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第十一話 私にできること、それは……(下)
しおりを挟むハッとして、私は目を開け、手の力を抜きました。
おかしいですね、私の両手の付近だけ空間が歪んで見えます。魔力を止めると、やがてその変化も消え失せていきましたが、何だったのでしょう。
私は店主と思しき女性の引きつった顔で、自分がやらかしたのだと初めて察しました。
「あ、危なかった……! 重力場ができるなんて、どんな魔力を持っているんだ!?」
「申し訳ございません、夢中になりすぎました」
しおらしく謝ってみせますが、楽しいからとやりすぎたことは黙っておきましょう。ええ。また怖がられるのはごめんですもの。
それで騙し通せたのかは分かりませんが、私は手の中にあったハンカチレースをカウンターへ置き、鑑定してもらいました。
白い亜麻のハンカチレースは、何でしょうこれ、絹糸のように細くつややかで、角度によって色合いを変えています。メッキネクタイのように滑らかな金属のように、あるいは鮮やかな上等なベルベット生地のように、初めて見るものになってしまっています。
それは商品鑑定を生業としてきたであろう店主と思しき女性ですら、何物であるか判定できないようです。唸って首を傾げ、難しい顔をしています。
「亜麻が強い魔導性を帯びて、根本から性質変化しているね。これは、鑑定に時間がかかりそうだ」
ああ、ダメそうです。またダメだった。
私はしょんぼりします。
「何だか、ダメにしてしまったみたいですね」
「いや、まさか。これなら金貨二枚で買おう」
「え? ……え!? 金貨二枚!?」
思わず聞き返してしまいましたが、店主と思しき女性はニヤリと笑って、二本の指を差し示します。
「レース一つに金貨二枚だ。他のレースにも魔力を込めてくれる?」
これが金貨二枚? と私はすっかり変質してしまったハンカチレースと二本指を何度も交互に見つめ、やがて納得するしかないのです。
これはお金になる。だからやるしかない。
私は同じ要領で、残りのレースすべてに魔力を込める作業をその場で始めました。
二回も三回もやれば、大体コツは掴めます。魔力をバッと出してキュッと絞る、そんな感覚です。一つ当たりものの数秒でできるようになり、テキパキやっていけばあら不思議。カウンターには私の魔力の込められたレースの山が出来上がりました。
ただ魔力を込めただけなので、レースを編み上げたときのような満足感はありません。疲労だって特にありませんし、まだまだいけます。しかしレースが尽きましたので、これでおしまいです。
店主と思しき女性は、上機嫌ですべてのレースを仕分け、新しい買取金額を提示してくれました。
「全部で百枚。毎度あり、驚かされたがいい品になってよかったよかった!」
カウンターの下にある金庫から取り出された金貨百枚が、私の前にずらりと並びました。十枚ずつ十本の金貨の柱、それを数えて財布に入れていきます。
ところが、買取金額が大幅アップしたにもかかわらず、人間とは欲が出るもので、喜びよりも足りない不安が先に立ちました。
「まだ足りないわ。うぅん……レースを編むのは、時間がかかりすぎるし」
そんな私の独り言を、店主と思しき女性はちゃんと聞いていました。
そのとき彼女は、私の運命を大きく変える提案をしたのです。
「お嬢さん、ちょっと奥へ。大丈夫、取って食いはしないよ。お金に困っているみたいだし、いい話があるんだ」
「は、はあ」
買い取ったレースを片付けたのち、私は店主と思しき女性について、店の奥への扉をくぐりました。
そこには、これまで見たこともないものが、そしてこれから私の愛機となるものが、私を待っていたのです。
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