未来も過去も

もこ

文字の大きさ
上 下
35 / 110
14年前

2

しおりを挟む
「いや、今巌城さんに会ったんだ。」
部屋に上がりながらコウイチに話した。
「巌城?」
パソコンへ向かうコウイチの足が止まった。
「ああ。話もした。間違いない。びっくりしたよ。ここで働いているのかな?」
「そうかもしれないな。」
コウイチはそう言ってまた動き出してパソコンの前に座り、何やら操作を始めた。

コウイチとは、俺とここでおにぎりを食べてから、少し会話が成立するようになった。ちょっぴり親しくなったようで嬉しい。最初の頃は、会話が続かなくて苦労した。「元」の帰りの時だって………。そこで、俺はある事に気づいた。テーブルに向かって歩いていた体をコウイチの方へ向ける。
「あれ?コウイチさん…。あのときさ…。…コウイチさん!!巌城さんと知り合い!?」

「元」でコウイチが一緒に飲んでいたダンディなおじさん。今日と髪型は違ったけど、間違いなく巌城さんだ。

「ああ。…上司だ。」
コウイチが呟いた。画面を見つめたまま、こちらを見ない。なぜに?
「いつから知ってたの?俺が上司の家に行ってるって。」
こちらを見ないコウイチに再度詰め寄ってみる。
「…初めから。」
コウイチの声は、ほとんど聞き取れないぐらい小さくなっていた。オイオイ。浮気のバレた旦那じゃあるまいし。こっち向こうよ。

「教えてくれればいいのに。」
俺がわかりやすく膨れて見せると、コウイチがこちらをちらっとみた。
「余計な事は極力知らない方がいいんだ。研修受けたろ?」
前髪の向こうから横目でこちらを窺っているのが分かる。パソコンを操作する手も止まった。

「そうだけどさ。じゃ俺が知らない事もコウイチさんはいろいろ知ってるわけ?」
テーブルへ向かい、俺の財布を取り上げて中身を確認しながら問いかけた。今日もいつも通り、2万円ほどのお札や硬貨が入っていた。
「ああ。仕事に必要な範囲だけ。俺も全部を知っているわけではない。」
コウイチは立ち上がり、俺の近くまで来た。

「全部を知っているのは誰?」
コウイチを見上げる。この身長差が憎い。
「それはお…、…所長だろう。」
『…それはお?』
何どもってるんだ?なかなか見ないコウイチの姿にクスッと笑いがこみ上げる。

「そっか…。ま、いいや。遅れちゃう。資料ちょうだい。」

そのままにっこり笑って手を差し出した。届けるための荷物を受け取り、携帯で一応届け先を確認する。巌城さん宅には確認しなくとも行けるが、一応。でも、そこで気づいた。
「あれ?行き先は…ここ?どういう事?」

「…行けば分かる。」

ああ、そうかい。…ここにきて、またコウイチが素っ気なくなった。
しおりを挟む

処理中です...