未来も過去も

もこ

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12年前

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次の日、すっかり寝坊した俺は、散々巌城家のみんなに笑われて朝食を摂った。

「いやあ、ここに馴染んでもらってる証拠でしょう。いいですよ。」
巌城さんがにこにこしながら、話していた。
「すみません…。」
…恥ずかしい。誰になんと言われようが仕事で来てるんだ。…今は8時過ぎてる。あり得ないだろ…。やってしまった…。

「それに、夕べは洸が連れ回したんでしょう?洸、お前何時に帰ったんだ?」
「2時には寝たよ!ね?小野寺さん?」
時計がなかったから分からないとは言えずに、
「はあ。」
と曖昧に返事をした。

朝食の後で、巌城さんに荷物を返してもらい、こう君の部屋に服を取りに来た。早く帰らなきゃ。コウイチが待っている。こう君は後から着いてきた。
「もう帰っちゃうんだ。」
こう君が拗ねたような口調になる。
「ねぇ、小野寺さん…どこに帰るの?」
こう君の言葉にドキッとした。まさか未来に帰るとはいえない…。
「ま、また来るから…。」
愛想笑いでごまかすしかなかった。

巌城家総出で見送られ、俺は帰ることにした。
「小野寺さん、またね!」
「受験頑張れよ!」
ギュッとしがみつくこう君に一言激励し、家を後にした。



公園まで走る…。もう9時過ぎてる。コウイチ…いるかな?公園の入り口まで来ると、誰もいない公園の中でひたすらサッカーボールをリフティングしている男がいた。

『コウイチだ…。』
上手い…。サッカーしてたのだろうか…。長身の男がただひたすらにボールを蹴り上げている姿に魅入られていると、少し高く上がったボールが体を離れ、地面に落ちた。ボールを追って、こちらに目を向けたコウイチが珍しく笑顔を見せた。
「お帰り。」

「おはよ。明けましておめでとう!ボール、どうしたの?」
俺も思わず笑顔になり、コウイチに駆け寄った。
「ああ、落ちてた。誰かの忘れ物だろう。…早かったな。」
コウイチがボールを拾って誘導するように近くのベンチに腰掛ける。俺も隣に腰を下ろした。
「うん。あ、これお土産。こう君と初詣に行ってきた。」

出店で買った御守りを渡すと、一瞬動きを止めたコウイチは、ゆっくりと袋を開けておそるおそる御守りを取り出した。ピンクの小さな御守りがコウイチの目の前でゆれ、鈴の音が微かにチリンと鳴った。コウイチは言葉が出てこないようだった。しばらく御守りを見つめていたが、やがて小さく呟いた。

「…ありがとう。」

何となく、似合わないピンク色をからかう雰囲気ではなかった。



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