上 下
21 / 70
第三章 逃走、泡沫の平穏

使命(レイルside)

しおりを挟む


(レイルside)



まだ少し夕食には時間がある。サエにもう少し休むように促して、俺は部屋を後にした。


「……くそっ…。」

廊下にある柱を、俺は強く拳で叩いた。ゴンっという鈍い音とともに、拳に僅かな痛みが走る。サエにつけられた首輪は、完全には外れなかった。


最後の1つの呪いは残ったまま。解除できたのは、命令違反と移動禁止、発言禁止。最後の1つというのが、中々に厄介な代物で早く解除したいのだが……。


「『遵従(じゅんじゅう)の首輪』ねぇ……。国の威信をかけて、えげつない物をサエちゃんにつけたわね。」

俺の苛立った様子を横目に、カレンは背中に壁を付けながら呟いた。


『遵従(じゅんじゅう)の首輪』。ロイラック国に眠っていた、負の国宝である。遵従という名前の通り、首輪をつけられた物は主人に逆らわず、素直に従うようになる代物だ。

自分の意志は、首輪の呪いである『洗脳』によって跡形もなくなる。素直に従うというのは、そういうカラクリなのだ。サエには不思議なことに、洗脳が効いていない。不幸中の幸いだろう。


柱に傷がついたことに文句を言われながら、カレンにリビングに来るように案内された。リビングに行くと、カレンと向かい合わせで革張りのソファに座った。


ふうっとため息をつきながら、カレンはコーヒーを一口飲んでチラリと視線を寄越した。


「……全く、手紙で事前に匿ってくれと頼まれていたけど、あまりに突然でびっくりしたじゃない。」

カレンには、俺たちを匿うように事前に約束をしていた。もちろん、善意だけではない。カレンにサエの特徴を説明すると、面白い程に飛びついた。


それはそうだろう。
伝説の古代魔法を、2つも同時に操っている人間がいるのだから。


カレンは、古代魔術や遺跡関連について目がない。そこに付け込んで今回は匿ってもらえるように依頼した。


「……急ぎだったからな。連絡が出来なかった。」

本当は、もう少し準備を整えてから逃亡するつもりだったが、サエに俺が暗殺者だとバレてしまった。


今思えば、サエへ安易に無属性魔法について教えなければ良かった。俺は他人よりも相当魔力量が多いから、鑑定をされてもはじき返すことが出来ていたのだが……。
サエの魔力量は俺よりもはるかに多いようだ。


しかも、『鑑定』は身に着けるまでに相当の時間がかかる。この短期間で習得すること自体が、あり得ない。

そのことに、俺も油断していた。サエには、この世界の常識が通用しない。計画が狂ったのは致し方ない。


「それでも、首輪の呪いを9割方解除できたのはさすがだわ。……それに、転移魔術なんて初めて見たわよ。」

「……。」


俺と双子は、サエをあの場所から逃がすために密に計画を立てていた。双子は、俺にある提案をしてきたのだ。


『あの首輪のせいで、、サエはここから出られない。』

『……無くなれば、ぼくたちで連れていける。』


首輪の移動禁止の呪いが外れれば、双子はサエを逃がすことができる。そう、俺に提案したのだ。


逃がす方法は、なんと転移魔術。時空を歪めて移動するという魔術だ。その魔術を自由に扱える種族は、現在確認されている1種族のみ。精霊に近い存在。

双子は日々、転移魔術の魔法陣づくりに勤しみ、俺はサエの首輪を外す魔道具を手に入れた。そしてあの日、作戦を決行したのだ。


「……それで、ハーフエルフの双子に?暗黒魔術と聖魔術を、同時に使いこなすお姫様。……札付きの暗殺者は、これから一体どうするつもりなのかしら?」

ローテーブルに置いてあったピンク色のマカロンを、パクリと口に含んだ。零れて唇に付着した甘いカスを、ペロリと舌で舐めとる。まるで世間話をするように和やかだ。


余裕のあるその仕草は、この男が決して呑気だからというわけではない。それほどまでに、実力があるということ。


「……いずれ、あの人にも居場所はバレる。」

俺たちは双方の国から追われているはずだ。


ロイラック国は、暗黒魔術師を取り戻すために。
ラディウス国は、暗黒魔術師を殺すために。


多勢に無勢で来られては、はっきり言ってこちらにも勝ち目はない。そして俺の師でもある、あの人が確実に動き出しているだろう。

このままでは、俺もサエも、捕まるのを待つだけだ。


「……聖魔術を扱えるというのを、秘密にしたのは正解ね。ラディウス国は必死に聖魔術師を探しているんでしょ?」

カレンはただの考古学者ではない。本業は情報屋。様々な国から重宝されている。そのため、どの国にも属さない場所に住まいがある。

どうやら、秘密にされているラディウス国の内情も、知られているようだ。


ラディウス国で水源から穢れが発見されてから、その1か月後にある異変が起こる。

夜になると、突如として黒く淀んだ水源に、蝶たちと花びらが風に乗って現れる。蝶がふよりと気まぐれに、その黒い水面に羽根を休めるように触れる。


すると、清らかな水を一滴落とし込んだかのように、水面の穢れが透明に変わっていく。キラキラとした白銀色のツタが、黒い水の中に一気に生え始める。


白銀色の八枚の花びらが、水中で咲き誇る。


澄み渡った水の中には、禍々しい黒色の魔石。その魔石の姿が露わになると、白銀色のツタが魔石を囲む。

まるで、その魔石から穢れが漏れ出るのを防ぐように。


魔石の気配は消えないため、完全に消滅させるまでには至っていない。しかし、この状況にラディウス国内は多いに混乱した。


白銀色のツタ、八枚の花びら。
聖魔術の出現だった。


そこからラディウス国は、謎の聖魔術師を発見することに躍起になっていた。穢れを完全に消失できないことを見るに、まだ能力が開花していない。


ロイラック国よりもいち早く見つけ出し、聖魔術師の力によって、ロイラック国を壊滅させようと踏み込んでいるのだ。


サエが聖魔術を使用できると知られたら……。
今度は、ラディウス国で飼い殺しにされる。


「……サエ。」


何とはなしに、名前を口が紡いでいた。呼べば振り向いて、微笑みながら答えてくれる。過酷な状況下でも、健気に美しく咲く、清らかな一輪の花。


『……ライ、お願い。僕を殺して。』


そう言ったサエの表情を、俺は忘れることができない。

サエは現状にも諦めず、自分なりに抗っていた。努力していた姿を間近で見てきた。


味方が誰一人としていない、欲にまみれたクズたちの巣くう、灰暗い場所で。

全てを投げ出さず、逃げ出さない強い心。俺たち3人にも優しさを向ける、美しい魂。


そんな芯の強い少年の、何もかもを諦めて、全てを終わらせようとする。自分でその魂を捨てて、月夜に微笑む。


あの絶望に染まった、光を宿すことのない、
生気を失った人形のような、美しすぎる微笑み。


俺はあの表情を見たときに、全てを失うのかと、心からの恐怖を抱いた。暗殺者として『死』の恐怖は、幾度となく味わっている。


だが、それとは非にならない。
『消失』という底無しの虚無へと、一気に突き落とされる恐怖。

あんな顔、二度とさせない。


「……暗黒魔術と聖魔術の消失。サエを、ただの人間に戻す。」


そう、俺はそれだけのために。
この血塗られた命を、賭してもいい。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

憧れのドキドキ♡サンドイッチえっち

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:61

【完】♡系女装男子によるメス化調教

BL / 完結 24h.ポイント:525pt お気に入り:54

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,119pt お気に入り:2,475

イケメン店主に秘密の片想いのはずが何故か溺愛されちゃってます

BL / 連載中 24h.ポイント:10,608pt お気に入り:1,076

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,487pt お気に入り:3,767

契約結婚しましょうか!~元婚約者を見返すための幸せ同盟~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42,963pt お気に入り:1,075

『恋愛短編集①』離縁を乗り越え、私は幸せになります──。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,295pt お気に入り:307

処理中です...