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第八話
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ベルがヴェルグラ侯爵家屋敷に来た翌日。
王都郊外の古城がそのままヴェルグラ侯爵家の屋敷であり、王都警備隊の駐屯地と接している。広がる丘陵一面をヴェルグラ侯爵領から取り寄せた大型馬の放牧場として使い、その一角にある平らな土地を駐屯地の兵士たちの訓練場として貸し出し、ヴェルグラ侯爵家に生まれた男子は代々ここで領兵と駐屯地の兵に混ざって軍人としての教育を受けていく。プランタン王国の王都守備を事実上担っているのはヴェルグラ侯爵家であり、将来的には軍将校の座に就けるよう十分に経験を積んでいかなければならない。
——まあ、私はそのヴェルグラ侯爵家の末の妹で、兄弟中唯一の女子として好き勝手やらせてもらっているけれど。
私はフリルブラウスと長いサテンスカートを、忠次は簡素な濃紺のエプロンドレスを着て、放牧場の入り口から馬と戯れている一人の男性を手を振って呼んでいた。
その男性は馬の背中を叩いてどこかへ走らせ、てくてくとこちらへ歩いてくる。ただ、だんだん近づいてくるにつれ、細身に見える乗馬服ながらその上背の高さが際立ってきた。
忠次など、目を見開いてこう問いかけてきたくらいだ。
「姐さん」
「何?」
「あの鬼みてェな大男が、『あれくさんでる』ですかィ」
鬼とは何だ、私の兄なのに、と言いたくなったが、致し方ない。
特注の乗馬服を着ているその筋骨隆々な大男は、私と同じ金髪碧眼で、もみあげと髭が繋がっているような厳つい顔をしていた。ヴェルグラ侯爵家長兄アレクサンデル、気性は人並みに穏やかで優しいのだが、何せ顔が怖い。子供に泣かれることもままある。あと、走り疲れた仔馬を一人で背負って帰ってきたこともある怪力だ。
素直にびっくりしている忠次へ、私はポンと背中を叩いて安心させる。
「うん、そうなのよ……まあ、ちょっと大兄様と話をするから、黙って聞いていてくれる?」
「へェ」
「大兄様! こちらへ来てくださる!?」
呼びかければ、大男は軽快にやってくる。
アレクサンデルこと大兄様は、見た目によらない軽やかな足取りで私と忠次の前にやってきた。
「どうした、レティ! はっはっは、大きくなったなぁ!」
「それは一昨日も聞いたわ。大兄様、ご結婚はまだよね?」
「うむ、お前も知っているだろう? 俺は女性が苦手でな」
「うん、そうね。でも、今日はこの子とお見合いをしていただきます!」
「何ぃ!?」
私が両肩を掴んでベル——忠次を前に押し出すと、今まで視界に入っていなかったのか大兄様はとんでもなく驚き情けない顔をして、私と忠次を交互に見て、それから口ごもりつつ叫んだ。
「な、ななな……!? ブランモンターニュ伯爵家のご令嬢ではないか!」
王都郊外の古城がそのままヴェルグラ侯爵家の屋敷であり、王都警備隊の駐屯地と接している。広がる丘陵一面をヴェルグラ侯爵領から取り寄せた大型馬の放牧場として使い、その一角にある平らな土地を駐屯地の兵士たちの訓練場として貸し出し、ヴェルグラ侯爵家に生まれた男子は代々ここで領兵と駐屯地の兵に混ざって軍人としての教育を受けていく。プランタン王国の王都守備を事実上担っているのはヴェルグラ侯爵家であり、将来的には軍将校の座に就けるよう十分に経験を積んでいかなければならない。
——まあ、私はそのヴェルグラ侯爵家の末の妹で、兄弟中唯一の女子として好き勝手やらせてもらっているけれど。
私はフリルブラウスと長いサテンスカートを、忠次は簡素な濃紺のエプロンドレスを着て、放牧場の入り口から馬と戯れている一人の男性を手を振って呼んでいた。
その男性は馬の背中を叩いてどこかへ走らせ、てくてくとこちらへ歩いてくる。ただ、だんだん近づいてくるにつれ、細身に見える乗馬服ながらその上背の高さが際立ってきた。
忠次など、目を見開いてこう問いかけてきたくらいだ。
「姐さん」
「何?」
「あの鬼みてェな大男が、『あれくさんでる』ですかィ」
鬼とは何だ、私の兄なのに、と言いたくなったが、致し方ない。
特注の乗馬服を着ているその筋骨隆々な大男は、私と同じ金髪碧眼で、もみあげと髭が繋がっているような厳つい顔をしていた。ヴェルグラ侯爵家長兄アレクサンデル、気性は人並みに穏やかで優しいのだが、何せ顔が怖い。子供に泣かれることもままある。あと、走り疲れた仔馬を一人で背負って帰ってきたこともある怪力だ。
素直にびっくりしている忠次へ、私はポンと背中を叩いて安心させる。
「うん、そうなのよ……まあ、ちょっと大兄様と話をするから、黙って聞いていてくれる?」
「へェ」
「大兄様! こちらへ来てくださる!?」
呼びかければ、大男は軽快にやってくる。
アレクサンデルこと大兄様は、見た目によらない軽やかな足取りで私と忠次の前にやってきた。
「どうした、レティ! はっはっは、大きくなったなぁ!」
「それは一昨日も聞いたわ。大兄様、ご結婚はまだよね?」
「うむ、お前も知っているだろう? 俺は女性が苦手でな」
「うん、そうね。でも、今日はこの子とお見合いをしていただきます!」
「何ぃ!?」
私が両肩を掴んでベル——忠次を前に押し出すと、今まで視界に入っていなかったのか大兄様はとんでもなく驚き情けない顔をして、私と忠次を交互に見て、それから口ごもりつつ叫んだ。
「な、ななな……!? ブランモンターニュ伯爵家のご令嬢ではないか!」
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