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第三章『王子様、現る!?』
第56話 【竜剣士】クライド
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眼下で、無数のオタマジャクシに噛みつかれながら必死に剣を振るうユーマの姿が見えた。
足のつま先に剣が刺さるも、興奮したオークは全く意に介しておらず、無情にもミスリルの剣はぽっきりと折れてしまった。
「ユーマ、ごめんね」
もう無理だ、と諦める。
少しばかり魔物を翻弄していい気になっていたヒミカが馬鹿だった。
やっぱりヒミカは役立たずだ。
こんな調子では、魔王を倒すなんて夢のまた夢。
だからせめて、ユーマには負い目を感じないでほしい。
全身精液塗れでも、オークの酷い口臭に晒されても、精一杯、笑顔を咲かせる。
「ありがとね」
摘まみ上げられた指が離れ、ヒミカは脂ぎった舌の上に落ちていく。
──寸前で、身体ごと横から掠め取られた。
何が起きたのか分からないまま、空中で身体が引っ張られた。
「ゲべッ!?」
オークが間抜けた声を上げた次の瞬間、首と胴体が真っ二つに別れた。
「ゲべべべべべーーーーッ!?」
緑色の血が吹き荒れる。
棒立ちしたままの胴体、その下半身から、オタマジャクシが逃げるようにボトボトと零れていく。
ようやくヒミカは、自身が誰かに抱えられていることに気づいた。
(誰……? ユー、マ?)
「おっと。危ない落とすところだった。……ってうわっ。ひっでぇニオイだな、こりゃ」
「え……?」
お姫様抱っこをされていた。
男なのにサラサラな金髪、澄み切った青空のような瞳。
笑うと犬歯がきらりと光る、快活な青年。
片手で軽々と振るう大剣を見て確信する。
「もしかして……クライド?」
「おう! 俺は魔界戦線遊撃部隊隊長、【竜剣士】クライド様だ! 魔王城の偵察に行ってたんだが、遅くなってすまない! ……って思わず名乗っちゃったけど、お前、ヒミカ、か……?」
互いに目を丸くしたまま見つめ合ったまま、まるで翼が生えているかのようにゆっくりと降下する。
【竜剣士】は空を翔ける竜の如く、強靭な脚力で跳躍することができる。
ここまで滞空時間が長く、美しいフォームを維持できるのはクライドの実力が相当高いことを意味している。
「うん、私、ヒミカだよ。まさか、こんな所で会えるなんて、思わなかった。でも、会いたくなかった……っ!」
「おい、どうして泣いてるんだよ! そんなに俺のことが嫌いだったのか?」
「違う! 私、こんなに汚れて、臭くて……こんな私、見られたなくなかったの!」
「なんだよ、そんなことか。確かに匂うけどよ」
「うわぁあああん!」
ヒミカは一層激しく泣きじゃくり、クライドの分厚い胸板に顔を埋めてしまう。
「やれやれ。幼馴染のヒミカと再び会えるなんて、これも運命かねぇ」
ふわりと地面に着地する。
「さぁて、もう安心しろよ、ヒミカ。なんでこんなところにいるのか分かんねぇけど、ジャイアントオークを引き付けてくれてサンキューな。おかげで俺達の到着が間に合った」
大剣を高々と振りかざし、叫んだ。
「さぁ、こっから反撃だ。遊撃部隊全軍、突撃!」
掛け声に応じて、魔物達の後方から続々と人影が疾走して現れる。
【竜騎士】、【竜騎兵】、【騎馬兵】、【暗殺兵】、【忍】、機動力に秀でた【適正】の兵士達が戦場を駆け回る。
遅い魔物は瞬きする間に背中を刺され、翼ある魔物が応戦するも、隙を見せた瞬間に後方の砲撃部隊の的となる。
参戦した遊撃部隊の兵士は少数であるにも関わらず、防戦一方だった戦線は徐々に魔物を押し返していく。
単なる戦力の投入だけではない。さらに、魔物達は気づかぬ内に誘導されていた。
「っし! キルポイントに嵌ったな。今こそチャンスだ。先代勇者の聖剣【セイブ・ザ・アラウンド】発動の時!」
ヒミカを抱えて宿舎まで後退したクライドが確信の笑みを浮かべた。
すると、後方支援部隊よりもさらに後ろ、三角錐型の巨大建造物である勇者の墓から、眩い光が立ち昇った。
「勇者の聖剣と【魔聖】の合体術式・【劫火円環】!」
周囲の温度が一気に上昇し、勇者の墓の頂上の辺りから一筋の光線が放たれた。
舐めるように大地に到達すると瞬く間に灼熱の炎が壁の如く噴き荒れ、魔物達を炎の輪で閉じ込め、焼却していく。
「グギッ!? ギャアアアアアッッ!」
炎は魔物の骨すらも燃やし尽くし、光線が途切れた後は焼け焦げた匂いすら残らなかった。
「どうよ、ヒミカ! これが先代勇者の残した聖剣の力なんだぜ? ああ、俺も同じ剣士として握ってみたいよなァ……ってアレ? 気絶しちまったのか?」
「ヒミカさん!」
ユーマがクライドの元へ駆けつける。
「おっ、ヒミカの知り合いか?」
「誰ですか、貴方は?」
「なんだなんだ? いきなり喧嘩腰かよ。安心しな。怪我はないぜ? なにせ、このクライド様が助けたんだからな」
「助けてくれてありがとうございます。ヒミカさんを、こちらに引き渡していただけますか?」
「おいおい、何でそんな余裕が無さそうなのか知らないけどよ……その、なんだ」
なぜか敵意めいた視線を投げるユーマを、鼻を摘まみながら手で制止するクライド。
「とりあえず、オークの精液、洗い流そうぜ?」
足のつま先に剣が刺さるも、興奮したオークは全く意に介しておらず、無情にもミスリルの剣はぽっきりと折れてしまった。
「ユーマ、ごめんね」
もう無理だ、と諦める。
少しばかり魔物を翻弄していい気になっていたヒミカが馬鹿だった。
やっぱりヒミカは役立たずだ。
こんな調子では、魔王を倒すなんて夢のまた夢。
だからせめて、ユーマには負い目を感じないでほしい。
全身精液塗れでも、オークの酷い口臭に晒されても、精一杯、笑顔を咲かせる。
「ありがとね」
摘まみ上げられた指が離れ、ヒミカは脂ぎった舌の上に落ちていく。
──寸前で、身体ごと横から掠め取られた。
何が起きたのか分からないまま、空中で身体が引っ張られた。
「ゲべッ!?」
オークが間抜けた声を上げた次の瞬間、首と胴体が真っ二つに別れた。
「ゲべべべべべーーーーッ!?」
緑色の血が吹き荒れる。
棒立ちしたままの胴体、その下半身から、オタマジャクシが逃げるようにボトボトと零れていく。
ようやくヒミカは、自身が誰かに抱えられていることに気づいた。
(誰……? ユー、マ?)
「おっと。危ない落とすところだった。……ってうわっ。ひっでぇニオイだな、こりゃ」
「え……?」
お姫様抱っこをされていた。
男なのにサラサラな金髪、澄み切った青空のような瞳。
笑うと犬歯がきらりと光る、快活な青年。
片手で軽々と振るう大剣を見て確信する。
「もしかして……クライド?」
「おう! 俺は魔界戦線遊撃部隊隊長、【竜剣士】クライド様だ! 魔王城の偵察に行ってたんだが、遅くなってすまない! ……って思わず名乗っちゃったけど、お前、ヒミカ、か……?」
互いに目を丸くしたまま見つめ合ったまま、まるで翼が生えているかのようにゆっくりと降下する。
【竜剣士】は空を翔ける竜の如く、強靭な脚力で跳躍することができる。
ここまで滞空時間が長く、美しいフォームを維持できるのはクライドの実力が相当高いことを意味している。
「うん、私、ヒミカだよ。まさか、こんな所で会えるなんて、思わなかった。でも、会いたくなかった……っ!」
「おい、どうして泣いてるんだよ! そんなに俺のことが嫌いだったのか?」
「違う! 私、こんなに汚れて、臭くて……こんな私、見られたなくなかったの!」
「なんだよ、そんなことか。確かに匂うけどよ」
「うわぁあああん!」
ヒミカは一層激しく泣きじゃくり、クライドの分厚い胸板に顔を埋めてしまう。
「やれやれ。幼馴染のヒミカと再び会えるなんて、これも運命かねぇ」
ふわりと地面に着地する。
「さぁて、もう安心しろよ、ヒミカ。なんでこんなところにいるのか分かんねぇけど、ジャイアントオークを引き付けてくれてサンキューな。おかげで俺達の到着が間に合った」
大剣を高々と振りかざし、叫んだ。
「さぁ、こっから反撃だ。遊撃部隊全軍、突撃!」
掛け声に応じて、魔物達の後方から続々と人影が疾走して現れる。
【竜騎士】、【竜騎兵】、【騎馬兵】、【暗殺兵】、【忍】、機動力に秀でた【適正】の兵士達が戦場を駆け回る。
遅い魔物は瞬きする間に背中を刺され、翼ある魔物が応戦するも、隙を見せた瞬間に後方の砲撃部隊の的となる。
参戦した遊撃部隊の兵士は少数であるにも関わらず、防戦一方だった戦線は徐々に魔物を押し返していく。
単なる戦力の投入だけではない。さらに、魔物達は気づかぬ内に誘導されていた。
「っし! キルポイントに嵌ったな。今こそチャンスだ。先代勇者の聖剣【セイブ・ザ・アラウンド】発動の時!」
ヒミカを抱えて宿舎まで後退したクライドが確信の笑みを浮かべた。
すると、後方支援部隊よりもさらに後ろ、三角錐型の巨大建造物である勇者の墓から、眩い光が立ち昇った。
「勇者の聖剣と【魔聖】の合体術式・【劫火円環】!」
周囲の温度が一気に上昇し、勇者の墓の頂上の辺りから一筋の光線が放たれた。
舐めるように大地に到達すると瞬く間に灼熱の炎が壁の如く噴き荒れ、魔物達を炎の輪で閉じ込め、焼却していく。
「グギッ!? ギャアアアアアッッ!」
炎は魔物の骨すらも燃やし尽くし、光線が途切れた後は焼け焦げた匂いすら残らなかった。
「どうよ、ヒミカ! これが先代勇者の残した聖剣の力なんだぜ? ああ、俺も同じ剣士として握ってみたいよなァ……ってアレ? 気絶しちまったのか?」
「ヒミカさん!」
ユーマがクライドの元へ駆けつける。
「おっ、ヒミカの知り合いか?」
「誰ですか、貴方は?」
「なんだなんだ? いきなり喧嘩腰かよ。安心しな。怪我はないぜ? なにせ、このクライド様が助けたんだからな」
「助けてくれてありがとうございます。ヒミカさんを、こちらに引き渡していただけますか?」
「おいおい、何でそんな余裕が無さそうなのか知らないけどよ……その、なんだ」
なぜか敵意めいた視線を投げるユーマを、鼻を摘まみながら手で制止するクライド。
「とりあえず、オークの精液、洗い流そうぜ?」
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