不遇な神社の息子は、異世界で溺愛される

雨月 良夜

文字の大きさ
95 / 136
第九章 真相

背中 (スフェンside)

しおりを挟む


(スフェンside)



邪神シユウを倒し、治療を終えて数日後。ミカゲに「聖殿に行きたい。」と告げられた。


……ああ、とうとう、この日が来てしまった。


ミカゲは精霊王ベリルに、邪神シユウを消滅させたことを伝えに行きたいと言っていたが……。
その言葉を聞いた私の顔からは、血の気が引いていたのではないかと思う。


ミカゲがこの世界に来た理由は、邪神シユウを倒すため。


もう、その偉業をやり遂げた今、ミカゲがこの世界にいる理由が無くなってしまった。いつか、この時が来るとは覚悟していたが、心の準備などする余裕もない。


ミカゲが、元の世界に帰ってしまうかもしれない。


日本というミカゲの故郷は、魔物も戦いも存在しない、信じられないほど平穏な国。こちらの世界より何倍も安全で、死という事柄とは遠い世界だ。

その世界に帰ったほうが、ミカゲは今よりも安全であることは、言わずとして分かる。


それなのに……。

私は、浅はかにも、ミカゲに帰ってほしくないと。
ともにこの世界で、一生を傍で添い遂げて欲しいと、口に出してしまいそうになる。


私自身は、ミカゲを生涯を持って愛し、幸せにする自信がある。その覚悟も、準備も全て出来ている。


私がミカゲに「元の世界に帰らないでくれ」と乞い願えば、心優しいミカゲは、この世界に留まってくれるかもしれない。


しかし、ミカゲのその後の幸福を、奪うことにもなる。
世界を渡って来たミカゲの望郷の念は、私の計り知れるものではないだろう。きっと誰よりも複雑で、強い思いだ。


私のドロリとした、淀んだ感情を孕んだ言葉で、ミカゲを混乱させたくなかった。


一緒に聖殿に赴く日になり、せめて僅かな時間だけでもミカゲに触れていたいと、お互いに手を握った。

指と指を絡ませて、お互いに隙間ができないように握る。一まわり小さな、滑らかな手。温かいぬくもりを嬉しく感じながら、もしかすると、これがミカゲに触れる最後の時間ではないかと臆病に震える。


王族である私は、自分の感情を表に出さない様に教育させ、空気を吸うようにそれを実践していた。今はどうだろうか。

私の怯える心と同じように、身体が強張り緊張している。
繋いでいる右手に思わず力が入ってしまっているが、この強張りを自分ではどうしようもできなかった。


この手を、離したくない。


いっそう、このままどこかに連れ去ってしまおうか。

精霊王や精霊たちに連れ去れないように、囲い込んで。
私だけしか、その神秘的で美しい宵闇の瞳に映らないようにして。甘く怪しい蜜に存分に浸して、依存させる。


私がいなければ、生きていけないように。


何と醜く、汚れて穢れた感情だろうと、心の中で自嘲した。
こんなこと、ミカゲにはとてもじゃないが、言えない。


いつもと違う私の様子に気が付いたのだろう。街並みをそれとなく見ていたミカゲが、不意に私の顔を見て、穏やかに美しく微笑んだ。

繋いでいる手に、そっと力が込められる。きゅっと握り返された。私を安心させようと、慈しむ気持ちが伝わってくる。


それだけで、私はミカゲへの愛しさが増してしまう。


些細な感情の変化にも、気が付いてくれるミカゲ。お互いの魔力を注いだ宝石を渡し合った仲だ。
ミカゲの中で、私はただの男ではないはずだ。特別な存在になっていると信じたい。


私の心の中が、ドロリと渦を巻いて葛藤していく中、とうとう聖殿に着いた。木製の扉を開けて、ミカゲと共に中に入る。


ここは、落ち着いて、私のお気に入りの場所だった。静かに迎え入れてくれる空間。
今の私にとっては、ミカゲを連れ去ってしまうかもしれない、恐怖の場所。


祈祷場所まで歩みを進めるミカゲの背を見て、思わず引き留め、その細い身体を抱き込んでしまった。


どうか、行かないで。
このまま、私と一緒にいよう。


情けなくもミカゲの肩に額をついて、心で乞い願う。


ミカゲの手が背中に回されたときに、私は目を見開いた。春の風に包まれたような、穏やかで優しい体温に、泣きそうになる。


固く目を閉じて、意を決して身体を離した。


ミカゲの両頬を手で包み込み、見上げさせる。不思議そうに俺を見つめる愛しい人の額に、口付けを送った。


「……ミカゲ、私はここでずっと待っている。だから、行っておいで。」


ここで、君を待っている。

もしも、ミカゲがあちらの世界に帰ってしまったのなら。
私が今度は会いに行く。必ず、迎えに行く。


ミカゲの背中をそっと押した。一つ頷いたミカゲが、祈祷場所まで歩いていく姿をずっと見送る。聖殿にあるベンチの最前列に座り、ミカゲが祈りの姿勢になるのを見た。


ミカゲは片膝を着いて祈りの姿勢のまま、ずっと動かない。
どれぐらいの時が経っただろうか。私には果てしなく長い時間だった。


祈祷しているミカゲの身体が、銀色に輝く。そして、左耳にはいつの間にか、耳飾りがついていた。銀色の金属の縁に、宵闇の蒼い宝石。
今までにミカゲが着けていた記憶がないが、とても馴染んでいるように見える。


私はミカゲの一挙一動を見逃すまいと、聖殿のベンチに座って眺めていた。ミカゲの全身を覆う銀色の光が、強くなっていく。


今すぐにでも、ミカゲを祈りから目覚めさせたい。
爪が食い込むほどの力で、拳を握りしめて耐える。


やがて、光が弱まり収まった。片膝を着いたミカゲがそっと立ち上がる。

私は反射的にベンチから立ち上がった。長くなった白雪色の髪を僅かに靡かせ、振り返る愛しい人。


蒼色にも見える不思議な黒色の瞳が、此方を見て破顔した。


「……スフェン、ただいま。」


駆け寄って胸の中抱き込む。もう、言葉に詰まって上手く声が出ない。


「……ああ、おかえり。ミカゲ。」

やっと絞り出した声は、自分でも情けないくらい震えていた。帰ってきてくれた。私のいる場所まで。


「……全てが、終わったよ……。スフェン。」

そう言ったミカゲの顔は、心からの安堵で微笑み、身体を全て俺に預けた。


「……部屋に帰ったら、話したいことがたくさんあるんだ。」


私の胸に顔をうずめるミカゲは、胸元の服を両手でぎゅっと縋るように握った。細い身体は、小刻みに震えている。

ミカゲの背中に回した左手を、ポンポンと慰めるように擦り、右手はミカゲの柔らかな髪を梳くように撫でる。


「……そうか。本当に、よく頑張ったな……。」


胸の中で小さな、小さな嗚咽が聞こえた。


部屋に帰ったら、ミカゲの気が済むまで、たくさん話をしよう。君の声なら、ずっと聞いていたい。



しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

【完結】水と夢の中の太陽

エウラ
BL
何の前触れもなく異世界の神という存在に異世界転移された、遠藤虹妃。 神が言うには、本来ならこちらの世界で生きるはずが、まれに起こる時空の歪みに巻き込まれて、生まれて間もなく地球に飛ばされたそう。 この世界に戻ったからといって特に使命はなく、神曰く運命を正しただけと。 生まれ持った能力とお詫びの加護を貰って。剣と魔法の世界で目指せスローライフ。 ヤマなしオチなし意味なしで、ほのぼの系を予定。(しかし予定は未定) 長くなりそうなので長編に切り替えます。 今後ややR18な場面が出るかも。どこら辺の描写からアウトなのかちょっと微妙なので、念の為。 読んで下さってありがとうございます。 お気に入り登録嬉しいです。 行き当たりばったり、不定期更新。 一応完結。後日談的なのを何話か投稿予定なのでまだ「連載中」です。 後日譚終わり、完結にしました。 読んで下さってありがとうございます。

処理中です...