暗闇を超えてきた君が僕を離してくれない

もこ

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僕は君の初恋の人? 君は憧れのお兄さん?

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「そうそう。そして、俺に砂に掘ったトンネルや何かを見せてくるんだ。手を引っ張ってさあ。積極的だよな。」

「幼児にそんなこと言っても。」
 窓の外にぼんやりと目をやり、思い出に耽っている嶺さんに笑みが溢れる。こうやって間近で見ると、薄っすらと無精髭が生えてきているのが分かる。それでもこんなに整って見えるのだから、神様は不公平だ。僕にはあまり生えないというのに。

「いや、女の子って精神年齢高いからさ、幼稚園でも結構お姉ちゃんって雰囲気じゃなかった?」

「そうですね。」
 ちょうど通りかかった店員に僕から2杯目のビールを頼む。嶺さんも慌てて自分のものを飲み干し、3杯目を一緒に頼んだ。

「その子は違かったんだ。素直で、笑顔で、可愛くて……。」

「ベタ惚れじゃないですか。」
 チャーシューに手をつける。1㎝は厚みがありそうなチャーシューに、白髪ねぎを乗せて一緒に齧り付く。ラー油も醤油も垂らしていないけど、味の濃いチャーシューは、このままでも充分に美味しかった。
 
「渡良瀬、口デカいな? いや、もう成長して『女』になっただろうから。全く同じじゃないだろうけど。会ってみたいよな?」

「昔住んでいた場所を訪ねてみたら?」
 口がデカいと言われてちょっぴり耳が熱くなった。でもこんなもんでしょ? 男どうし、遠慮なんかしている方がおかしいわけで。また大口を開けてチャーシューに齧り付く。ネギを乗せなくても美味しい。

「うーーん、そうだよな。でもその子の家は知らなかったんだ。遊んだのも1か月もなかったぐらいだし。戻ってみても、分からないだろうな。」

「残念ですね。」
 店員がビールを持ってきた。ちょうどいい、チャーシューにビールは合いすぎるでしょ。僕はゴクゴクと今までに無いぐらい大量に喉に流し込んだ。

「ああ、名前だけ。『しょうこちゃん』っていうんだ。苗字も知らない。」

『!!』
 驚いた瞬間にビールが気管に入り込み、ゴホゴホと咳き込む。紙のお手拭きの袋を破いて取り出し、口を覆った。

『しょこちゃん。ほら、コオロギ。』
『うわーー、大きい!』
『草むらにたくさんいるから、探しに行こう。』
『うん!』

 咳き込みながら、忘れていたはずの夏の日が頭の中に鮮明に描き出されていた。背が高く、サッカーが上手で憧れていたお兄さん。祖母と一緒に行っていた公園で、一時期必ず会っていたお兄さん。そういえば、いつの間にかいなくなっていた。

 「しょこちゃん」という呼び名は祖母が勝手につけていた名前。ほとんど夏休みもなく働く両親に、小4まで夏休みは必ず祖母の家に預けられていた。そして祖母の家のすぐ近くにあったお気に入りの公園……。

「その場所ってここから遠いんですか?」

 咳が治まってすぐに、そう尋ねずにはいられなかった。


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