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第十三話 遠くの姉弟子が腰を抜かした
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ちょうどそのころ、ラエティアから南へ遠く離れた、レバディア王国南東国境付近のタナイス領。
屋敷の前で、郵便配達人から一通の手紙を受け取った紫色の髪の錬金術師が、腰を抜かしていた。
「ひえええ……!?」
通りすがりの馴染みの冒険者が驚き、手を貸して起き上がらせる。錆鉄色の額当てと胸当てを付け、それに大剣を背負った二十代後半ほどの屈強な大柄の男性にかかれば、細身の女性の体などひょいと軽く立ち上がってしまう。
「どうした、何か悪い知らせでもあったか?」
「い、いえ、その……師匠たちが」
それだけで馴染みの冒険者は察したようだった。
「ああ……で、どうした? 今度はレバディア王城に爆弾でも投げ込んだか?」
「それやったら重罪人ですよ」
「やりかねないだろうが、あんたの師匠たちは」
「はい。否定できません。いやそうじゃなくて! 大変なんですよ、シノンさん!」
シノンと呼ばれた冒険者は、紫色の髪の錬金術師から手紙を受け取る。読んでも? と目線で許可を求めると、紫色の髪の錬金術師は大きく頷いた。
シノンは手紙の文面を読む。
「何々……『お前の弟弟子をダンジョンへ送り込むことにした。差し当たって、何かダンジョンで使えそうな人材を送ってほしい。ついでに経営計画書も付けておく、こちらも専門家がいれば助言を請いたい。代金として、桃花草などを渡すから取りに来るように』、と」
読んで少しの間、シノンは考え込んだ。この手紙の送り主である『双生の錬金術師』イフィクラテスとイフィゲネイア、彼らとはシノンも面識がある。とにかく規格外で、好き勝手生きている、というイメージしか持っていないが、それでも錬金術師としての腕は抜群、超一流だと知っている。
その二人に、弟子。目の前にいる紫色の髪の錬金術師に、弟弟子ができたようだ。他にはダンジョン、人材を送る、経営計画書、専門家、代金の桃花草。キーワードだけ抜き取ってみると、シノンなら「ああなるほど」と思える。錬金術師も素材集めのためにダンジョンへ潜ることはあるし、シノンも冒険者として数多のダンジョンを攻略してきた。しかし、経営計画書とは何だろうか、首を傾げる。
痺れを切らした紫色の髪の錬金術師は、叫ぶ。
「弟弟子って! 何それ!?」
「まあまあ、そうか、あの二人はまだ弟子を取る気はあるんだな」
「らしいですよ! っていうか、ダンジョン! 私、行ったことないですけど、危ないところですよね?」
「そうだな、あの二人なら問題ないだろうが……ただの錬金術師が一般的なダンジョンに入って無事帰ってこられるかと言うと、難しいだろうな。普通は冒険者たちとパーティを組んで、何ヶ月もかけて遠征をするものだからな」
もちろん、それは大掛かりなダンジョン攻略を前提としたパーティだが、どんなダンジョンでも外からでは中の様子が窺えない以上、念には念を入れて大人数で装備を整えていくものだ。維持されているダンジョンにしたって危ないことには変わらない、だからこそ冒険者が食いっぱぐれないのだ。
そんなことを、目の前の——紫色のお下げをぴょこぴょこ揺らして慌てふためく、十九歳になったばかりの錬金術師の彼女は知らないだろう。知っていても、錬金術師にとってダンジョンは危険だという先入観を捨て去ることはできないに違いない。
シノンとしては、故郷ラエティアには危険なモンスターは時折現れるものの、それほど大規模なダンジョンはないと知っている。それにあの二人がいるのだから、そんなに慌てなくても——と伝える前に、紫色の髪の錬金術師はシノンにしがみついてきた。
「シノンさん、緊急で依頼したいことができました! 急いで行ってきてください!」
「いやまあ、それはいいんだが」
「ついでに植物の調査でヤナも一緒に! 新婚旅行と思って、ラエティア行ってきてください! 私が行きたいですけど仕事すっごい溜まってて!」
「分かったから落ち着け。あんたも領主になって一年以上経つんだぞ、少しはどっしり構えてくれ、ロッタ」
シノンは遠慮なく、彼女の襟を掴んで、自分から引き剥がした。お互い既婚者なのでそうベタベタするわけにはいかない、たとえそう見えなくても。
涙目になっている、紫色のお下げの、どう見ても少女にしか見えないその錬金術師こそ——タナイス領主であり『双生の錬金術師』の弟子である、『東方の錬金術師』ロッタ・クラルス・スウァルトだった。
屋敷の前で、郵便配達人から一通の手紙を受け取った紫色の髪の錬金術師が、腰を抜かしていた。
「ひえええ……!?」
通りすがりの馴染みの冒険者が驚き、手を貸して起き上がらせる。錆鉄色の額当てと胸当てを付け、それに大剣を背負った二十代後半ほどの屈強な大柄の男性にかかれば、細身の女性の体などひょいと軽く立ち上がってしまう。
「どうした、何か悪い知らせでもあったか?」
「い、いえ、その……師匠たちが」
それだけで馴染みの冒険者は察したようだった。
「ああ……で、どうした? 今度はレバディア王城に爆弾でも投げ込んだか?」
「それやったら重罪人ですよ」
「やりかねないだろうが、あんたの師匠たちは」
「はい。否定できません。いやそうじゃなくて! 大変なんですよ、シノンさん!」
シノンと呼ばれた冒険者は、紫色の髪の錬金術師から手紙を受け取る。読んでも? と目線で許可を求めると、紫色の髪の錬金術師は大きく頷いた。
シノンは手紙の文面を読む。
「何々……『お前の弟弟子をダンジョンへ送り込むことにした。差し当たって、何かダンジョンで使えそうな人材を送ってほしい。ついでに経営計画書も付けておく、こちらも専門家がいれば助言を請いたい。代金として、桃花草などを渡すから取りに来るように』、と」
読んで少しの間、シノンは考え込んだ。この手紙の送り主である『双生の錬金術師』イフィクラテスとイフィゲネイア、彼らとはシノンも面識がある。とにかく規格外で、好き勝手生きている、というイメージしか持っていないが、それでも錬金術師としての腕は抜群、超一流だと知っている。
その二人に、弟子。目の前にいる紫色の髪の錬金術師に、弟弟子ができたようだ。他にはダンジョン、人材を送る、経営計画書、専門家、代金の桃花草。キーワードだけ抜き取ってみると、シノンなら「ああなるほど」と思える。錬金術師も素材集めのためにダンジョンへ潜ることはあるし、シノンも冒険者として数多のダンジョンを攻略してきた。しかし、経営計画書とは何だろうか、首を傾げる。
痺れを切らした紫色の髪の錬金術師は、叫ぶ。
「弟弟子って! 何それ!?」
「まあまあ、そうか、あの二人はまだ弟子を取る気はあるんだな」
「らしいですよ! っていうか、ダンジョン! 私、行ったことないですけど、危ないところですよね?」
「そうだな、あの二人なら問題ないだろうが……ただの錬金術師が一般的なダンジョンに入って無事帰ってこられるかと言うと、難しいだろうな。普通は冒険者たちとパーティを組んで、何ヶ月もかけて遠征をするものだからな」
もちろん、それは大掛かりなダンジョン攻略を前提としたパーティだが、どんなダンジョンでも外からでは中の様子が窺えない以上、念には念を入れて大人数で装備を整えていくものだ。維持されているダンジョンにしたって危ないことには変わらない、だからこそ冒険者が食いっぱぐれないのだ。
そんなことを、目の前の——紫色のお下げをぴょこぴょこ揺らして慌てふためく、十九歳になったばかりの錬金術師の彼女は知らないだろう。知っていても、錬金術師にとってダンジョンは危険だという先入観を捨て去ることはできないに違いない。
シノンとしては、故郷ラエティアには危険なモンスターは時折現れるものの、それほど大規模なダンジョンはないと知っている。それにあの二人がいるのだから、そんなに慌てなくても——と伝える前に、紫色の髪の錬金術師はシノンにしがみついてきた。
「シノンさん、緊急で依頼したいことができました! 急いで行ってきてください!」
「いやまあ、それはいいんだが」
「ついでに植物の調査でヤナも一緒に! 新婚旅行と思って、ラエティア行ってきてください! 私が行きたいですけど仕事すっごい溜まってて!」
「分かったから落ち着け。あんたも領主になって一年以上経つんだぞ、少しはどっしり構えてくれ、ロッタ」
シノンは遠慮なく、彼女の襟を掴んで、自分から引き剥がした。お互い既婚者なのでそうベタベタするわけにはいかない、たとえそう見えなくても。
涙目になっている、紫色のお下げの、どう見ても少女にしか見えないその錬金術師こそ——タナイス領主であり『双生の錬金術師』の弟子である、『東方の錬金術師』ロッタ・クラルス・スウァルトだった。
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