もこ

文字の大きさ
13 / 65
居酒屋

1

しおりを挟む
 目の前に置かれたビール。サーバーから注いだばかりの泡立つビールが6つ。これを普段は一度に運べるというんだから驚きだ。

「優樹、お前は両手に一つずつ。俺の後ろについて来い。」
 米田さんが取っ手を2つ一緒に、それぞれの手で持ち上げながら歩き出した。俺も慌ててビールを持って続く。ビールの泡が消えないうちに客のテーブルに届ける。少しだけ急ぎ足だ。

「お待たせしました!」
 米田さんの威勢の声が響く。焦茶色の作務衣が似合う。俺も同じものを着ているはずなのに、どうしてこんなに印象が変わるんだろう?

「お待たせしました。」
「おおーー! 待ってた待ってた。」
 米田さんが脇に退いたのを見て前に進む。会社帰りのサラリーマンと思われる男6人の中で、1番歳を取っていそうな禿げたおじさんが大声を上げた。

「どうぞ……ごゆっくり、どうぞ。」

 米田さんの持ってきたビールは奥の方からもう配られてる。俺はテーブルの手前の端に置くだけにした。声が小さくなる。おじさんたちは苦手なんだって。遠慮ない物言い。下卑た笑い……。まぁ、女の子も苦手なんだけど。

「1日目にしてはよく頑張ってるよ。それにその眼鏡、視力悪かったっけ?」

 席を離れて、カウンターへと戻る。隣を歩く米田さんに話しかけられた。僕は作務衣の中に白のTシャツを着ている。中に着るのは白か黒だと聞かされていた。でも、米田さんは何も着ていないらしい。たまに襟の合わせ目から覗く肌にドギマギしている自分がいた。

「ええ、少しだけ。でも恥ずかしいからという気持ちが大きいです。……変装用。」
「ははっ! 優樹らしいや。」
 米田さんの手が眼鏡を掠めるようにして頬に触れた。触れられたところから、全身が泡立つように感じる。


 米田さんに言ったことは半分が本当。もう半分は、愼との約束があるからだ。バイトの最中にスマホは持たないし、ましてイヤフォンをするわけにはいかない。

『優樹様の身に、何が起こるか把握しておきたいのです。映像だけですが、緊急事態には備えておきたい。もちろん的確に判断するつもりです。』

 愼にああ言われちゃ、従うしかないじゃないか。昨日宅配で届いた黒縁の眼鏡を見た時には、ダサいと思ったけど、かけてみれば意外と似合った。

 どんな顔にもフィットするように作られているようで、柄が両耳の上で優しく押さえ込み、痛くもない。これをつけているだけで愼には見えているらしい。どんな仕組みなのかは分からないけど。

『とても良くお似合いです。デザインを指定した甲斐がありました。』
「愼セレクトかよっ! 俺にも選ばせてくれれば良かったのに。」

 文句は言ったけど、これはこれで満足。バイトも米田さんと一緒なら、何とかなりそうだ。


「今日は余裕があるからな。空いてる時間は、さっき渡した紙で酒の種類、頑張って覚えろよ?」
「はいっ。」

 隣を歩く米田さんの声に我に返る。今日は3時間だけのバイト。残り半分。まだまだやれそうな気持ちになって、少し大きな声を出すことができた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...