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第2章 Viva! Stupid People
06.魁!!脱童貞塾
しおりを挟む童貞神チェリー様とは、シラカへ迷い込んだ際に拾った石で、ロイドの脱童貞のお守りである。
「ふうん、なるほどねえ……」
ロイドからチェリー様のことを聞き出した司祭は、相変わらずそれをつまんでプラプラと振っている。なかなか返してくれないのである。
「つまり君は、これを拾った時点では童貞だったわけだ。なるほど、なるほど」
「う、うう……」
痛いところを突かれて思わず胸を押さえた。
「まあ、そうだと思ってましたけどね」
「ええっ?」
なんと司祭にはばれていたらしい。
ベティはロイドのことを遊び慣れた都会の男だと判断していたようなのに。
やはり神に仕える者には特別な力があるのだろうか。
すると司祭は鼻で笑った。
「バレバレでしたよ! あんなへっぴり腰で誓いのキスをする世慣れた男がいますか!」
ロイドはキスの失敗を思い出した。
歯がぶつかって上手くできなかったのは自分でもわかっていたが、司祭が誓いのキスをするよう何度も促しているのにグズグズモタモタした挙句、腰が引けたまま唇だけを突き出していたらしい。
絵面を頭の中で思い浮かべてみる。うん、確かにかっこ悪い。
その情けない光景をベティも見ていた筈だが、彼女は分からなかったのだろうか。
「まあ、ベティさんは『大事な大事なデボラ様が、ぽっと出の男に頼らざるを得なくなる状況に陥ってしまった』……悔しいのと、心配なのとでいっぱいいっぱいでしたでしょうからね」
「そうですよね……」
ロイドはなんとなくベティを苦手としているが、彼女の気持ちも分かる。ベティはベティなりにデボラを守ろうとしているのだ。
「で、チェリー様のご加護もあって、ロイドくんは無事童貞を卒業したわけだ! いいですね、いいですねえ~」
「……。」
それが全然よくないのだ。
ロイドは黙り込んでしまった。
「やっぱり覚えたての時って、昼夜問わずどこでもヤりまくっちゃうでしょ? そうやってシラカの次の世代が生まれてくるわけですね~」
司祭はまた聖職者らしからぬ発言をしているが、ロイドももう慣れてきた。それよりも、早く話題を変えてほしい。それで、チェリー様を返してほしい……。
どう切り抜けようかと考えていると、司祭はニヤニヤ笑いながら、耳の下くらいを指さした。
「今だって、そんなキスマークなんかつけちゃって。新婚さんは熱いですねえ。でもちょっとくらい、隠してくださいよ、もう~」
「えっ?」
驚いて耳の下に触れてみる。そういえば、少し痛痒い気がした。藪に顔を突っ込んだりしたから、虫に刺されたのだろう。
「いや、これはさっき、虫に刺されたみたいで……」
ロイドは司祭の言った「キスマーク」を想像した。
便箋やハンカチに、女性の口紅がついているやつだ。あと、旦那さんのシャツとかについていて、それを見た奥さんが「あなた、浮気してるわね!」となるやつ。
間近で見たことはないが、演劇などの小道具に使われているのを目にしたことはある。
「それに、デボラ殿は普段、口紅とか使わないみたいですから。キスマークがついたりしませんよ」
そう言った途端、司祭が真顔になった。
「ロイドくん、それ、本気で言ってるの?」
「え……? はあ」
どこが冗談に聞こえたのだろう。不思議に思った。
「ロイドくん、色々試してないでしょ。ひょっとして、入れて出してるだけ?」
「えっ?」
司祭の言う「入れて出す」に関しては、「入れる前に出しちゃった」が正しい。そしてその後は入れられる状態にならないのだ……。しかし、色々試すって、なんだろう?
「そりゃ入れて出せば子作りは出来ますけどね、でも、ダメですよ~。そんなんじゃ、女性の方は乗り気にならないですよ? 脱童貞を果たしたのなら、次はデボラ様が悦ぶように頑張らないと!」
司祭はすっかりロイドを非童貞と決めつけて、レベルの高いアドバイス──ロイドにとっては、だが──を始めた。
「し、司祭殿、あの……」
「いいですか? 色々試して、どんどん開発してあげるんですよ!」
「あ、あぅ……」
「ロイドくん、さっきから何を恥ずかしがっているんですか! まったく、童貞じゃあるまいし……」
「ど、童貞です……」
「入れて出してるだけじゃ、デボラ様だって苦痛に……ん? なんですって?」
「童貞なんです、まだ……」
熱弁を振るう司祭に対し、ロイドはだんだん居たたまれなくなってきて、とうとう白状した。
先ほどのキスマーク云々の時よりも、司祭は真顔になって固まっている。
「え、ええと、ロイドくん……?」
「はい……」
「結婚式の翌日、バルコニーからシーツをぶら下げてたと思うんですが」
この周辺の風習で、結婚が成立したことを領民たちに知らせるため、初夜のシーツをぶら下げるという羞恥プレイをロイドは受けなくてはならなかった。
現在シラカの領民は殆どおらず、デボラの目的も「結婚がはったりではなかったことをマキシムに見せつけるため」であったから、大勢の目に入ったわけではないが……それでも、血の付いたシーツがバルコニーからぶら下げられる光景は、ロイドにとってはなんだか異様なものだった。
そしてシーツに付着した血。あれはデボラが手のひらを傷つけて垂らしたものだ。それも、ロイドが夫の義務を完遂できなかったから。
風習を知らなかったとはいえ、それをデボラにやらせてしまったこともまた、ロイドの心に暗い影を落としていた。
「なんと……つまり、君たちはまだ本当の夫婦になっていなかったんですね。まあ、処女と童貞が初夜で失敗する話はたまに耳にしますけどね」
「え、た、たまに……あるんですか?」
いつ、どこで、誰から聞くんだろう。懺悔とかでだろうか。男女のあれこれを懺悔する人なんているのだろうか。本当に謎の多い人だ。
「けど、何回か試してるうちに、それなりに形になってくるものでしょう? どうしても入らないの? デボラ様が痛がってるから遠慮しちゃうとか?」
「あー……いや、その……」
ロイドは試せなくなってしまったのだ。
経験豊富を気取った挙句失敗して、なんというか……自分という人間そのものがダメな気がした。そして勃起不全に陥り、自分はますますダメな奴だとふさぎ込む。その悪循環から抜け出せなくなっている。
「それで、このチェリー様を取り戻せば、勃起不全から回復すると……?」
「え、ええ。まあ、神頼みってやつに近いと思うんですけど」
「ふーん……」
司祭は自分の手の中にある茶色くて細長い物体をじっと見下ろし、
「ばかばかしい」
そう言って窓の外に向き直ると、振りかぶって投げ捨ててしまった。
「う、うわああっ! な、何するんですか!」
ロイドはチェリー様を拾いに行こうとしたが、司祭はロイドの肩をぐっと掴んで止めた。
「待ちなさい、ロイドくん!」
「離してくださいよ、俺、あれがないと……」
「あんなもの、あろうがなかろうが、童貞は童貞、インポはインポです!」
「あ、あんなものって……」
「何度でも言いますよ、あんなもの、ウンコに似てるただの石じゃないですか!」
「けど俺には……今の俺には必要なものなんですよ」
「石にお祈りする前に、ロイドくんにはやることがあるでしょう!」
司祭はこれまでになく真剣な表情だ。
ロイドは彼の話を聞くために、司祭と向かい合った。
「デボラ様は、君を世慣れた都会の男性だと思い込んでいる訳でしょう? それが……初夜に抱いてもらえず、その理由も聞かされなかった妻はどう感じると思いますか?」
「あ……」
ロイドは、そんな風にデボラの気持ちを考えたことがなかった。
「童貞だからかっこ悪い、失敗したらかっこ悪い……君は、自分の体裁ばかりを取り繕おうとしています。今大切なのは、デボラ様の気持ちなんじゃないですか?」
「は、はい……」
お説教されてシュンとなるのは、子供の頃以来だ。
「け、けど……デボラ殿は綺麗で可愛くて妖精みたいで……彼女の傍にいると、俺、緊張して……思うように振る舞えないんです」
「ロイドくん、君、よほど女性に縁がなかったんですね。ちょっと優しくされるとすぐ好きになっちゃったりしてたでしょう」
「うっ……」
その通りである。夢に出てきたのがきっかけで気になりだして好きになってしまった娘もいる。もちろんその娘とは何もなかったが。
「君は女性に夢を見過ぎなんですよ。女性だって我々と同じ人間です。ゲロだって吐くしウンコもするんですよ。デボラ様だって……」
「う、うわあ! やめてやめてデボラ殿はそんなことしない!」
「それがいけないと言っているんです!」
ロイドが司祭を黙らせようとして手をばたばた動かすと、彼は鋭くロイドを睨んで怒鳴りつけた。
「そりゃデボラ様は綺麗で優しい方ですよ。けどロイドくん、君のそれは幻想です! 自分の幻想を守ろうとして都合の悪いことから目をそらす! だからいつまで経っても君は童貞なんだ!!!」
「……!」
司祭にそう言われ、指まで突き付けられたロイドは愕然とした。
頭を鈍器で殴られたら自分の身体を覆っていた何かがパリパリ剥がれて、新しい自分が出てきた、そんな感覚だった。
「あの、司祭殿……俺、デボラ殿と話してみます。かっこ悪いとか思われるかもしれないけど……正直に話してみます!」
その言葉に司祭は大きく頷いた。
「その意気です、男は度胸!」
「男は度胸!」
ロイドも復唱しながら頷いた。
「知らぬは亭主ばかりなり!」
「知らぬは亭主……えっ?」
「繰り返して、ほら! リピートアフターミー! いつまでもあると思うな親と金!」
「い、いつまでも! あると思うな親と金!」
「パイオツカイデー!」
「パイオツカイデー!」
最後の方……というか最初以外は訳が分からなかったが、司祭の勢いに飲まれてロイドは叫ぶ。
司祭はまたまた頷きながら、ロイドの背中をばしっと叩いた。
「よろしい! さあ、ロイドくん! 男になって来なさい!」
「はい! 行ってきます!!」
*
デボラは滝の流れ落ちるさまを見つめていた。
夢では、この小さな滝壺から女神さまが姿を現したのだ。そしてデボラに童貞のロイドをくれると言った……。
予知夢を見る人がいると言うけれど、さすがに女神さまが現れることはないだろう。
自分がまだ子供だったなら、ここでワクワクしながら女神さまを待っていたかもしれないが、さすがにそれは現実には起こり得ないことだと、大人のデボラは知っている。
しばらく滝を眺めていたが、自嘲気味に笑いともため息ともつかぬものを吐き出し、城の中へ戻ろうとした。
その時、黒っぽい何かが飛んできて、デボラの足元に落ちる。
「……!?」
排泄物が飛んで来たように見えて、デボラは後退した。
どうしてこんなものが飛んでくるのだろう、誰かの悪戯だろうか、ひょっとしてマキシムの嫌がらせ……そこまで考えた。そしてなんとなく、見覚えのある色と形と艶だと気づいた。
「これは……」
初めて会った時に、ロイドが持っていたものだ。
拾い上げ、この石が飛んできたと思われる方を見やる。
礼拝堂の窓が開いており、
「パイオツカイデー!」
「パイオツカイデー!」
司祭とロイドの声が聞こえた。呪文のような言葉で、意味は分からない。
石を投げて呪文を唱える……妙な儀式やまじないの様に思えた。
前にベティが、ロイドはヘンな宗教をやっていると言っていたことがあったが……司祭と一緒に唱えているのだから、聖書の一節か何かだと思う。
はたして、聖書にそんな言葉は載っていただろうかと考えていると、礼拝堂からロイドが出てきた。
彼はデボラの姿を見つけ、いったん立ち止まったが、やがてゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
デボラは彼に石を差し出した。
「こちらは、ロイド様の持ち物ですよね」
「あ、ああ」
ロイドは石とデボラを見比べ、決まり悪そうに頭をかいた。
「ひょっとして、私が手を触れてはいけないものでしたか? 何かの儀式の途中とかで……」
「あ、いや! そんなことはないんだ! 司祭殿が勝手に放り投げちゃって」
「まあ、司祭様が?」
ロイドはこの石を大切にしていた筈だ。それを放り投げるなんて、司祭は何を考えているのだろう。
礼拝堂の方を見ると、窓から司祭が顔を出している。
彼はデボラと目が合うと、両手の親指を立てて叫んだ。
「新婚さんは熱いですね! ヒューヒュー!」
「……。」
そこでロイドがデボラの手を引いた。
「デ、デボラ殿。あっちへ行こう。えーと、司祭殿から見えないところに」
「え、ええ」
「ブラッドベリ司祭って、ふざけてるかと思えば急にまともなこと言ったりして……よくわかんない人だよな」
「司祭様は、ここに来た時からそんな感じです」
「あはは……じゃあ、シラカの人はもう慣れっこなんだ」
「いえ。司祭様の言動にはいつも驚かされます」
「そうなんだ」
司祭について話しながら歩くと、鶏小屋の裏に辿り着いた。
ロイドが立ち止まったので、デボラは石を再び差し出す。
「ロイド様。お返しいたします。大切なものなんですよね?」
「え? あ、ああ。ありがとう……」
彼は上着のポケットに石をしまい込み、暫く生地の上から石の形をなぞっていたが、意を決したように顔を上げた。
「デボラ殿。あの……大事なお話があります!」
「は、はい」
デボラも顔を上げた。
ロイドが何か話したがっていることは分かっていた。
しかしこんなひと気のない場所で、改まって話さなくてはならないこととは……シェリー様のことなのではないかと、デボラは感じていた。
あの珍しい石も、シェリー様に貰ったものなのかもしれない。
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