暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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僕は君の初恋の人? 君は憧れのお兄さん?

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「おーーい。渡良瀬っ!」

 慣れない声が背後から聞こえてきて振り向いた。駅の改札口から出てきたのは、嶺さんだった。

「あ、おはようございます。早いですね。」

 隣に来た嶺さんと並んで歩く。嶺さんはやはり縦筋が綺麗についたスラックスを履いている。紺色は珍しい。でも今日は僕のグレーのスラックスも糊が効いたようにピシッと見えるはず。

 並ぶとやはり一回り、いや二回りぐらい体格が違う。僕もこのぐらい大きく育っていれば人生が変わっただろうか。

「おはよ。俺は最近この時間だな。渡良瀬君はいつも彼女と通勤? 最近よく見かけてるよ? 今日は早いな。」
「あ、いや、そうではなくて。」

 雨降りの予報で持ってきていた傘を持ち替える。雲は厚いけど、空はまだ降るか降らないか決めかねているようだった。

 なかなか眠れない夜を過ごして、今朝もいつもより早く目覚めてしまった。起きた瞬間に決めたんだ。今日は早い電車で行こうと。

 卑怯なのは分かっている。でも曖昧な気持ちのままで、齋藤さんといつものように顔を合わせたくなかった。彼女に期待されるのも嫌だったし、金井や渡辺に探られるのも嫌だった。1人で考えをまとめたかったんだ。

「総務の齋藤君だろ? 君に夢中になってるって聞いた。」
「えっ? そうなんですか?」

 あははは、と笑い声を上げながら嶺さんが教えてくれた。齋藤さんは結構前から、僕に気があることを周りに言っていたらしい。特に女子の間では有名だったとか。

「あーー、そうなんですね。」

 テンションが下がり、声が小さくなっていった。今日は会社に行きたくない。とは言っても、嶺さんに会ってこうやって一緒に歩いている手前、休みの電話を入れるわけにもいかない。

「お、雨降ってきた。渡良瀬、傘に入れて。」

 急に大粒の雨が降り出して地面を濡らし始めた。嶺さんの声で傘を開く。上に持ち上げた途端に、嶺さんの左手が僕の右手に触れた。

「俺が持つよ。」

 僕の手からサッと傘の柄を掴んで持ち上げる。嶺さんが傘を持つことが都合がいいのは分かるけど……。嶺さんの手は温かかった。触れた部分が妙に熱いような気がして、どうしたらいいか分からずに戸惑った。

「もっとこっちに寄って。鞄は? 濡れるぞ。」

 嶺さんの腕が僕の肩を引き寄せる。そりゃあ、大きめの傘だとはいっても2人分じゃないし。少々濡れるのは覚悟の上だ。そこで僕は嶺さんがブリーフケースを持っていないことに気づいた。

「嶺さん、バッグ小さいですね。」

 僕でさえ、就職した時に真っ先にブリーフケースを買ったんだ。ちょっと高かったけど、思い切って本革の気に入ったものを選んだ。

「営業に持って行く用は会社に置いてある。家に持ち帰りたくもないしな。必要最低限でいいだろ?」

 こっちを向いて笑った顔は妙に眩しかった。

 
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