男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

38話

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 目が覚めると、そこは知らない天井だった。
 大聖堂内の自分の部屋とは違う、きらきらと眩しい派手な装飾が施された天井に目をぱちくりさせていると、すぐ側で声がした。

「ん……?ラウル……?」
「……、……?」

 リアム、そう口に出したいのに声が出ない。意味がわからず僅かに首を傾げると、リアムがどこからともなく取り出したベルをチリリンと鳴らした。するとコンコンと扉が叩かれ、リアムがどうぞと返事をした後すぐに誰かが部屋に入ってきた。

「水の入った吸飲みと布、それから水の入った金盥かなだらいを」
「かしこまりました」

 リアムがそう言うと、入ってきた女性は返事をしてから部屋を出ていき、すぐにまた戻ってきた。早いなと思いながら視線をそちらに向けると、彼女はベッド脇のテーブルに水の入った金盥を置いたところで、目が合うとふんわりと微笑まれた。

 俺の背中にリアムが腕を入れて起こしてくれ、女性が持ってきてくれた水の入った吸飲みの飲み口の先端を、乾いた唇に差し込む。僅かに傾けると吸飲み内の水が口の中に入り、砂漠に水を与えるがの如く乾いた口内は水をすぐに吸い上げていった。何回かに分けて少量ずつ与えられる水分に、俺は必死に喉を動かして嚥下を繰り返す。そうして漸く喉が潤った頃、吸飲みは口から離れていった。

「ここ……どこ?」
「ここは城にある俺の部屋だ」

 城にあるリアムの部屋……?あれ、俺達監獄にいたんじゃ……?

 そう首を傾げた俺にリアムは眦を下げながら、あの日から既に十日が経過していることを教えてくれた。なんと俺は十日間もこうして眠っていたらしい。成程、それでこんなにも喉はカラカラで、体も思うように動かないのかと一人納得する。

 リアムが金盥に触れながら言葉を紡ぐと、沸々と水泡が金盥の底から湧き上がり、うっすらとした湯気が上がる。温度確認の為か指の先を水面につけたリアムは、金盥の横に置かれていたタオルを中に入れた。お湯をたっぷりと含んだタオルを金盥の上で硬く絞り、ふうと息を吐く。

「汗もかいているようだし、まずは体を拭こうか。服は自分で……脱げなさそうだな」
「……ごめん」
「寧ろ役得だから謝らなくてもいい」
「……へ?」

 そう言って俺の服をするり、するりと手早く脱がせていくリアム。顕になった肌に湿った温かなタオルが当てられ、ほうと息が出る。強くもなく弱くもない絶妙な力加減で肌を撫でていくその感覚に、緊張がほぐれていくのがわかった。

 まるで壊れ物を扱うような手つきは、自分がいかに大事にされているかを直に感じられて胸が高鳴る。俺はリアムを好きになれた事を、今更ながらに嬉しく思った。

「これでよし、っと。拭き足りないところはないか?」
「ん、大丈夫。ありがと」

 身体が拭き終わり、替えの新しい服を着ると少し気分がすっきりとしていた。
 
 リアムの胸に凭れ掛かりながら改めて室内を見回すと一平民である俺がいていいのかと不安になるほど、一目で高級品とわかる煌びやかな家具がいくつも置かれていた。机もテーブルもベッドもシンプルではあるが、お城のリアムの部屋だと思うとその全てがきらきらと輝いているように見える。

 俺が気を失った後どうなったのか、それが知りたくてリアムを見上げる。すると何を思ったのか、リアムはそんな俺の額や瞼に唇を落として、くすりと笑った。

「……そんな可愛い顔で見ないでくれ。うっかり襲ってしまいそうになる」

 甘く蕩けたミルキーブロンドの瞳を優しげに細めながら、俺の髪を優しく丁寧にすいてくれる。その心地よさに思わず目を閉じると、唇が重なった。啄むように、何度も角度を変えていく。
 リアムの舌がつんつんと唇を突き、口内への侵入を試みようとした時、俺は彼の胸をとんとんと叩いた。リアムは不思議そうな表情で唇をひと舐めして離れていく。

「んっ……」
「どうかしたのか?」
「教皇は、どうなった……?」
「ん?……ああ、あいつは死んだよ」

 何となくそうだろうなとは思っていた。部屋を出る直前に見た教皇は急速に老いていき、歪なほどに体を膨れ上がらせた姿だった。あれで生きているとは到底思えなかったが、リアムの口から結果を聞くまではどこか半信半疑ではあったのだ。

 リアムの話によれば、あの後確認すると牢内は一面血の海だったそうだ。赤く染まった血溜まりの中に僅かに肉片が落ちているくらいで、教皇の形はほとんど残っていなかったという。咽せ返るような鉄の匂いの中、辛うじて教皇のものと思われるローブの一部を発見したそうだが、それ以外はもう形が残っていなかったようだ。

 俺はただ一言、そうかと呟いた。
 イザベルの言った通り、聖女達の恨みの籠った魔力が教皇の内部で膨れ上がって内部で爆発を起こしたのだろう。きっとその止めを指したのは俺だった、と思う。イザベルの魔力残滓を教皇の中に入れたのは紛れもなく俺だった。

「ラウルが気に病む必要はない、今までの行いが一気に返ってきただけだ。自業自得、因果応報、いくらでも言いようはあるが……まあ、全ての行いはいずれ自分に返るということだ」
「うん……そう、だね」

 リアムは俺の頭を自分の胸に引き寄せて、教皇の死は俺のせいじゃないと何度も呟きながら、優しく包み込むように抱きしめてくれた。俺は静かにこくりと頷き、こてんとリアムの胸に頭を預ける。
 とくとくと規則正しくなる彼の心臓の鼓動も、頭を優しく撫でてくれる手も、俺に言い聞かせてくれる声もリアムの全部が心地いい。思わず瞼を閉じて眠ってしまいそうになるが、俺は必死に眠気と闘いながらリアムを見上げた。

「ルネさんは……どうなった?」

 ルネさん、という言葉にぴくりと眉が動く。みるみるうちにその表情は険しくなっていき、俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。まさか、と思いながらリアムの言葉を待つ。

「あの人は……」

 リアムの硬い声音に嫌な想像が浮かび、ごくりと喉が鳴る。さっき潤ったはずなのにもう口の中はからからに乾いていた。
 
「あの人は、ずっと眠り続けている。この先もずっと、目覚めることはほぼないとのことだ」
「なっ……え、なんで?」

 どうやら俺達が話していた方の人格は、イザベルの魔力残滓によって作られたものだったらしい。その力の核とも言えるイザベルの魔力残滓が消えたことにより、その人格も一緒に消えてしまった。彼の体に残ったのは、心が壊れてしまった元々のルネさんの人格のみ。
 医師の話によれば、心が完全に壊れてしまっているため、もし奇跡的に目が覚めたとしても何も出来ない廃人だろうという事だった。

 俺は、何も言葉が出なかった。
 頭の中で会話する俺とは違って、イザベル?の人格が表に出て来た時点で本当は気付くべきだったのだろう。例え、回避することが出来なかったとしても。

 表情を暗くする俺にリアムは、でも、と声の調子を上げながら続けた。

「でも、兄様がずっとついてる。だから大丈夫だ」

 何の根拠もないけどと付け足した彼の表情は、付け足された言葉とは裏腹に明るかった。

 
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