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第三章 逃走、泡沫の平穏
使命(レイルside)
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まだ少し夕食には時間がある。サエにもう少し休むように促して、俺は部屋を後にした。
「……くそっ…。」
廊下にある柱を、俺は強く拳で叩いた。ゴンっという鈍い音とともに、拳に僅かな痛みが走る。サエにつけられた首輪は、完全には外れなかった。
最後の1つの呪いは残ったまま。解除できたのは、命令違反と移動禁止、発言禁止。最後の1つというのが、中々に厄介な代物で早く解除したいのだが……。
「『遵従(じゅんじゅう)の首輪』ねぇ……。国の威信をかけて、えげつない物をサエちゃんにつけたわね。」
俺の苛立った様子を横目に、カレンは背中に壁を付けながら呟いた。
『遵従(じゅんじゅう)の首輪』。ロイラック国に眠っていた、負の国宝である。遵従という名前の通り、首輪をつけられた物は主人に逆らわず、素直に従うようになる代物だ。
自分の意志は、首輪の呪いである『洗脳』によって跡形もなくなる。素直に従うというのは、そういうカラクリなのだ。サエには不思議なことに、洗脳が効いていない。不幸中の幸いだろう。
柱に傷がついたことに文句を言われながら、カレンにリビングに来るように案内された。リビングに行くと、カレンと向かい合わせで革張りのソファに座った。
ふうっとため息をつきながら、カレンはコーヒーを一口飲んでチラリと視線を寄越した。
「……全く、手紙で事前に匿ってくれと頼まれていたけど、あまりに突然でびっくりしたじゃない。」
カレンには、俺たちを匿うように事前に約束をしていた。もちろん、善意だけではない。カレンにサエの特徴を説明すると、面白い程に飛びついた。
それはそうだろう。
伝説の古代魔法を、2つも同時に操っている人間がいるのだから。
カレンは、古代魔術や遺跡関連について目がない。そこに付け込んで今回は匿ってもらえるように依頼した。
「……急ぎだったからな。連絡が出来なかった。」
本当は、もう少し準備を整えてから逃亡するつもりだったが、サエに俺が暗殺者だとバレてしまった。
今思えば、サエへ安易に無属性魔法について教えなければ良かった。俺は他人よりも相当魔力量が多いから、鑑定をされてもはじき返すことが出来ていたのだが……。
サエの魔力量は俺よりもはるかに多いようだ。
しかも、『鑑定』は身に着けるまでに相当の時間がかかる。この短期間で習得すること自体が、あり得ない。
そのことに、俺も油断していた。サエには、この世界の常識が通用しない。計画が狂ったのは致し方ない。
「それでも、首輪の呪いを9割方解除できたのはさすがだわ。……それに、転移魔術なんて初めて見たわよ。」
「……。」
俺と双子は、サエをあの場所から逃がすために密に計画を立てていた。双子は、俺にある提案をしてきたのだ。
『あの首輪のせいで、、サエはここから出られない。』
『……無くなれば、ぼくたちで連れていける。』
首輪の移動禁止の呪いが外れれば、双子はサエを逃がすことができる。そう、俺に提案したのだ。
逃がす方法は、なんと転移魔術。時空を歪めて移動するという魔術だ。その魔術を自由に扱える種族は、現在確認されている1種族のみ。精霊に近い存在。
双子は日々、転移魔術の魔法陣づくりに勤しみ、俺はサエの首輪を外す魔道具を手に入れた。そしてあの日、作戦を決行したのだ。
「……それで、ハーフエルフの双子に?暗黒魔術と聖魔術を、同時に使いこなすお姫様。……札付きの暗殺者は、これから一体どうするつもりなのかしら?」
ローテーブルに置いてあったピンク色のマカロンを、パクリと口に含んだ。零れて唇に付着した甘いカスを、ペロリと舌で舐めとる。まるで世間話をするように和やかだ。
余裕のあるその仕草は、この男が決して呑気だからというわけではない。それほどまでに、実力があるということ。
「……いずれ、あの人にも居場所はバレる。」
俺たちは双方の国から追われているはずだ。
ロイラック国は、暗黒魔術師を取り戻すために。
ラディウス国は、暗黒魔術師を殺すために。
多勢に無勢で来られては、はっきり言ってこちらにも勝ち目はない。そして俺の師でもある、あの人が確実に動き出しているだろう。
このままでは、俺もサエも、捕まるのを待つだけだ。
「……聖魔術を扱えるというのを、秘密にしたのは正解ね。ラディウス国は必死に聖魔術師を探しているんでしょ?」
カレンはただの考古学者ではない。本業は情報屋。様々な国から重宝されている。そのため、どの国にも属さない場所に住まいがある。
どうやら、秘密にされているラディウス国の内情も、知られているようだ。
ラディウス国で水源から穢れが発見されてから、その1か月後にある異変が起こる。
夜になると、突如として黒く淀んだ水源に、蝶たちと花びらが風に乗って現れる。蝶がふよりと気まぐれに、その黒い水面に羽根を休めるように触れる。
すると、清らかな水を一滴落とし込んだかのように、水面の穢れが透明に変わっていく。キラキラとした白銀色のツタが、黒い水の中に一気に生え始める。
白銀色の八枚の花びらが、水中で咲き誇る。
澄み渡った水の中には、禍々しい黒色の魔石。その魔石の姿が露わになると、白銀色のツタが魔石を囲む。
まるで、その魔石から穢れが漏れ出るのを防ぐように。
魔石の気配は消えないため、完全に消滅させるまでには至っていない。しかし、この状況にラディウス国内は多いに混乱した。
白銀色のツタ、八枚の花びら。
聖魔術の出現だった。
そこからラディウス国は、謎の聖魔術師を発見することに躍起になっていた。穢れを完全に消失できないことを見るに、まだ能力が開花していない。
ロイラック国よりもいち早く見つけ出し、聖魔術師の力によって、ロイラック国を壊滅させようと踏み込んでいるのだ。
サエが聖魔術を使用できると知られたら……。
今度は、ラディウス国で飼い殺しにされる。
「……サエ。」
何とはなしに、名前を口が紡いでいた。呼べば振り向いて、微笑みながら答えてくれる。過酷な状況下でも、健気に美しく咲く、清らかな一輪の花。
『……ライ、お願い。僕を殺して。』
そう言ったサエの表情を、俺は忘れることができない。
サエは現状にも諦めず、自分なりに抗っていた。努力していた姿を間近で見てきた。
味方が誰一人としていない、欲にまみれたクズたちの巣くう、灰暗い場所で。
全てを投げ出さず、逃げ出さない強い心。俺たち3人にも優しさを向ける、美しい魂。
そんな芯の強い少年の、何もかもを諦めて、全てを終わらせようとする。自分でその魂を捨てて、月夜に微笑む。
あの絶望に染まった、光を宿すことのない、
生気を失った人形のような、美しすぎる微笑み。
俺はあの表情を見たときに、全てを失うのかと、心からの恐怖を抱いた。暗殺者として『死』の恐怖は、幾度となく味わっている。
だが、それとは非にならない。
『消失』という底無しの虚無へと、一気に突き落とされる恐怖。
あんな顔、二度とさせない。
「……暗黒魔術と聖魔術の消失。サエを、ただの人間に戻す。」
そう、俺はそれだけのために。
この血塗られた命を、賭してもいい。
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