上 下
10 / 104
教育実習一週目

6

しおりを挟む
「ちょっと! 何考えてるんだよっ!」
 ボタンを閉めずにシャツを羽織り、腰にバスタオルを巻いた状態で、見える部分の肌を全て真っ赤にしたリョウが文句を言ってきた。

「何が?」
 トモは平然としている。上目遣いにちょっとだけ視線をリョウに向けたけど、すぐに餃子に戻っていった。

「ユウ! ……風呂に入ってきたっ!」
 リョウがリビングをウロウロと歩き回っていた。顔も真っ赤だ。白い肌だからか湯上がりだからかわからないけど、全身が赤い。腹には細いながらも薄く筋肉が付いているのが分かって羨ましくなった。僕もあのぐらいの筋肉は欲しい。

「今までもあったろ? ほら、もうすぐ飯だ。着替えてこい、裸だぞ。」
「馬鹿っ! あるはずないからっ!」
 大声で怒鳴ってリビングのドアをバタンと閉め、リョウが出て行った。ドスドスという足音から相当怒っているのが分かる。すぐに奥の和室の戸が開いて、バンと閉まる音がした。

『リョウさんの部屋は一階だったのか。』
 確かあそこは北村さんの部屋だったはず。この家の唯一の和室だ。見たことはないけど、畳にベッドの跡がついたと話していたのを聞いたことがある。

 その北村さんは1週間前には引っ越した? ベッドも運んで? 全然気づかなかった。平日だったんだろうか。でも、北村さんも会社勤めだし……。

 僕は、今までシェアしてきた人たちのことを一切知ろうとしていなかったことに今更ながら驚いていた。お互いに干渉し合わない約束で、それを忠実に守ってきた。掃除なんかは当番を決めていたけど。

『でも、こうやって夕飯を一緒に食べるっていうのもいいな。』
 ヒダを作りながら右を見ると、トモがキムチとチーズを取り出して餃子の皮に包んでいた。いつの間にかあれほどあった餃子の餡がなくなっていた。皮もあと2枚。

「味噌汁に火を入れて。」
 僕が包んだ餃子を受け取って、トモがこちらを見てきた。キッチンで簡単な料理はしたことがあるんだ。コンロに火をつけるぐらいどうっていうことはない。

 シンクで手を洗って、鍋を確認する。具沢山の……鮭汁?
「うわっ! 美味しそう!」
 早く食べたい。後ろの戸棚を開けて、今朝も使ったご飯茶碗とお椀を見つけて、ちゃんと4人分取り出した。

 ご飯を分けて、餃子用の取り皿、箸と準備している間に、トモはホットプレートに餃子を並べていた。大きなホットプレートにきちんと並んだ餃子は圧巻だ。並べ終わるとすぐに戻ってきて味噌汁をわけ始めた。

「2人に声をかけて来てくれるか?」
 何だかトモが優しくなった気がする。昨日の印象とは全然違う。昨日は……物静かで、怖いぐらいで。今朝も一言だったし。

「はい!」
 何だか嬉しくなって元気に返事をし、廊下に向かった。

「ご飯です!」
 廊下から大声で呼びかけると、洗面所の扉の裏から「はーーい。」とユウの声がした。奥の和室の部屋からは声は聞こえなかったけど、動き回る音がする。ま、大丈夫だろ。僕は声が届いたと判断してキッチンに戻ることにした。
 

しおりを挟む

処理中です...