愚者の勲章

Canaan

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第1章 Virgin Hard

07.結婚してください

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 デボラは地図を見ながら何かを考えている騎士、ロイド・バークレイをこっそりと観察した。

 思った通り、彼は王宮に仕える騎士であった。
 モルディスに嫁いだ姉を訪ねた帰りの旅の途中で、シラカ周辺の調査も請け負っていたのだと言う。
 彼は酷い目に遭ったというのに、怒ったり機嫌を悪くしたりはしなかった。他人の領地を裸でうろついていたのだから仕方がないと言っている。
 ちなみに彼が裸だった理由は、小川で転んでずぶ濡れになったついでに、洗濯をしていたからなのだとも判明した。……排泄物にそっくりな石のことはよく分からない。が、彼はそれを大事そうに懐にしまっていたのだから、きっと高価なものなのだろう。

 彼に……ロイド・バークレイにシラカの窮状を訴えてみようか。
 デボラの脳裏をそんな考えがちらりと横切った。
 ロイドは王宮の騎士だ。アッサズの領主マキシムが、不当なやり方でデボラを苦しめていると知ったら……何か手を打ってくれるかもしれない。国王にそれを伝えて、兵士たちを派遣してくれるとか……。そこまで考えて、心の中で首を振った。シラカと王都との距離を考えると、二か月で片付く問題とは思えなかったからだ。

「デボラ殿」
「えっ、あ、は、はい」
「明日……この辺を見て回ってもいいかな」
「はい。もちろんです。私が案内いたします」
 国から命じられた調査ならば、断る訳にはいかない。が、焼かれた畑や、領民たちが出て行った空き家を見て、彼は何を思うのだろう。

「今夜のロイド様の寝室ですが……先ほどのお部屋でもよろしいですか」
「えっ、泊めてもらっていいの!?」
「はい、もちろんです。大したおもてなしは出来ませんが……」
 なんと彼は馬小屋を借りるつもりだったらしい。
 頭をかきながらお礼を言うロイドを見て、デボラは思った。
 ロイド・バークレイは素朴な人柄で、好感が持てる。
 都会の男性は、とっつきにくい雰囲気なのだと今まで思い込んでいたけれど、彼に関してはそんなことはない。何より彼の掠れた声はデボラの耳に心地よい……。

 もう一度ロイド・バークレイを見つめる。
 彼は王宮に仕える騎士だ。教育を受けていて、外の世界も知っている。
 少し話をしただけだから、彼の真なる性質までは分からないが……充分に真面目で優しそうに見えた。
 そこまで考えて、フェルビア建国の神セイクリッドにお願いしたことを思い出した。
 セイクリッド様は、願いをかなえてくださったのでは……と。

「……デボラ殿、何か?」
「あっ、ごめんなさい……」
 デボラの視線に気づいたロイドは首を傾げる。
「都会の騎士様に会うのは初めてでしたので、つい見つめてしまいました……不躾なことをしてすみません」
「え? あ、いや……俺は仲間から野暮ったいって言われてて」
 君の科白を仲間に伝えたら、きっとみんな大笑いだと思うよ。ロイドはそんなことを言いながら、照れくさそうに肩を竦めた。
 デボラもなんとなく気恥ずかしくなって俯いた。

 彼の言う仲間とは、同じ騎士団の仲間という事だろうか。それとも昔からの友人たちの事だろうか。
 それから……彼は、結婚しているのだろうか。


*


 翌朝になって、ロイドは城の外に出た。
「うわあ、こいつはまた……」

 内部の様子から予想していた通り、シラカ城はそれほど大きくはない建物であった。
 クリーム色の石を積み重ねて作られていて、ところどころに苔生しており、蔦も絡まっている。
 青い空に鬱蒼とした森。その中にぽつんと佇むシラカ城は、まるでおとぎ話の中の建物みたいに可愛らしい。城の裏手には小さな滝があり、水辺には虹がかかっていた。

「とても古い建物なんです」
 案内役のデボラは語る。この地がステアリー一族のものとなる前からこの城は存在していたようだと。
「ボロボロで驚いたでしょう」
「あ、いや! 全然! なんだか……おとぎ話に出てくるお城みたいだなって思ってさ」
 朝日の中で見るデボラもまた美しかったので、ロイドはソワソワした。彼女もまた、おとぎ話に出てくる妖精みたいな人だなあと。
 そう考えただけで手汗びっしょりになって、ロイドは手のひらをズボンに擦りつけた。

 しかもここには女性と童貞しかいない。男の姿が視界に入るたびに、あいつは童貞なのだろうか……なんて、悶々とする必要がないのである。それだけで超気分がいい。童貞の国、わくわく童貞ランド! 永住したいくらいだ。



 浮かれた気持ちでデボラの後に続いたが、城の周辺を離れ、そこで見えてきた景色は異様なものだった。
 シラカの住人は四人。すべて城に住んでいるという。だからロイドは、シラカには何か特別な財源があって、農作物の類は近隣の村や街から購入しているのだろうかと考えていた。

 だが住人は四人だというのに、村のような集落が存在している。やや荒れて見えるが畑も広がっている。しかし耕す人間はおらず、道行く人もいない。
 つい最近まで人が暮らしていた形跡はあるのに、誰も見当たらないのだ。

「少し前まで、この村ではもっと多くの人々が暮らしておりました」
 誰もいない集落を眺めながら、デボラが語り出した。

 前領主──デボラの父親──が亡くなり、娘のデボラが土地と城を相続した頃から、デボラの従兄でアッサズの領主でもあるマキシム・ステアリーが、シラカの土地も自分のものにしてしまおうと動き出した。
 初めは、家畜の柵や小屋が壊されたり、収穫前の農作物が盗まれたりした。次第に規模や頻度が上がり、焼かれて塩をまかれた畑もある。
 そしてマキシムは、「アッサズに来れば土地と家を貸してやる」とシラカの領民たちをも奪っていった。シラカの領民はぽつりぽつりと減っていき、ついには四人だけとなってしまったのだ。
 助けを求める手紙を国王に送りたかったが、最寄りの街キドニスへ出るにはアッサズの領地を通らなくてはならない。マキシムはそこに自分の兵士たちを配備した。
 そして今、デボラたちはフェルビア王国の奥地で孤立している。

「なんてひどい話だ!」
 現状を知ったロイドはもちろん憤った。
「それに、マキシムって……」
 ロイドを見たベティが叫んだ名前だ。あんたはマキシムの仲間なのかと。
「その節は、本当に失礼しました」
「いや、いいんだ」
 本来ならばアッサズの領主は、ステアリー一族の地としてシラカを助けなくてはいけない立場なのに、そのような浅ましい男だとは。
 それに、そんな嫌がらせを常に受けていたら、あらゆるものに疑心暗鬼になっても仕方がないことだ。

「農民がいないんじゃ、食べ物はどうしているんだ?」
「家畜がまだ残っていますし、小麦や砂糖の備蓄もまだありますので……」
 あとは山で採れる山菜や木の実で補い、日用雑貨の類は空き家となってしまった家々から集めてあるという。
「けど、それにだって限界はあるだろう」
「……あと二か月ほどでしたら、大丈夫です」
「二か月かあ」

 ロイドは腕を組んで考えた。
 まさかこの土地がこんなことになっていたとは。
 地図が古くて、目印の木が無くなっていたからこそロイドは道に迷いシラカへたどり着くことが出来た。
 何事もなければロイドは先にアッサズへ入り、そこで上手いこと丸めこまれ……シラカの現状を知ることなく帰路へついていた可能性も充分にある。危なかった。

 そして今の自分がすべきことは、一刻も早く王都へ向かって報告することだろう。すぐに騎士団が派遣されればよいのだが。
 キドニスの領主に騎士や兵士を貸してくれと応援を頼むのが一番早いが、大抵の領主はよその土地の揉め事に絡むのを嫌がるものだ。国王の命令でもあれば話は別だが、どっちみち国王の許可と関連した書類を取りに王城へ向かわなくてはならない。
 やはりロイドが王都へ行くしかない。
 問題は、このシラカと王都までの距離だ。往復にひと月近くかかる。天候や移動手段によってはもっと。

「えーと。食料は二か月分、あるんだよな」
 ロイドは先ほどのデボラの言葉を「住民四人が、二か月食べていくだけの備蓄がある」と受け取っていた。というかそれ以外に受け取りようがない。
 だが、デボラの言葉には他に意味があったようだった。
「あ……そういう意味ではなく……私の期限が……」
「……デボラ殿の、期限?」
「いえ、あの……」
 デボラは言いよどみ、押し黙ってしまった。
 何か言い難いことなのだろうか。問い詰めるのも憚られて、ロイドはそのまま彼女の言葉を待った。

 微かな風が吹いて、デボラのほつれた髪が揺れた。
 しかし、ほんとに可愛いなあ……。指で、あのほつれ毛を退けてあげたい……。などと考えていると、
「あの……失礼ですが、ロイド様のご家族は?」
「えっ?」
 急に話が飛んだので驚いた。
「モルディスにお姉様がいると伺いましたが、王都にご家族はいるのですか?」
「双子の弟がいる。両親は子供の頃に亡くなってるんだ」
「弟さんが……では、ロイド様はご長男……」
「うん」
 そこでほんの少しだけ、デボラの声が沈んだような気がした。
「では家を継ぐのですね。ロイド様ならば、立派な家長となることでしょう」
「あ、いや。確かに俺は長男だけどバークレイの本家は従兄が継ぐんだ」
「……そうなのですか。あの、では……王都でロイド様を待っている方は、いらっしゃるのでしょうか」
「えっ。待ってる人って……」
「もし、約束した方がいないのであれば、あの……」
 それは、恋人の有無を訊ねられているのだろうか。
 どうしよう。もしかしてデボラ殿って俺に興味ある!?
 自然と口元がにやけてくる。が、
 「好きなの、抱いて!」とか言われた日にはどうしたらいいんだ。挙句童貞だと知れた途端「イヤッ、気持ち悪い!」とか詰られたりして……。そう考えると、今度は変な汗をかいてきた。
 ロイドは考えた。童貞なりに、一生懸命考えた。そして言った。

「えーと、まずは文通から……」
「私と結婚してください」

 二人が声を発したのはほぼ同時であった。
 互いに見つめ合う。
 今デボラは何と言ったのか。文通どころの騒ぎではない、そんな事を言われた気がするのだが?

「え? あの……パ、パパパ、パードゥン?」
「ロイド様。私と結婚してください」

 先ほどよりもはっきりと聞こえた。
「お、俺が……?」
 確かめるように人差し指で自分を差す。デボラは頷いた。

 ロイドはプロポーズされたのだ。


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