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第六話
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ミルッカはつぶやきます。
「平民だからって、勉強して悪いわけがないのに」
「仕方ないよ。貴族の坊ちゃんからすれば、平民の俺が視界に入ることが気に食わないんだろ。だって俺、一番成績いいから一番前の席だしな!」
アルマスは強気です。ミルッカを心配させまいと、明るく振る舞っていることが一目で分かります。
——どうにかしてあげられたら。
——でも、たった十歳の私に何ができるというの。
——お父様やお母様に頼んでみる? いいえ、お金持ちの同情で、なんてアルマスは嫌がるに決まっている。
ミルッカのもやもやは晴れません。工芸茶を作れるということ自体とんでもないことで、十分にアルマスのためになったと分かってはいるのですが、ミルッカは全然満足していません。
そこへ、客間の前の廊下を通りすがった一人の赤毛の男性が、ミルッカとアルマスを見つけて声をかけてきました。
「おや、小さなお客さんがいたのか。久しぶりだね、アルマス」
「マークおじさん!」
アルマスが跳ねるように男性のもとへ飛んでいきます。ぴょこぴょこと飼い主を見つけた子犬のようです。
ミルッカの母方の叔父、マークは一流の縫製職人です。少し頬が痩けて猫っ毛の赤毛が撥ねていますが、優しそうな顔の三十路の男性です。普段は山奥に住んでいるのですが、アルマスの祖父が作る上質な服飾生地をよく注文して取りに来ていて、王都の滞在にはいつもミルッカの屋敷を使っていました。
「マークおじさま、いらしていたのですね」
「ああ、仕事の他にもカレヴィ先生と約束があってね。それは?」
それ、とマークが指差したのは、ガラスのティーポットです。
ミルッカとアルマスは、マークに事情を話しました。王女様のお茶会にふさわしいものを選んでいる、そのことについてはマークも知っているようで、なるほど、と子どもの言うことだからと馬鹿にせず、真剣に聞き入っていました。
「ふむ、王女様に似合うもの、か」
ガラスのティーポットから開いたカミツレの花を一つ取り出し、手のひらに指先で広げながら、マークは自分の構想を語ります。
「エリヴィラ王女様なら、白いオーガンジー刺繍なんかお似合いだろうね。カミツレをモチーフに隙間なく刺繍して、お印のリボンフラワーの紋章も薄く金糸や銀糸で入れておくと美しいかな。大体密集した刺繍柄だと派手すぎて合わせづらいんだが、王女様ほどの目鼻立ちのはっきりした美人なら問題ないだろうし」
スラスラと語るマークに、ミルッカとアルマスは驚きました。そこまで真面目に考えてくれるとは、思ってもみなかったからです。
しかし、これはチャンスです。ミルッカは身を乗り出して、マークへ頼みます。
「おじさま、急ぎでお願いがあるんだけれど」
「うん?」
ミルッカの提案に——マークは「へえ、いいじゃないか。やってみよう」とあっさり応じて、楽しげに去っていきました。
これで準備は万端です。あとは、アルマスが王城へ書類を提出して無事王女様のお茶会に招待されるよう、祈るだけです。
「平民だからって、勉強して悪いわけがないのに」
「仕方ないよ。貴族の坊ちゃんからすれば、平民の俺が視界に入ることが気に食わないんだろ。だって俺、一番成績いいから一番前の席だしな!」
アルマスは強気です。ミルッカを心配させまいと、明るく振る舞っていることが一目で分かります。
——どうにかしてあげられたら。
——でも、たった十歳の私に何ができるというの。
——お父様やお母様に頼んでみる? いいえ、お金持ちの同情で、なんてアルマスは嫌がるに決まっている。
ミルッカのもやもやは晴れません。工芸茶を作れるということ自体とんでもないことで、十分にアルマスのためになったと分かってはいるのですが、ミルッカは全然満足していません。
そこへ、客間の前の廊下を通りすがった一人の赤毛の男性が、ミルッカとアルマスを見つけて声をかけてきました。
「おや、小さなお客さんがいたのか。久しぶりだね、アルマス」
「マークおじさん!」
アルマスが跳ねるように男性のもとへ飛んでいきます。ぴょこぴょこと飼い主を見つけた子犬のようです。
ミルッカの母方の叔父、マークは一流の縫製職人です。少し頬が痩けて猫っ毛の赤毛が撥ねていますが、優しそうな顔の三十路の男性です。普段は山奥に住んでいるのですが、アルマスの祖父が作る上質な服飾生地をよく注文して取りに来ていて、王都の滞在にはいつもミルッカの屋敷を使っていました。
「マークおじさま、いらしていたのですね」
「ああ、仕事の他にもカレヴィ先生と約束があってね。それは?」
それ、とマークが指差したのは、ガラスのティーポットです。
ミルッカとアルマスは、マークに事情を話しました。王女様のお茶会にふさわしいものを選んでいる、そのことについてはマークも知っているようで、なるほど、と子どもの言うことだからと馬鹿にせず、真剣に聞き入っていました。
「ふむ、王女様に似合うもの、か」
ガラスのティーポットから開いたカミツレの花を一つ取り出し、手のひらに指先で広げながら、マークは自分の構想を語ります。
「エリヴィラ王女様なら、白いオーガンジー刺繍なんかお似合いだろうね。カミツレをモチーフに隙間なく刺繍して、お印のリボンフラワーの紋章も薄く金糸や銀糸で入れておくと美しいかな。大体密集した刺繍柄だと派手すぎて合わせづらいんだが、王女様ほどの目鼻立ちのはっきりした美人なら問題ないだろうし」
スラスラと語るマークに、ミルッカとアルマスは驚きました。そこまで真面目に考えてくれるとは、思ってもみなかったからです。
しかし、これはチャンスです。ミルッカは身を乗り出して、マークへ頼みます。
「おじさま、急ぎでお願いがあるんだけれど」
「うん?」
ミルッカの提案に——マークは「へえ、いいじゃないか。やってみよう」とあっさり応じて、楽しげに去っていきました。
これで準備は万端です。あとは、アルマスが王城へ書類を提出して無事王女様のお茶会に招待されるよう、祈るだけです。
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