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第十一話(胸糞注意・終)
しおりを挟むミリエットもしゃがみ、これからのことを語る。
「パペチュエリー公爵へ、どう書状を送ろうかしら。さらなる懲罰を求める書状? それとも、軽くするよう嘆願書? 私たちにとってはどちらがより正しいかしら?」
相手に見えないと分かっていても、アルマナとミリエットはつい微笑んでしまう。
「教えてくださる? 『糸魚川良大』、『鷺沼ゆり』ご夫妻」
異口同音に問いかけられたそれは、床で縛られ寝転がる男女にとっては最後のチャンスだ。
ペトリールがやってきて、イヴァンこと糸魚川良大とエラこと鷺沼ゆりの猿ぐつわを外す。
回答の権利を得た、と大慌てで彼は声のしたほうへと助命の懇願をしはじめた。
「た、助けてくれ。なあ、俺たち夫婦だったんだろ? いい思いだってさせたじゃないか、飯も食わせて服も買って、子どもだってできてさあ。それなのにこの仕打ちはないだろ?」
それに対し、笑ったままアルマナは問いかける。
「ねえ、私の名前、言える?」
「へ? えっ……伯爵令嬢の」
「ペトリール」
冷たく発せられた、老執事への命令。
ペトリールは釘を、イヴァンの指へと打ちつけた。右手の親指から始め、床を傷つけないように縛られて後ろ手となった右手を背中の上に置いて、突き抜けるように。ペトリールは存外上手に、スムーズにこなしていく。
「ぎゃあああ!?」
「違うわ。前世の名前よ。ねえ、あなたはどう? 私から夫を奪ったあなた、私へ暴力を振るって最高だって言っていた鷺沼ゆりさん?」
「ひぃっ! 違うの違うの、私は」
「何が違うのか分からないわ」
「ひああああっ!」
イヴァンの悲鳴は、片手だけであまりにもうるさかったため、ペトリールに再度猿ぐつわを咬まされた。その悲鳴のせいか、エラは恐怖のあまり声も出ず、泡を吹いている。両者とも顔から涙や涎を、股間から尿を振り撒いて、その悪臭に記録官がわずかにしかめ面を見せた。
立ち上がって、復讐相手が無様にのたうち回る様子を眺めていたアルマナとミリエットは、ペトリールを止める。
「もういいわ。ありがとう、ペトリール」
「これで十分よ。あとはパペチュエリー公爵領で処刑されるだけだから」
「はっ、これ以上は無意味でしょうな。さあ、外へ。後片付けはしておきます」
まだ釘は残っている。ペトリールの言う後片付けが穏便なものではないことをアルマナもミリエットも察していたが、あえて黙っておいた。記録官を伴って、部屋から退出する。
観音扉が重々しく、復讐の緞帳を下ろした。
あとのことは、アルマナもミリエットも関与できることではない。さすがにそれ以上は越権行為だと分かっているため、大人しく父ブライス伯爵のもとへ向かう。
兵士たちに囲まれて椅子に座っていたブライス伯爵は、娘たちが無事であることを確認すると抱きついた。
「よかった、ああ、無事でよかった!」
「ご心配をおかけしましたわ、お父様」
「中でのことは、記録官の記録を読んでくださいまし。それが一番正確ですし、私たちも疲れましたから」
「うむ、そうしよう。もう夜も遅い、早くベッドへ入りなさい」
前世の復讐をしました、などと言えるはずもなく、アルマナとミリエットは記録官に仕事を託す。
書かなくていいことは書いていない記録だが、それ以外は記載しているのだから問題ない。
「記録官、あとはよろしくね」
「はい。きちんと記録しておきましたとも、お二人はしかとお役目を果たされたと」
ブライス伯爵と一礼する記録官を残し、二人はゆっくりと自室へ——二人の寝室を繋ぐプライベートルームに戻っていった。
そこにはすでに、年老いた乳母でメイドのゾフィが、温かいミルクを用意して待ち構えていた。
「ああ、お嬢様方! ご無事ですか? 執事長の言いつけで、あちらに温かいものを用意してございます! 早く!」
「ありがとう、ゾフィ」
「うん、ちょうどよかった」
ソファに座り込み、マグカップに温かいミルクとはちみつをたっぷり入れて、アルマナとミリエットは一息つく。
ゾフィが他のメイドとともに寝室の支度をしている間に、二人はコツンと頭と頭をくっつけて、小さくため息を漏らした。
(疲れたわ)
(うん、疲れた)
(呆気なかった。もうどうでもよくなっちゃってる)
(私も。あんなの、もう忘れちゃっていいわ)
(そうね。互いに忘れた、それでいい。次にやることがあるのだから)
(あの子たちを迎えに、ね?)
復讐は終わった。なら次にやるべきことは、決まっている。
令詩と、名前もつけられなかった子を迎えに行くのだ。
とりあえず、二人はあくびをしながらちびちびとミルクを飲み干す。
その日、アルマナとミリエットは夢を見なかった。恨みつらみの悪霊でも出るかと思いきや拍子抜けして、新しく届いた手紙の封を開けて次の目標へと歩みはじめる。
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