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第五話
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翌日、客間にお呼ばれしたアルマスは、ローテーブルの上にある茶器一式といくつもある皿や袋を見て目を丸くしていました。
「何だこれ」
アルマスは、透明なガラスのふくよかなティーポットを指先でつつきます。ふたに水蒸気がびっしりと細かくついているので、ティーポットの中はお湯で満たされているはずですが、沈んでいる細かい茶葉から抽出されたと思しき、茶がかった黄緑色の液体の水面には、たくさんの小さな白い花がまるで花畑のように浮かんでいます。真ん中には、沈んでいる丸い茶葉の塊とそこから生えているかのような一輪の花。これも白系の色をしていて、六枚の花びらがふわふわと開いて浮いていました。
「底の茶葉は砕いて丸めた紅茶、ハーブだけだと味わいが薄いからお茶会には向かないと思って」
「へー。このボールは? ガラスのティーポットも初めて見るよ、俺」
まじまじとティーポットを覗くアルマスへ、ミルッカは得意げに説明します。
「これはお湯を注ぐと花が開く、工芸茶っていうものなの。昔、本で見たことがあったから、作り方を調べて昨日あり合わせの材料で作ってみたわ」
「え、お前が? 作った? す、すげー!」
「うん。それでね、これは見た目重視にし放題だから、殿下のお好きなカミツレを入れてみたらどうかと思って。それとオレンジピールとハチミツ、生姜も。今日はこっちのお皿にすりおろした搾り汁を用意しているから、それぞれ入れて飲んでみてほしいの」
ティーポットの周りに用意された皿の中には、細かく刻んだオレンジピール、生姜の搾り汁、ハチミツが少しずつ入っています。ミルッカは薬の調合をするように、テキパキとガラスのティーカップへそれらをスプーン一杯ずつ入れて、お茶を注ぎます。
ガラスのティーカップからはふんわりと濃い紅茶の香りが立ち上りますが、その中には爽やかな柑橘の香りもあり、カミツレの甘い香りも混ざっています。
「出来上がり。飲んでみて」
ミルッカの差し出したガラスのティーカップを、アルマスはそろりと受け取り、息を吹きかけて冷ましてから、一口ずつ飲みます。
じっと見つめるミルッカへ、味わいを何度も確かめ、アルマスは素直に答えました。
「俺、紅茶なんてお前の家に来たときしか飲まないから良し悪しが分かんないけど、王女様はこういうの好きなの?」
「多分ね。見た目重視のお茶に、紅茶や隠し味を混ぜたものだから、厳密にはハーブティーとは言わないかもしれないけれど」
それでもこの国の通商網には流通しておらず、完全にミルッカオリジナルのお茶です。健康にもいいし、何より野草を混ぜただけのハーブティーや濃く煮出しただけの紅茶よりはずっと上品でしょう。
「よし、じゃあミルッカ、お茶会の分を用意してくれるか?」
「うん、作っておくね」
「助かるよ! おっと、俺はお茶会の申し込みをしとかないとな」
アルマスは満面の笑みで、ミルッカに感謝してくれています。その顔を見ると、やってよかった、役に立ってよかった、とミルッカは思うのですが——ほんの少しのわだかまりが、チクチクとミルッカの胸を刺します。
——もし成功したら、アルマスはエリヴィラ王女殿下と婚約するのかな。好きなのかな、それとも出世のためかな。ううん、アルマスに限っては、そんな理由で誰かと結婚したりしない、はず。
ミルッカはそんな悩みを振り払うように、別の話題へ切り替えました。
「ねえ、アルマス。学校、どう?」
一瞬、アルマスはきょとんとして、それから明らかに、不器用な愛想笑いを浮かべました。
「大丈夫だよ。いじめられるのはいつものことだし」
やっぱり、そうなのです。アルマスはいつも、王立高等学校でいじめられていました。
いじめられる理由など些細なことです。アルマスが貧乏な家の出で、平民だから。たったそれだけです。他の生徒は平民でも裕福な家の出か、貴族の家柄の子女だけなのです。その上、アルマスは飛び級の中途入学という完全なイレギュラーで王立高等学校に入ったものですから、何かと目立ってしまいます。
そんな居心地の悪いところでも将来のためには我慢しなくてはならず、アルマスはたびたびミルッカの屋敷にやってきては参考書や辞書を借りていきます。ずっと昔、ミルッカの母エイダの弟、つまり叔父のマークがアルマスの祖父と知己で、同年代の友達がいないミルッカのためにアルマスを紹介してくれたことが縁で知り合いましたが、アルマスは学校に行く資金がなくて、代わりにミルッカの屋敷にやってきてあらゆる本を貪るように読んでいたのです。そのうち平民学校の教師が偶然アルマスを見出し、王立高等学校への推薦状を得て——傍から見ればトントン拍子で出世街道に乗ったように見えるでしょうが、ミルッカにはそうは思えませんでした。
「何だこれ」
アルマスは、透明なガラスのふくよかなティーポットを指先でつつきます。ふたに水蒸気がびっしりと細かくついているので、ティーポットの中はお湯で満たされているはずですが、沈んでいる細かい茶葉から抽出されたと思しき、茶がかった黄緑色の液体の水面には、たくさんの小さな白い花がまるで花畑のように浮かんでいます。真ん中には、沈んでいる丸い茶葉の塊とそこから生えているかのような一輪の花。これも白系の色をしていて、六枚の花びらがふわふわと開いて浮いていました。
「底の茶葉は砕いて丸めた紅茶、ハーブだけだと味わいが薄いからお茶会には向かないと思って」
「へー。このボールは? ガラスのティーポットも初めて見るよ、俺」
まじまじとティーポットを覗くアルマスへ、ミルッカは得意げに説明します。
「これはお湯を注ぐと花が開く、工芸茶っていうものなの。昔、本で見たことがあったから、作り方を調べて昨日あり合わせの材料で作ってみたわ」
「え、お前が? 作った? す、すげー!」
「うん。それでね、これは見た目重視にし放題だから、殿下のお好きなカミツレを入れてみたらどうかと思って。それとオレンジピールとハチミツ、生姜も。今日はこっちのお皿にすりおろした搾り汁を用意しているから、それぞれ入れて飲んでみてほしいの」
ティーポットの周りに用意された皿の中には、細かく刻んだオレンジピール、生姜の搾り汁、ハチミツが少しずつ入っています。ミルッカは薬の調合をするように、テキパキとガラスのティーカップへそれらをスプーン一杯ずつ入れて、お茶を注ぎます。
ガラスのティーカップからはふんわりと濃い紅茶の香りが立ち上りますが、その中には爽やかな柑橘の香りもあり、カミツレの甘い香りも混ざっています。
「出来上がり。飲んでみて」
ミルッカの差し出したガラスのティーカップを、アルマスはそろりと受け取り、息を吹きかけて冷ましてから、一口ずつ飲みます。
じっと見つめるミルッカへ、味わいを何度も確かめ、アルマスは素直に答えました。
「俺、紅茶なんてお前の家に来たときしか飲まないから良し悪しが分かんないけど、王女様はこういうの好きなの?」
「多分ね。見た目重視のお茶に、紅茶や隠し味を混ぜたものだから、厳密にはハーブティーとは言わないかもしれないけれど」
それでもこの国の通商網には流通しておらず、完全にミルッカオリジナルのお茶です。健康にもいいし、何より野草を混ぜただけのハーブティーや濃く煮出しただけの紅茶よりはずっと上品でしょう。
「よし、じゃあミルッカ、お茶会の分を用意してくれるか?」
「うん、作っておくね」
「助かるよ! おっと、俺はお茶会の申し込みをしとかないとな」
アルマスは満面の笑みで、ミルッカに感謝してくれています。その顔を見ると、やってよかった、役に立ってよかった、とミルッカは思うのですが——ほんの少しのわだかまりが、チクチクとミルッカの胸を刺します。
——もし成功したら、アルマスはエリヴィラ王女殿下と婚約するのかな。好きなのかな、それとも出世のためかな。ううん、アルマスに限っては、そんな理由で誰かと結婚したりしない、はず。
ミルッカはそんな悩みを振り払うように、別の話題へ切り替えました。
「ねえ、アルマス。学校、どう?」
一瞬、アルマスはきょとんとして、それから明らかに、不器用な愛想笑いを浮かべました。
「大丈夫だよ。いじめられるのはいつものことだし」
やっぱり、そうなのです。アルマスはいつも、王立高等学校でいじめられていました。
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