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2:誕生日

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『はあっ、はあっ、はあっ……うげっ。』
さっきからトイレの個室を陣取り、水を流してばかりいた。……気持ち悪い。俺にはアルコールは合わないのかもしれない。

吐き気が止まり、ぼうっとする頭を振りながらここを出ようと個室のドアを開ける。手洗い場で手を洗い、冷たい水をかけると幾分スッキリしてきた。手に水を汲んで口の周りを洗う……。

『はああっ、ギブアップだ。……帰ろ。』
これ以上飲んで、いいことがあるとは思えない。駅前に行って、バスに乗って……。ズボンのポケットを探る。……大丈夫。財布とスマホは入っていた。下駄箱の石楠花のキーも入ってる。俺は、誰にも言わずに、居酒屋を後にした。

「はあーっ、やっと座れる……。」
駅前にベンチを見つけて腰を降ろした。ふらつく足でここまでよくたどり着いた。自分を褒めたい。途中転んで強く打った膝が痛い……。もう少し……痛みが引くまでもう少し……。俺はベンチに座ったまま、いつのまにか眠り込んでいた。



…………………

「田崎さん! 何を飲んでるんですか!?」
田崎さんがいるっ! 誕生日を祝ってくれてた仲間の元を離れてトイレに向かうと、カウンターで田崎さんが一人でお酒を飲んでいた。短いコップの中に大きな氷と琥珀色の液体……あれはウイスキーかな?

「望、誕生日おめでとう。何を飲む?」
「奢ってくれるんですか? ラッキー!」
俺の誕生日を覚えていてくれた! それだけでも嬉しい。俺は迷わず田崎さんの隣に座った。

「カルピス酎ハイ1つ!」
あっという間に店員さんが持ってきたカルピス酎ハイのコップを持ち上げる。
「田崎さん! 乾杯っ!」
「ああ、乾杯。」
田崎さんが俺のコップに自分のをつけてきた。カチン、と軽い音がした。……長い指。それに俺より太くてしっかりしている。俺より、遥かにデカそうだ……。

グイッと飲むと、アルコールが入っていると思えないほど美味しかった。これじゃあ、ただのジュースだ。いくらでも飲める。……俺はゴクゴク飲んで、グラスを全部空にした。

「カルピス酎ハイおかわりっ!」
「カルピス……。」
ちょうど通りかかった店員さんにまたカルピス酎ハイを頼むと、隣から田崎さんの呟きが聞こえた。田崎さんを見ると渋い顔。この前のカフェの時と同じだ。俺は何だかフワフワしていた。

「望?」
「はい?」
俺は田崎さんの顔を見た。田崎さんは何だか真剣な表情をしていた。……何だかドキドキしてくる。酔ったかな?

「望……彼女いるのか?」
「お、俺ですか?」
田崎さん、な、何が言いたいんですか? ……そんなに真剣な表情をしないでほしい……。そんなに見つめられると……俺……。最後に体育館のステージで見た高校2年の時の駿也の顔と田崎さんの顔が重なっていた。

…………………




「望? ……どうした?」
耳元で田崎さんの声がする……いや、駿也か……。ま、どっちでもいいや。俺が大好きな……そう、大好きな田崎さんの声……。




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