元が付いてしまった辺境伯家令嬢を助けてくれたのは野蛮人な公子様でした。

ルーシャオ

文字サイズ
小 中 大 特大
31 / 31

最終話

 暖炉の前に、一人の少年が座り込んでいました。

 ふかふかのシロクマの毛皮に乗って、足元にはたっぷりの生クリームと砂糖を入れたホットコーヒーのマグカップが置かれています。

 利発そうな金髪の少年が読んでいる本は、『大極北圏ウルティマトゥーレ建国記』の第一巻です。ガッチリとした黒い皮革の装丁に、金箔がふんだんに押されています。

 そこへ、少年の背後にある扉がばーんと開かれました。

「フリスト様!」

 現れたぱっつん黒髪のメイドの少女を、少年は無視します。メイドの少女はイラっとして、叫びました。

「もう! フリスト・アマデオ・ウルティマトゥーレ・コンクィスタ・グリフィオ=レーリチ王子殿下!」

 長い長いフルネームを呼ばれ、少年——フリスト王子はやっと振り返りました。

「なんだ、カティヤ。寒いから扉は閉めろ」
「はいはい! いつまで本をお読みに? もう夜の十時を過ぎましたよ」
「まだ宵の口じゃないか」
「そういう言い方、公爵閣下から習ったんですか? お酒も飲めないくせに」
「うるさいな」

 フリストは口を尖らせますが、カティヤは無視して目の前までやってきます。フリストの読んでいる本に目をつけ、カティヤはあら、と感心しました。

「あらまあ、建国記ですか。試験勉強ですか?」
「今度、大劇場の落成記念にスピーチしないといけなくてな。そのネタ探しだ。父上はまた戦場だから」
「代理ですか。いつも大変ですね」
「もう慣れたよ。次の国王としてキャリアを積んでおけ、とかなんとか理由をつけて、面倒ごとを押しつけてくる大人ばかりだ」
「まあまあ、『極北の王レ・アルティコ』として地盤固めをしておきましょう。食事会で美味しいものがあったら持って帰ってきてくださいね」

 フリストははあ、とため息を吐きました。食いしん坊のカティヤはそうやってすぐお土産を期待するのです。

 『極北の王レ・アルティコ』、第十三代大極北圏ウルティマトゥーレ冠王国の国王であるフリストの父アマデオは戦争のこと以外大抵は自由気ままで、今も元気に南の蛮族を平定しに行ったままです。なので、国王代理として第一王子フリストは伝統的に摂政も置かず、国政を任されており——王国貴族たちも慣れたもので、国王がいなくても日常そのものです。

 だからと言って、国王がいてもスピーチ原稿作成はほとんどフリストに任されているのですが。

 それはさておき、フリストは建国記を指差してこう言いました。

「初代『極北の王レ・アルティコ』ヴィンチェンツォは、チーズとトナカイ肉で妻ユリアを極北の地に誘ったそうだ」
「そんなことまで書いているんですか、それ」
「ラブレターは全部載っているぞ」
「きちんと残すあたり、初代国王も愛妻家ですねぇ」
「チーズもトナカイ肉も、うちの国に来てわざわざ注文する外国人客が多いのはこれが理由だ」
「……新婚旅行で?」
「観光の目玉にはなるんだろうな」

 初代国王と王妃がここ大極北圏ウルティマトゥーレにやってきたのは、もう三百年も前の話です。王妃ユリアは夫のために自分でトナカイを狩りに行き、チーズをたくさん用意して帰りを待っていたのだとか。

 トナカイステーキ、タルタルソース、香草焼き、シチュー、今では大極北圏ウルティマトゥーレの各地でトナカイとチーズ料理が食べられます。初代国王と王妃が大極北圏ウルティマトゥーレへ持ち込んだのは愛と食事と文化、と言われているほどです。

 フリストがふと、動くものを捉えて扉に目をやると、少し背の高い銀髪の少女がおどおどとして、覗いてきていました。カティヤもそれに気付き、声をかけます。

「エルマ様!」
「あ、カティヤ……フリスト様、ご、ごきげんよう」
「ああ」
「さあさあ、エルマ様、そんなところより暖炉の前でおしゃべりしてください!」

 カティヤはさっさとエルマを暖炉の前に連れてきます。

 気弱な少女エルマは、プオランネ公爵家令嬢で、フリストの婚約者です。プオランネ公爵も国王について戦争に行ってしまったので、エルマはポイっとフリストのもとに預けられていました。

 銀髪がコンプレックスで、何かとびくびくしているエルマは、なかなか言いたいことが言えません。

 なので、フリストは手招きします。

「エルマ、おいで。眠くなるまでここにいるといい」

 エルマはこくん、と頷き、そろっとフリストの隣に座りました。

 すると、フリストはエルマの肩を抱き寄せます。

「寒いだろう。くっついているといい」
「で、でも、そんな、畏れ多い」
「カティヤ、毛布を。それから、エルマにココアを淹れてくれ」
「かしこまりました! 少々お待ちください!」

 カティヤは元気よく扉を閉め、走っていく音が室内にまで聞こえていました。

「あいつはいつもうるさいな……」

 ぶつくさ言うフリストの横で、エルマが伏し目がちに、照れた顔を見せていました。

 長いまつ毛も銀色で、肌は透き通るように白く、深窓の令嬢そのもののエルマです。放っておくと溶けて消えそうだ、と思ったフリストは、こつんと額をくっつけました。

「今度、一緒に大劇場の落成記念パーティに行こう。未来の王妃として、初仕事だ」

 そんなフリストの誘いに、エルマは小さな声で答えます。

「……は、はい。がんばります」

 ちょっとだけ力を込めた言葉に、フリストは愛おしくなって、エルマの頭を撫でました。



おしまい
感想 2

この作品の感想を投稿する

1,000文字以内

ログインすると感想の投稿ができます。

ログイン  新規ユーザ登録

みんなの感想(2件)

えにうえぃず
2024.03.16 えにうえぃず

作者さま

素敵な作品をありがとうございました。
ワクワクしながら一気に最後まで読ませて頂きました。
投げ出すのではなく、誰かに助けを求める事も責任の取り方の一つ。
他人に手を貸す事がじぶんにも他人にもリスクでしかない様な今、なんだかとても羨ましく、暖かい想いが致しました。

ミュート中です
解除
さっちゃん
2023.01.18 さっちゃん

最後の甘々な2人最高でした。
初代の2人が仲良くしてたのが代々伝わってきたのが伝わりました!

ミュート中です
解除

あなたにおすすめの小説

雨女の「陰気令嬢」と疎まれてきましたが、砂漠の国では国宝だったようです ~国王陛下は十年前の雨の日から、私を探していたそうです~ 表紙

雨女の「陰気令嬢」と疎まれてきましたが、砂漠の国では国宝だったようです ~国王陛下は十年前の雨の日から、私を探していたそうです~

「雨は、僕の国では神様の贈り物なんだ」 七歳の誕生日、雨の中で笑ってくれた名前も知らない男の子。その言葉だけを支えに、「陰気令嬢」と疎まれる日々を耐えてきたエステル。 ある日、砂漠の国の王に「あなたは、この国の宝です」と迎えられる。 国益のための婚姻だと思っていたのに、王様はなぜか、雨より私のことばかり気にしていて……? 十年越しの一途な初恋が実る、雨と砂漠の溺愛短編です。 ※この作品は、外部サイトでも掲載しております。
恋愛 完結 短編
文字数 7,596
「君を愛することはない」と言われたので、婚約破棄を喜んで受け入れます 表紙

「君を愛することはない」と言われたので、婚約破棄を喜んで受け入れます

「エレノア。君を愛することはない」 王都の夜会が開かれる華やかな大広間で、私は婚約者であるアシュフォード公爵家嫡男、レオン・アシュフォードからそう告げられた。 彼の隣には、淡い桃色のドレスをまとった令嬢が寄り添っている。 伯爵令嬢のミレーユ・ロゼッタ。
恋愛 完結 長編
文字数 30,093
婚約破棄された公爵令嬢ですが、あなた方の未来まで支える義務はございません 表紙

婚約破棄された公爵令嬢ですが、あなた方の未来まで支える義務はございません

卒業舞踏会で婚約者である王太子から一方的に婚約破棄を言い渡されてしまう。 王太子の腕にはリリアーヌ。 学園でリリアーヌをイジメてきたと濡れ衣を着せられ婚約破棄させられたのだ。 そう。この世界は乙女ゲームの世界だった。
恋愛 完結 長編
文字数 115,322
「お前との婚約は破棄する!」――その瞬間、隣国の王が私を妻に望みました 表紙

「お前との婚約は破棄する!」――その瞬間、隣国の王が私を妻に望みました

「お前との婚約は破棄する!」 大広間に、冷たい声が響いた。 その瞬間、私は手にしていた扇を静かに閉じた。 目の前にいるのは、私の婚約者――この国の第一王子、レオンハルト殿下。 そして、その隣には、彼が新たな婚約者として選んだ令嬢が寄り添っている。 淡い桃色の髪。 潤んだ瞳。
恋愛 完結 長編
文字数 21,008
金髪金眼の野生児~前世記憶持ちの転生令嬢は、私を捨てた家族も、身勝手な王太子も許しません~ 表紙

金髪金眼の野生児~前世記憶持ちの転生令嬢は、私を捨てた家族も、身勝手な王太子も許しません~

前世、日本でOLをしていた27歳の女性が赤ん坊に転生してしまった。 しかも、生まれ落ちた瞬間、魔獣の森に捨てられてしまうという数奇な運命を背負って。 古代精霊獣が親代わりとなり、彼女を育てた。 7歳の時、森で傷ついた公爵を助けたことから、公爵の庇護下に入る。 やがて、王都で社交界デビューするときがくる。 王太子をはじめとする王族が、彼女の容姿に注目し、それぞれ求婚合戦を繰り広げていく。 彼女を嫉妬する者、バカにする者。 様々な人間模様の中で、「前世の記憶持ち、森で野生児として育った転生者」は、強くたくましく生き抜く。
恋愛 完結 長編
文字数 401,473
離縁状に喜んで署名したら、冷徹竜公爵に一目惚れされました 〜私を捨てた元夫は、国ごと没落していきます〜 表紙

離縁状に喜んで署名したら、冷徹竜公爵に一目惚れされました 〜私を捨てた元夫は、国ごと没落していきます〜

代々聖女を輩出する伯爵家の令嬢リリアは、政略結婚で公爵アレクシスに嫁ぐ。しかし三年間、公爵領と王都を守る結界を密かに維持し続けてきたにもかかわらず、その功績は夫の初恋相手・エレノアのものとされ、「聖女の力を失った」という嘘を信じた夫から離縁を告げられてしまう。 自由の身となったリリアは、街道で魔物に襲われたところを冷徹と噂される竜公爵カイルに救われる。彼の領地で浄化魔法を振るううちに荒れた土地は豊かさを取り戻し、リリアは人々に必要とされる喜びと、カイルの変わらぬ優しさに少しずつ心を開いていく。 一方、リリアを失った公爵領では結界が崩れ、王宮の調査によって彼女こそ真の聖女だったことと、エレノアの嘘が明らかになる。過ちに気付いた元夫は復縁を願うが、リリアの心はもう戻らない。 傷ついた聖女が運命の愛と本当の幸せを見つける、溺愛ざまぁファンタジー。
恋愛 完結 長編
文字数 41,489
魔力ゼロで追放された落ちこぼれ令嬢、ボロ屋敷を繕っていただけなのに「神域の結界師」と勘違いされて冷酷公爵に崇拝されています  表紙

魔力ゼロで追放された落ちこぼれ令嬢、ボロ屋敷を繕っていただけなのに「神域の結界師」と勘違いされて冷酷公爵に崇拝されています

「魔力測定器が動かない無能など、我が家に必要ない!」 異母妹に婚約者を奪われ、実家から「死の瘴気が漂う呪われた廃離宮」へと追放された子爵令嬢エルゼ。 誰もが彼女の悲惨な死を予想していたが――エルゼ本人は大歓喜していた。 (やった……! 広いボロ屋敷で、誰にも邪魔されず大好きなDIYができるなんて最高じゃない!) 前世は限界修繕職人。 手先が器用なエルゼの魔力は、既存の測定器では感知できないほど波長が細かく高密度の「神話級魔力」だったのだ。 本人はただの「節約と丁寧な暮らし」のつもりで屋敷を整えていくが、周囲の受け取り方はまったく違っていて……? ◆エルゼ「カビと埃がひどいから、重曹水でゴシゴシ拭きましょう」 →周囲『数千人の怨念が渦巻く特級呪詛を、布切れ一枚で消滅させただと……!?』 ◆エルゼ「閣下、寒そうだから余り毛糸でマフラーを編んであげますね」 →公爵『竜のブレスすら完全に弾く「神聖絶対防御結界」を無詠唱で……!? 命を捧げるしかない』 ◆エルゼ「庭の雑草を抜いて、焙じてお茶にしてみました」 →宮廷魔導師『百年に一度の幻の霊草を、日常の茶請けに出す狂気の聖女様……!(白目)』 死に場所として離宮に籠もっていた冷酷無比な軍神・ジークヴァルト公爵は、 エルゼの手編みグッズと温かい料理に救われ、やがて彼女を一人の女性として激重に溺愛し始め……!? さらに、元婚約者や実家が「とっくに死んだだろう」と様子を見に来る頃には、 廃屋は難攻不落の神域要塞へと劇的ビフォーアフターを遂げていて――。 「ええと……どちら様でしたっけ? 配達の方?」 復讐にすら興味がない元職人令嬢が、無自覚に世界を救いながら愛される、 すれ違いだらけのほのぼのDIYスローライフ&勘違い溺愛コメディ!
ファンタジー 完結 長編
文字数 424,277
「用済み令嬢として契約結婚しましたが、公爵様の隠し事業を立て直したら逆に手放してもらえなくなりました」 表紙

「用済み令嬢として契約結婚しましたが、公爵様の隠し事業を立て直したら逆に手放してもらえなくなりました」

伯爵家の次女として生まれながら、優秀な姉の「予備」として育てられてきたヒロイン。感情表現に乏しいと誤解され、家族からも「用済み」と呼ばれる日々を送っていた。だが実家が多額の借金を抱えたことで、体裁を整えるための駒として、隣国との緩衝地帯を治める「氷の公爵」のもとへ嫁がされることになる。 先妻を亡くし、政略結婚に一切の関心を示さない公爵。屋敷の使用人たちからも軽く扱われる中、ヒロインは屋敷の帳簿に潜む不審な数字に気づく。長年放置されてきた横領と杜撰な経営——それは公爵領全体を蝕む深刻な財政危機の兆候だった。 誰にも頼らず、独学で培った経営の才覚を武器に、ヒロインは静かに改革へと動き出す。小さな成果が積み重なるにつれ、彼女を「無能」と決めつけていた公爵の目に変化が生まれ始める。 一方、実家では公爵領の繁栄の噂を聞きつけた姉と継母が、掌を返したように接触を図ってくる。かつて見下していた妹に助けを求める彼女たちを、ヒロインは毅然と退ける。さらに公爵家の評判を貶めようとする実家側の妨害工作が明らかになり、ヒロイン主導の逆転劇が幕を開ける——。 契約結婚という「便宜上の関係」は、いつしか誰にも代えがたい「本物」へと変わっていく。用済みと呼ばれた令嬢が、自らの手で人生を切り拓く、ざまあ系宮廷ロマンス。
恋愛 完結 長編
文字数 35,635