39 / 63
本編
38話
しおりを挟む目が覚めると、そこは知らない天井だった。
大聖堂内の自分の部屋とは違う、きらきらと眩しい派手な装飾が施された天井に目をぱちくりさせていると、すぐ側で声がした。
「ん……?ラウル……?」
「……、……?」
リアム、そう口に出したいのに声が出ない。意味がわからず僅かに首を傾げると、リアムがどこからともなく取り出したベルをチリリンと鳴らした。するとコンコンと扉が叩かれ、リアムがどうぞと返事をした後すぐに誰かが部屋に入ってきた。
「水の入った吸飲みと布、それから水の入った金盥を」
「かしこまりました」
リアムがそう言うと、入ってきた女性は返事をしてから部屋を出ていき、すぐにまた戻ってきた。早いなと思いながら視線をそちらに向けると、彼女はベッド脇のテーブルに水の入った金盥を置いたところで、目が合うとふんわりと微笑まれた。
俺の背中にリアムが腕を入れて起こしてくれ、女性が持ってきてくれた水の入った吸飲みの飲み口の先端を、乾いた唇に差し込む。僅かに傾けると吸飲み内の水が口の中に入り、砂漠に水を与えるがの如く乾いた口内は水をすぐに吸い上げていった。何回かに分けて少量ずつ与えられる水分に、俺は必死に喉を動かして嚥下を繰り返す。そうして漸く喉が潤った頃、吸飲みは口から離れていった。
「ここ……どこ?」
「ここは城にある俺の部屋だ」
城にあるリアムの部屋……?あれ、俺達監獄にいたんじゃ……?
そう首を傾げた俺にリアムは眦を下げながら、あの日から既に十日が経過していることを教えてくれた。なんと俺は十日間もこうして眠っていたらしい。成程、それでこんなにも喉はカラカラで、体も思うように動かないのかと一人納得する。
リアムが金盥に触れながら言葉を紡ぐと、沸々と水泡が金盥の底から湧き上がり、うっすらとした湯気が上がる。温度確認の為か指の先を水面につけたリアムは、金盥の横に置かれていたタオルを中に入れた。お湯をたっぷりと含んだタオルを金盥の上で硬く絞り、ふうと息を吐く。
「汗もかいているようだし、まずは体を拭こうか。服は自分で……脱げなさそうだな」
「……ごめん」
「寧ろ役得だから謝らなくてもいい」
「……へ?」
そう言って俺の服をするり、するりと手早く脱がせていくリアム。顕になった肌に湿った温かなタオルが当てられ、ほうと息が出る。強くもなく弱くもない絶妙な力加減で肌を撫でていくその感覚に、緊張がほぐれていくのがわかった。
まるで壊れ物を扱うような手つきは、自分がいかに大事にされているかを直に感じられて胸が高鳴る。俺はリアムを好きになれた事を、今更ながらに嬉しく思った。
「これでよし、っと。拭き足りないところはないか?」
「ん、大丈夫。ありがと」
身体が拭き終わり、替えの新しい服を着ると少し気分がすっきりとしていた。
リアムの胸に凭れ掛かりながら改めて室内を見回すと一平民である俺がいていいのかと不安になるほど、一目で高級品とわかる煌びやかな家具がいくつも置かれていた。机もテーブルもベッドもシンプルではあるが、お城のリアムの部屋だと思うとその全てがきらきらと輝いているように見える。
俺が気を失った後どうなったのか、それが知りたくてリアムを見上げる。すると何を思ったのか、リアムはそんな俺の額や瞼に唇を落として、くすりと笑った。
「……そんな可愛い顔で見ないでくれ。うっかり襲ってしまいそうになる」
甘く蕩けたミルキーブロンドの瞳を優しげに細めながら、俺の髪を優しく丁寧にすいてくれる。その心地よさに思わず目を閉じると、唇が重なった。啄むように、何度も角度を変えていく。
リアムの舌がつんつんと唇を突き、口内への侵入を試みようとした時、俺は彼の胸をとんとんと叩いた。リアムは不思議そうな表情で唇をひと舐めして離れていく。
「んっ……」
「どうかしたのか?」
「教皇は、どうなった……?」
「ん?……ああ、あいつは死んだよ」
何となくそうだろうなとは思っていた。部屋を出る直前に見た教皇は急速に老いていき、歪なほどに体を膨れ上がらせた姿だった。あれで生きているとは到底思えなかったが、リアムの口から結果を聞くまではどこか半信半疑ではあったのだ。
リアムの話によれば、あの後確認すると牢内は一面血の海だったそうだ。赤く染まった血溜まりの中に僅かに肉片が落ちているくらいで、教皇の形はほとんど残っていなかったという。咽せ返るような鉄の匂いの中、辛うじて教皇のものと思われるローブの一部を発見したそうだが、それ以外はもう形が残っていなかったようだ。
俺はただ一言、そうかと呟いた。
イザベルの言った通り、聖女達の恨みの籠った魔力が教皇の内部で膨れ上がって内部で爆発を起こしたのだろう。きっとその止めを指したのは俺だった、と思う。イザベルの魔力残滓を教皇の中に入れたのは紛れもなく俺だった。
「ラウルが気に病む必要はない、今までの行いが一気に返ってきただけだ。自業自得、因果応報、いくらでも言いようはあるが……まあ、全ての行いはいずれ自分に返るということだ」
「うん……そう、だね」
リアムは俺の頭を自分の胸に引き寄せて、教皇の死は俺のせいじゃないと何度も呟きながら、優しく包み込むように抱きしめてくれた。俺は静かにこくりと頷き、こてんとリアムの胸に頭を預ける。
とくとくと規則正しくなる彼の心臓の鼓動も、頭を優しく撫でてくれる手も、俺に言い聞かせてくれる声もリアムの全部が心地いい。思わず瞼を閉じて眠ってしまいそうになるが、俺は必死に眠気と闘いながらリアムを見上げた。
「ルネさんは……どうなった?」
ルネさん、という言葉にぴくりと眉が動く。みるみるうちにその表情は険しくなっていき、俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。まさか、と思いながらリアムの言葉を待つ。
「あの人は……」
リアムの硬い声音に嫌な想像が浮かび、ごくりと喉が鳴る。さっき潤ったはずなのにもう口の中はからからに乾いていた。
「あの人は、ずっと眠り続けている。この先もずっと、目覚めることはほぼないとのことだ」
「なっ……え、なんで?」
どうやら俺達が話していた方の人格は、イザベルの魔力残滓によって作られたものだったらしい。その力の核とも言えるイザベルの魔力残滓が消えたことにより、その人格も一緒に消えてしまった。彼の体に残ったのは、心が壊れてしまった元々のルネさんの人格のみ。
医師の話によれば、心が完全に壊れてしまっているため、もし奇跡的に目が覚めたとしても何も出来ない廃人だろうという事だった。
俺は、何も言葉が出なかった。
頭の中で会話する俺とは違って、イザベル?の人格が表に出て来た時点で本当は気付くべきだったのだろう。例え、回避することが出来なかったとしても。
表情を暗くする俺にリアムは、でも、と声の調子を上げながら続けた。
「でも、兄様がずっとついてる。だから大丈夫だ」
何の根拠もないけどと付け足した彼の表情は、付け足された言葉とは裏腹に明るかった。
22
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる