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第1章 Virgin Hard
08.ヒーローになりたい
しおりを挟む──私と結婚してください。
「え……? ええっ!?」
ロイドは一歩下がってデボラを観察した。
彼女は真剣な目でロイドを見上げていたが、
「あつかましいお願いをして申し訳ありません。でも、どうか……助けていただけないでしょうか」
そこで深々と頭を下げる。
初めて女性からモテそうになった──しかも文通をすっ飛ばして結婚である──ことで舞い上がりそうになっていたが、彼女の切羽詰まったような様子から、裏にあるのは甘い恋心などではないとさすがの童貞も悟った。
「二か月後、私が独身のまま二十三歳の誕生日を迎えたら、シラカの土地は正式にアッサズの領主……マキシムのものになってしまうのです」
それは十年近く前にデボラの父が作成した遺言書であった。自分に何かあった時……デボラが一人になってしまった時、シラカのことを自分の兄──マキシムの父親──に託すつもりであったのだ。
デボラの父は娘のためによい夫を見つけるつもりであったし、兄がこんなに早く亡くなるとは思っていなかったし、新しくアッサズ領主となったマキシムがシラカの領民まで奪っていくとは考えていなかった。
デボラの父もまた病に倒れ、遺言を書きかえる必要があると気づいた時には手遅れだった。
そこでデボラはキドニスの街へ出て王宮へ援助要請の手紙を出すか、或いは自分で夫を見つけるかしようと思ったらしい。だが孤立させられ、周囲の道には兵士を置かれているからデボラはこの地を出られなかった。
「今の状態のシラカに関わりたいと思う人はいないでしょう、分かっております。ですが、私が結婚して『あと二か月』という期限さえなくなれば、この地を蘇らせて領民を呼び戻すことも夢ではないと……私はそう考えているのです」
ロイドは小さな頃から夢見ていた。
困っているお姫様を助ける騎士になりたいと。
「な、なるほど……」
そう呟いたロイドの脳裏を過ぎったのは、悪と戦う正義のヒーロー、カッコいい騎士になった自分の姿であった。
人助けで結婚……というのは行き過ぎているかもしれない。が、今この女性を助けられるのは自分しかいないのでは。
しかしデボラの言う結婚とは……一緒に床に入って子孫をもうけるという意味なのだろうか。それとも、土地の問題が片付くまでの偽装結婚というやつなのだろうか。
偽装結婚……そうだよな。そっちに違いない。だって童貞の自分がこんなに可愛い人とセックスしていい訳ないもの。
これも人助け、騎士の務めだ。そう考えた時、
「シラカの地を助けてくださるならば、私を愛してくれなくても構いません。どうか共にこの地を盛り立ててもらえないでしょうか」
「え、ええと。それは、つまり、その……」
セックスしてもいいの!? と率直に訊ねる訳にはいかないので、マイルドな表現を探した。
「ええと、俺が……君と夫婦になって……あの、その、か、かか家族を作って、ここにずっと住むってこと?」
「はい」
デボラは真剣な眼差しで訴えてくる。
ロイドがカッコいい騎士になりたいと思う以上に、彼女は良い領主であろうとしている。それがよく伝わった。
「いきなり、このような話をしてすみませんでした。今すぐに返事を、とは言いません。アッサズの現状も知ってもらえればよいのですが」
デボラは自分の訴えばかりを鵜呑みにさせては不公平だと思ったらしい。ロイドにアッサズに向かってはどうかと言う。
もともとロイドは調査のためにアッサズに入る予定であったのだし、旅の騎士、それも国王の騎士ならばマキシムもロイドをもてなさなくてはいけない。そこで村の様子やマキシムの為人を観察してはどうかと。
「あ……うん。わ、わかった」
もしもデボラが「困っているの、助けてください」と泣きながらロイドに抱きついて来たりしたら、ロイドはのぼせ上がって首を縦に振ってしまっていただろう。
儚げに見えるが、デボラは心のしっかりした女性だと思う。
自分の窮状を泣いて訴えたりしない。公正を欠くような説明は避け、ロイドに自分の目で確かめてから判断してほしいと言った。
なんて素敵な女性なんだろう。綺麗で可愛いうえに強くて正しいなんて、もう最高ではないか……。
それだけでロイドは彼女に本格的に惚れてしまいそうになっていたのだが、結婚という人生の一大イベントも絡む話だ。どうにかしてアッサズの様子を確かめて……それから決めても良いだろう。
しかしマキシムの人間性を確かめる機会はすぐにやって来た。
デボラとロイドが城へ戻ると、そこでド派手に着飾った男と出くわしたのである。
「やい、デボラ! 相変わらず貧乏くさい土地だな!」
「貧乏くさい土地だな!」
彼はお供を連れていて、シラカを貧しい土地だと馬鹿にしたような口調で言った。
声は甲高くて表情もどこか幼く──デボラの話では彼は二十四歳らしいのだが──自分よりも年下に見えた。挙句彼の衣装は上下とも緑色で、外套も帽子もまた緑色、所々に金の刺繍が施してある。それだけでもちょっとどうかと思えるのに、靴は真っ赤。帽子についた大きな羽根飾りも真っ赤だ。
領民に重い税を課して、自分は贅沢三昧だと言う話も真実味を帯びてくる。……贅沢の仕方を間違えているような気もするが。
「マキシム。領民たちを奪ってここを貧しくしたのは貴方ではないの!」
「へ~。やっぱり貧しいんだな!」
「貧しいんだな!」
お供の男はマキシムの言葉を真似てデボラを茶化してる。見ているだけで腹が立ってきた。
「とうとう四人になっちまったらしいなあ。あと二か月、食っていけるのか? そうだ、オレにひれ伏してお願いしたら、今、シラカをオレの配下に加えてやってもいいぜ!」
「加えてやってもいいぜ!」
「じょ、冗談ではないわ……! 私は……」
「五人だよ」
そこでロイドはデボラの前に進み出て、マキシムと対峙した。
「な、なんだお前は……!?」
「何だお前は!」
「シラカの領民は四人じゃない。五人になったんだ」
「……ロイド様?」
背後でデボラが呟いた。何事かと思っているのだろう。
「俺は王国騎士のロイド・バークレイ。デボラ殿と結婚する男だ。だから、シラカの住民は五人になる」
「……ロイド様!」
「な、なんだとぉおお!? う、嘘を吐くな!」
「嘘を吐くな!」
「嘘じゃない。俺は、デボラ殿の夫になる。シラカがお前の領地になることはない!」
ロイドは覚悟を決めたのだ。
ロイドにとってのランサムがそうだったように、自分もデボラのヒーローになりたいと。
「うおおおお、やったぜ! 俺はやったぜ!」
マキシムを追い返し、城の中へと戻ったロイドは、割り当てられている部屋の中でガッツポーズをしながら歩き回っていた。
あの時の自分は、かなりカッコよかったんじゃないかと思う。
デボラが結婚したいのは領地のためだと分かってはいるが……ちょっとばかりは自分に惚れてくれたりして……。「ステキ! ロイド様、抱いて!」とか思ってたりして……。
「へへへ」
そこまで考えて、ハッとした。
結婚するということは、床入りも待っている。ついに童貞を捨てる時が来たのだ。
ロイドは鞄の中から童貞神チェリー様を取り出した。
この石を拾ってから、ロイドの状況は目まぐるしく変わった。
恋人が出来たことすらなかったのに、美しい女性と出会い、なんと結婚まですることになった。
これもチェリー様のお導きに違いない。丁重に扱わなくては。
ちなみに王国の騎士が結婚をする場合……相手が女領主であった場合は、ロイドの身分はデボラに仕える騎士となる。フェルビア国王に忠誠を誓う領主、に仕える騎士という形だ。これは地方貴族に仕える騎士たちも同じである。
諸々の手続きもあるのでどこかで折を見て、報告の手紙を出しにキドニス辺りに赴かなくてはならない。
が、今はとにかく結婚である! 初夜である!! 脱童貞である!!!
部屋にあったクッションの上にチェリー様を置き、その前に両膝をついた。
「ははーっ」
崇めるようなポーズを取って一礼する。
「ありがとうございまする! これもあなた様のおかげ!」
恙無く童貞喪失できますようにと、手を合わせたりひれ伏したりして、お祈りをした。
*
「えっ? 結婚なさるですって!? あの騎士とですか!?」
事の次第を話すとベティはもちろん驚いていた。
「あの男で……大丈夫なんですか?」
彼女は手放しでは喜ばなかった。どうやらベティはロイドをあまりよく思っていないらしい。出会った時の状況を考えれば致し方ない気もする。
「ええ。私から申し込んだの」
「デボラ様から!」
ロイドは……もしかしたら本当に建国神セイクリッドがデボラのお願いを聞いて、送り出してくれた男性なのかもしれない。
彼はデボラを庇うようにマキシムの前に立ち……追い返してくれた。
きっと、シラカの現状に心を痛めたのだろう。正義感の強い男性だと思う。
「デ、デボラ様……あと二か月もあるんです。なにも、あんな男で妥協しなくたって」
「あ、あんなって……彼は、真面目で良い人だと思うわ。それに、私はもう二か月しかないと考えているの」
「王都の騎士だっていう割にはまったく垢抜けてないじゃないですか! それになんですか、あのだみ声!」
確かに彼は純朴な印象で、あまり都会の人間という感じがしない。デボラとしてはそこが素敵だと思ったし、あの掠れた声も……好ましく思った。
「デボラ様、あたしはねえ……」
なんとベティは涙ぐんでいる。彼女はそこまでロイドが気に入らないのだろうか。
「あたしは……デボラ様は素敵な男性に心から愛されて生きていくに相応しい女性だと思うんですよ! それが、こんなことになって……残念でなりません! 何故前のご領主様は亡くなっちまったんでしょう……なんでマキシムの野郎はあんなに嫌な奴なんでしょう! それが悔しいんですよ、あたしは!」
「ま、まあ。ベティ……」
父が生きていれば、デボラは父が選んだ男性と一緒になったであろう。でも、その相手に好感を抱けたかどうかは分からない。もちろん父はデボラが嫌がる相手と結婚させたりはしない筈だが……それがロイド・バークレイほどに素敵な相手とは限らないのだ。
この人とならば一緒に暮らしたいと思えたからこそ、デボラは求婚した。むしろ自分で選べたのは幸運だとすら思っている。
「ああああ、デボラ様。あんな男に参っちまったんですかあ」
「ま、参るというか……あの、ベティ。彼はあなたの思うような人ではないわ。そのうちあなたも見方が変わるはずよ」
「……デボラ様。あたし、言おうか言うまいか迷ってたんです。けど、あの男と結婚式を挙げちまう前に、言いますよ」
「え? ええ……」
ベティはぐいと顔を寄せ、小声になる。
「あの男、ヘンな宗教やってますよ」
「……え?」
「あたし、さっき見ちまったんです。床にひれ伏して、見たこともないお祈りしてたんですよ!」
「な、なんですって」
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