背中を摩ってくれ、何とか落ち着きを取り戻した俺は、目の前で手のひらを見ながら再び固まる教皇を見上げた。

「あ……あ……魔力が……魔力が……!」

 恐慌状態に陥ったのか、頭を抱えながらその場に蹲った教皇は、悲鳴のような譫言を呟いている。教皇の中の聖女達の魔力が暴れているようで、教皇の周りは薄い靄のようなもので覆われていた。

 教皇の身体がむくり、むくりと少しずつ膨らんでいくのにいち早く気がついたリアムが俺を抱えて鉄格子から飛び出し、部屋の中にいた全員に外へ出ろと叫ぶ。そんなリアムの声に、弾かれたように動き出すクロヴィス殿下達。

 リアムに抱えられながら俺が後ろを振り向くと、そこにいたのは膨らみながらも急激に老いていく教皇の姿だった。視線を逸らしたいのに逸らせない。魔力を必死に掻き集めるように空に手を伸ばす教皇を見ながら俺は、ただただ哀れだと思った。
 
 そしてあと一歩、リアムの身体が扉から出て俺もあと少しで出れるという時だった。

「……あ……」

 ――じゃあな、ラウル。

 部屋の真ん中、教皇の隣にいた人物はそう言って笑った。

 
 
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