22 / 22
第二十二話
しおりを挟む
「姉君におかれてはご機嫌麗しいようで何よりだ。ブランシュは……寝ているのか?」
「あの子は気が小さいから、突然の婚約者の来訪にびっくりしちゃって隠れてしまいましたわ」
「それは申し訳ない!」
「殿下はあの子のことがお好きなのね」
「ああ、もちろんだ!」
ベッドの中で耳を塞いでいても聞こえてくるほどの大声で、リオネルは肯定した。
やり取りのせいでブランシュが赤面していることなど知らず、リオネルは次々と力説する。
「小さいころから可愛らしいし、責任感の強い健気な子だった。だから、先日は大変申し訳ないことをした。身を挺して庇ってくれるなど、俺が不甲斐ないばかりに」
実に悔やまれる、とリオネルは真面目くさって悔しがっている。確かに紳士が淑女に守られるなど、と言う向きもあるだろうが、それ以上にブランシュを傷つけてしまったことを悔やんでいるのだ。
そこへ、デルフィーヌは一計を案じ、とぼけた。
「あら、殿下はどこかでブランちゃんに会われたことが?」
「昔、城で一緒に遊んだことがある! 外で遊ぶことは嫌そうだったが、結局最後までついてきてくれた!」
「そうなのですねぇ」
ブランシュの胸がキュッと締まる。リオネルも小さいときのことを憶えていたのか、それも好印象まで抱いて。予想外の発言に、ブランシュは布団の中で一人わたわたするが、ベッドの外には気付かれない。
「そのときに聞いたんだ。魅了魔法が効かないのは初めてだと」
「確かに、そういう方は滅多にいませんわねぇ」
「トリベール侯爵家は女系の魅了魔法で成り上がった家、と言われているだろう? あながち間違いではないが、やはりそれだけでは何百年と家を保つことはできまい。彼女らの長年の努力あってこそ、侯爵家はそれにふさわしい家格と品位を身に付けたのだろう」
「あらまあ、お褒めに与り光栄ですわ。そんなふうにおっしゃってくださるなんて」
「それにだ! 先日のオービニエ辺境伯の件で確信したが、魅了魔法は対人関係を円滑にするために役立つじゃないか! それならば、ブランシュは俺と一緒にシャルトナー王国の社交界へ行ってもやっていけるに違いない! 他の貴族令嬢ではそんな大舞台は尻込みしてしまう! やはり、ブランシュでなければだめだ!」
——そろそろ名前を連呼するのをやめてほしい。
ブランシュの赤面が限界に近づくころ、デルフィーヌは頃合いを見計らって、ブランシュへ声をかける。
「だそうだけれど、殿方にここまで熱心に説かれると、心動いちゃうわよねぇ」
すっかりブランシュの胸中をお見通しのデルフィーヌには、勝てない。
ブランシュはもぞもぞとベッドから這い出し、リオネルの前に姿を現した。
真っ赤な顔で、恥ずかしがる乙女のように、何度か言葉を詰まらせながらも——叫ぶ。
「わ、分かったから、分かった! 殿下が、す、好きだって言ってくださるなら、その、それに」
興奮し切ったブランシュの前へ、リオネルは歩み寄る。
そして、片膝を突き、ブランシュの手を取った。そのポーズの意味を知らない貴族令嬢はいない、見上げてくるリオネルは爽やかにこう告げた。
「ブランシュ、俺と結婚してほしい。君が好きだし、君がいないとやっていけない」
——婚約、まだ成立していないのに、プロポーズをされてしまった。
ブランシュはついに、観念した。興奮しすぎてふらりとよろけると、そのまま立ち上がったリオネルに抱き抱えられてしまった。
リオネルの頼り甲斐がありすぎる胸の中で、ブランシュは思う。
「何でこうなるの~……嬉しいのと幸せなのがまた悔しい……!」
トリベール侯爵家令嬢ブランシュは、こうしてコシェ王国第一王子リオネルと結ばれましたとさ。
なお、後日中庭で発見された逆さの指輪は、とある誓約の場で使用されることになった。
フローケ伯爵令息ウスターシュが、リオネルへ忠誠を誓う場において、である。ウスターシュはこのあと、リオネルの腹心として何事もなかったように尽くし、ブランシュと何かと意見が対立することになるが、平和なものだったという。
「あの子は気が小さいから、突然の婚約者の来訪にびっくりしちゃって隠れてしまいましたわ」
「それは申し訳ない!」
「殿下はあの子のことがお好きなのね」
「ああ、もちろんだ!」
ベッドの中で耳を塞いでいても聞こえてくるほどの大声で、リオネルは肯定した。
やり取りのせいでブランシュが赤面していることなど知らず、リオネルは次々と力説する。
「小さいころから可愛らしいし、責任感の強い健気な子だった。だから、先日は大変申し訳ないことをした。身を挺して庇ってくれるなど、俺が不甲斐ないばかりに」
実に悔やまれる、とリオネルは真面目くさって悔しがっている。確かに紳士が淑女に守られるなど、と言う向きもあるだろうが、それ以上にブランシュを傷つけてしまったことを悔やんでいるのだ。
そこへ、デルフィーヌは一計を案じ、とぼけた。
「あら、殿下はどこかでブランちゃんに会われたことが?」
「昔、城で一緒に遊んだことがある! 外で遊ぶことは嫌そうだったが、結局最後までついてきてくれた!」
「そうなのですねぇ」
ブランシュの胸がキュッと締まる。リオネルも小さいときのことを憶えていたのか、それも好印象まで抱いて。予想外の発言に、ブランシュは布団の中で一人わたわたするが、ベッドの外には気付かれない。
「そのときに聞いたんだ。魅了魔法が効かないのは初めてだと」
「確かに、そういう方は滅多にいませんわねぇ」
「トリベール侯爵家は女系の魅了魔法で成り上がった家、と言われているだろう? あながち間違いではないが、やはりそれだけでは何百年と家を保つことはできまい。彼女らの長年の努力あってこそ、侯爵家はそれにふさわしい家格と品位を身に付けたのだろう」
「あらまあ、お褒めに与り光栄ですわ。そんなふうにおっしゃってくださるなんて」
「それにだ! 先日のオービニエ辺境伯の件で確信したが、魅了魔法は対人関係を円滑にするために役立つじゃないか! それならば、ブランシュは俺と一緒にシャルトナー王国の社交界へ行ってもやっていけるに違いない! 他の貴族令嬢ではそんな大舞台は尻込みしてしまう! やはり、ブランシュでなければだめだ!」
——そろそろ名前を連呼するのをやめてほしい。
ブランシュの赤面が限界に近づくころ、デルフィーヌは頃合いを見計らって、ブランシュへ声をかける。
「だそうだけれど、殿方にここまで熱心に説かれると、心動いちゃうわよねぇ」
すっかりブランシュの胸中をお見通しのデルフィーヌには、勝てない。
ブランシュはもぞもぞとベッドから這い出し、リオネルの前に姿を現した。
真っ赤な顔で、恥ずかしがる乙女のように、何度か言葉を詰まらせながらも——叫ぶ。
「わ、分かったから、分かった! 殿下が、す、好きだって言ってくださるなら、その、それに」
興奮し切ったブランシュの前へ、リオネルは歩み寄る。
そして、片膝を突き、ブランシュの手を取った。そのポーズの意味を知らない貴族令嬢はいない、見上げてくるリオネルは爽やかにこう告げた。
「ブランシュ、俺と結婚してほしい。君が好きだし、君がいないとやっていけない」
——婚約、まだ成立していないのに、プロポーズをされてしまった。
ブランシュはついに、観念した。興奮しすぎてふらりとよろけると、そのまま立ち上がったリオネルに抱き抱えられてしまった。
リオネルの頼り甲斐がありすぎる胸の中で、ブランシュは思う。
「何でこうなるの~……嬉しいのと幸せなのがまた悔しい……!」
トリベール侯爵家令嬢ブランシュは、こうしてコシェ王国第一王子リオネルと結ばれましたとさ。
なお、後日中庭で発見された逆さの指輪は、とある誓約の場で使用されることになった。
フローケ伯爵令息ウスターシュが、リオネルへ忠誠を誓う場において、である。ウスターシュはこのあと、リオネルの腹心として何事もなかったように尽くし、ブランシュと何かと意見が対立することになるが、平和なものだったという。
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
【完結】地下牢同棲は、溺愛のはじまりでした〜ざまぁ後の優雅な幽閉ライフのつもりが、裏切り者が押しかけてきた〜
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
悪役令嬢の役割を終えて、優雅な幽閉ライフの始まりだ!! と思ったら、なぜか隣の牢との間の壁が崩壊した。
その先にいたのは、悪役令嬢時代に私を裏切った男──ナザトだった。
一緒に脱獄しようと誘われるけど、やっと手に入れた投獄スローライフを手放す気はない。
断れば、ナザトは「一緒に逃げようかと思ったけど、それが嫌なら同棲だな」と言い、問答無用で幽閉先の地下牢で同棲が開始されたのだった。
全4話です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜
月
恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。
婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。
そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。
不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。
お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!?
死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。
しかもわざわざ声に出して。
恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。
けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……?
※この小説は他サイトでも公開しております。
当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。
「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」
エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる