無添加ラブ

もこ

文字の大きさ
5 / 38

2

しおりを挟む
駅前まで戻って「J」に向かう。ここから僕の働く本屋とは反対方向に歩いたところにそれはある。大通りを歩くより、細い路地を抜けて行った方が近い。僕は迷わず細い路地に入って行った。

ヒュー

『何だかタバコ臭い。』
この辺りに喫煙所あったかな? と思った瞬間に、どこからか口笛が飛んできた。反射的に音がした方を見ると、こちらに早足で歩いてくる男がいた。

「ね、どこで働いているの? それ、男装?」
勝手に僕の肩を引き寄せて一緒に歩きながら話しかけてくる。……男装って……。それにタバコ臭い。こいつ、喫煙所でもないところで吸っていたんだ。

「僕、男だけど?」
「またまたあ。……本当? ま、いいや。どう? 一緒に行かない?」
俺が男だと聞いてびっくりしたようだったけど、すぐさま復活して迫ってきた。

「ごめんね。僕、約束あるから。」
断る時は笑顔で穏やかに……。今までの経験から学んだ知識。……どうだろう?

「……んんん、残念! バッチリ俺の好みだったんだけどな。じゃあ、またね。俺、いつもこの辺りフラついているからさ。」
あっけなく肩を離された。僕が女の子だと思ったんだろう……多分、今の奴はヘテロ……。

『この髪型でも女に間違われるって……。』
男が消えて行った路地を眺めながら、改めて髪を撫でつける。昼間の髪型なら分からなくもない。でも、スーツを着て髪をオールバック風に撫でつけて……。それでも女の子って……。

「はあ……行くか。」
ため息を一つ吐いてまた歩き出す。僕たちゲイには出会いなんて少ない。僕も女装した方がモテるんじゃないか、なんて考えた事もあるけど、女の子になりたいわけじゃない。

『このままの僕を見てくれる人……。僕を好きになってくれる人がいたらいいのに……。』
そんな事を考えながら歩いているうちに、いつの間にか「J」の前に辿り着いていた。

『おっ! やってる。』
ダークブラウンの重厚な扉に刻まれた「J」の文字が、鈍い照明を受けて浮かび上がっている。前に「もっと明るくしたら?」ってマスターに言ったら、「ひっそりとやっていきたいんだ。」って言ってた。ま、口伝えで広がった方が僕もありがたい。ここに集結するのは、大抵がゲイだ。僕と同じ……僕が僕でいられる……。

思いきり力を込めて扉を引くと、チリンと微かな鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ。」
マスターの穏やかな声が聞こえる。そうそう、こうでなくっちゃ。いつものカウンターに行こうとマスターの声の方を見ると、いつもの僕の席に体の大きな男が座っていた。

「おや? ……いい男。」
隣に行って腰を下ろす。ウイスキーの入ったコップを片手で口に持っていった男は、短い髪を立たせた男らしい顔立ちをしていた。切れ長の目……。羨ましい、僕もこんな顔になれたらいいのに。でもその目は虚ろで、どこか物思いに耽っているようだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

処理中です...