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僕は君の趣味じゃないし、君は僕の趣味じゃない

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「ほら、美味いだろ?」
「ええ。美味しいです。……何だかすみません。」

 なめこが口に入ったところで話しかけられ、熱々のものが1つ喉を通っていった。といっても本当にこの味噌汁は美味しい。丼に並々と入った味噌汁は、男料理というところか。いや、嶺さんが雑なだけだ。

 でも嶺さんは思ったより親切だった。洗面所に案内されて顔を洗っている間に、タオルと新品の歯ブラシを渡してくれた。ありがたい。歯磨き粉を取るときにチラリと見えた、鏡の後ろの収納棚には、歯ブラシが2つ並んでいた。

『彼女は……いないって言ってたよな。』

 セフレ? それとも2本使っているのか? 朝と夜で使い分け? 聞いてみたいような気もしたけど、止めることにした。一晩世話になったというのに厚かまし過ぎる。自分が使った歯ブラシと歯磨き粉を並べて洗面台に置き、リビングルームへと向かった。

「味噌汁って、超簡単料理なんだ。このなめこは缶詰だし豆腐は常備してある。出汁は適当だけどな。」
「毎日、作っているんですか?」

 熱い豆腐に息を吹きかけながら聞いてみる。嶺さんは熱いのが平気なようで、どんどん食べ進めていた。

「ああ、できる時には。渡良瀬は?」

 いきなり振られて戸惑う。自分はほとんど惣菜かレトルトで済ませちゃうけど、作ってるっていう? いや、ここは正直に。

「あまり。」
「そんなことだろうと思った。味噌汁なんて久しぶりだろ? もっとあるからな。遠慮するなよ?」

 いや、この丼いっぱいだけで十分。僕は少しだけ温くなった味噌汁を頑張って食べ進めようと、また箸を動かし始めた。

「今朝さ……。」

 テーブルの向こう側から声をかけられて目を上げる。嶺さんは既に食べ終えて、丼の上に箸を置いたところだった。

「渡良瀬くんの寝顔を見てたら、昔のことを思い出した。」
「……昔?」

 僕も口の中の豆腐となめこを飲み込んで話を繋げる。

「小学校の頃、5年だったかな、6年だったかな? その頃に一時期仲良くしてた小さな女の子がいたんだよね。」
「女の子。」
「そう。渡良瀬くんと同じ左目の下のところに小さな黒子があってさ。」

 黒子。確かに僕の左目の下には黒子がある。高校の時大きく膨らんだ黒子を親が気にして、病院で取ってもらったやつ。レーザーで綺麗に取ってもらったはずなのに、2年前ぐらい前にまた黒子ができた。

「可愛かったんだよ。よく花を摘んだり追いかけっこしたりして遊んだんだ。」
「付き合ってたんですか?」

 僕の何気ない一言で、嶺さんがプッと吹き出した。

「あはははっ! 小さなって言ったろ? その子は幼稚園生だったんだ。それに俺も小学生だ。付き合うって、どうやって……!」

 嶺さんの言葉に顔が熱くなるのを感じた。小さいって背の高さかもしれないじゃん。紛らわしい言い方をするからだ! 

 でもそんな言葉を浴びせる勇気もなく、また丼を持ち上げて、中の沈んでいるなめこを探した。

 

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