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第三話
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本当に昼食に間に合わせるように帰ってきたエリアス王子は、外套をポイっと脱ぎ捨ててあたしをまっすぐ抱きしめに来た。あたしは全力で拒否し、両腕に力を入れてエリアス王子を押してくっつかれないよう頑張る。
「レモニア、これでもう心配はいらないよ。昼食は何がいい? 嫌いなものはないかい? 食べたいものがあれば言ってくれ、すぐに作らせよう」
強引にソファに座るエリアス王子から、ひょいと腰を浮かせて逃げ、あたしは警戒心をあらわにする。
「何が目的なの? あたしをどうする気?」
「結婚する気だよ」
「ふざけないで。あたしのこと、全部調べはついてるんでしょ?」
あたしの目の前ではエリアス王子はふざけた様子だが、実際この青年は極めて優秀だ。頭脳明晰、文武両道、勇猛果敢で冷静沈着、どこを取っても褒め言葉しか出てこないような理想の王子様。あたしの素性を調べれば、すぐにクレバート子爵家令嬢レモニアは存在しないと分かるだろうし、依頼主だって突き止めているかもしれない。そうなれば、あたしは終わりだ。
なのに、エリアス王子はまたしてもあたしの想像から明後日の方向に答えた。
「ああ、クレバート子爵家には『レモニアという娘がいる』ことになったから、心配しなくていいよ」
「はい?」
「ちょっと貴族の家系図に手を加えるくらい、造作もないことさ。だから、君の身分はこれで正式なものになった、よかったね! 私は王子、君は貴族、これなら結婚できるよ!」
朗らかに言っているが、要するに公文書偽造である。国内貴族の家系図はすべて王城の専門機関で管理されている、それに手を加えたと言うのだから、開いた口が塞がらない。どうせすでに貴族たちにも根回しをして、『クレバート子爵家令嬢レモニア』は実在することになっているだろうし、クレバート子爵が暗殺を依頼したことも……どうにかなっているはずだ。
貴族になってしまったあたしは、もう逆ギレするしかない。
「な、何がよかったものですか! 大体、婚約破棄ってどういうこと? あたしを出汁にして、そっちが本命なの?」
「あぁ、クロエのことはまあ、棚からぼたもち的な? クロエも私と結婚したくなかったようだから、円満に解決できそうだよ。フェイドン公爵はお怒りだが、いくらでも説得材料はある。何も問題はない、大丈夫さ」
この王子が大丈夫と言えば、本当に大丈夫なのだろう。あっさりと婚約破棄まで円満解決してしまった手腕は、もう恐ろしいとしか言いようがない。
——あたしと結婚するために、そこまで?
そう思うと、怖気が走る。
「狂ってるわ。本気であたしなんかを妃にするつもり? こんな、ちんちくりんの小娘なんか、それも殺そうとしているのに」
自分で言うのも何だが、あたしは痩せっぽちで、女としての魅力はない。髪はウィッグで誤魔化して、ドレスの中には詰め物をして、それらしく化粧をしたから貴族令嬢のように見えるだけで、薄暗い廊下から日の当たる部屋に出てくればいかに聡明な王子様も目が覚めるだろう——そう思っていたのに、エリアス王子はあたしへずずいと詰め寄ってきた。
「愛というのは、そういうものさ。男は狂っていないと君を愛せないなんて、君は魔性の女なんだね!」
「ふ、ふざけるなぁ! だ、誰が魔性の女よ!」
「ははは、とりあえず昼食にしよう。温かい紅茶が飲みたい」
あたしがいくらムキになっても、エリアス王子は柳の枝のようにしなやかにかわして、自分のペースに持ち込む。
どこまで愛しているの言葉が真実か分からない、それにエリアス王子はまだ何か企んでいるに違いない。そう分かっているのに、あたしがほだされるとでも思っているのか。
腹立たしいが、老婆のメイドが他のメイドとともに昼食を運んできたので、あたしは『クレバート子爵家令嬢レモニア』に徹するしかなかった。
あと、初めて食べたまんまる鴨肉のステーキは大変美味しかった。
「レモニア、これでもう心配はいらないよ。昼食は何がいい? 嫌いなものはないかい? 食べたいものがあれば言ってくれ、すぐに作らせよう」
強引にソファに座るエリアス王子から、ひょいと腰を浮かせて逃げ、あたしは警戒心をあらわにする。
「何が目的なの? あたしをどうする気?」
「結婚する気だよ」
「ふざけないで。あたしのこと、全部調べはついてるんでしょ?」
あたしの目の前ではエリアス王子はふざけた様子だが、実際この青年は極めて優秀だ。頭脳明晰、文武両道、勇猛果敢で冷静沈着、どこを取っても褒め言葉しか出てこないような理想の王子様。あたしの素性を調べれば、すぐにクレバート子爵家令嬢レモニアは存在しないと分かるだろうし、依頼主だって突き止めているかもしれない。そうなれば、あたしは終わりだ。
なのに、エリアス王子はまたしてもあたしの想像から明後日の方向に答えた。
「ああ、クレバート子爵家には『レモニアという娘がいる』ことになったから、心配しなくていいよ」
「はい?」
「ちょっと貴族の家系図に手を加えるくらい、造作もないことさ。だから、君の身分はこれで正式なものになった、よかったね! 私は王子、君は貴族、これなら結婚できるよ!」
朗らかに言っているが、要するに公文書偽造である。国内貴族の家系図はすべて王城の専門機関で管理されている、それに手を加えたと言うのだから、開いた口が塞がらない。どうせすでに貴族たちにも根回しをして、『クレバート子爵家令嬢レモニア』は実在することになっているだろうし、クレバート子爵が暗殺を依頼したことも……どうにかなっているはずだ。
貴族になってしまったあたしは、もう逆ギレするしかない。
「な、何がよかったものですか! 大体、婚約破棄ってどういうこと? あたしを出汁にして、そっちが本命なの?」
「あぁ、クロエのことはまあ、棚からぼたもち的な? クロエも私と結婚したくなかったようだから、円満に解決できそうだよ。フェイドン公爵はお怒りだが、いくらでも説得材料はある。何も問題はない、大丈夫さ」
この王子が大丈夫と言えば、本当に大丈夫なのだろう。あっさりと婚約破棄まで円満解決してしまった手腕は、もう恐ろしいとしか言いようがない。
——あたしと結婚するために、そこまで?
そう思うと、怖気が走る。
「狂ってるわ。本気であたしなんかを妃にするつもり? こんな、ちんちくりんの小娘なんか、それも殺そうとしているのに」
自分で言うのも何だが、あたしは痩せっぽちで、女としての魅力はない。髪はウィッグで誤魔化して、ドレスの中には詰め物をして、それらしく化粧をしたから貴族令嬢のように見えるだけで、薄暗い廊下から日の当たる部屋に出てくればいかに聡明な王子様も目が覚めるだろう——そう思っていたのに、エリアス王子はあたしへずずいと詰め寄ってきた。
「愛というのは、そういうものさ。男は狂っていないと君を愛せないなんて、君は魔性の女なんだね!」
「ふ、ふざけるなぁ! だ、誰が魔性の女よ!」
「ははは、とりあえず昼食にしよう。温かい紅茶が飲みたい」
あたしがいくらムキになっても、エリアス王子は柳の枝のようにしなやかにかわして、自分のペースに持ち込む。
どこまで愛しているの言葉が真実か分からない、それにエリアス王子はまだ何か企んでいるに違いない。そう分かっているのに、あたしがほだされるとでも思っているのか。
腹立たしいが、老婆のメイドが他のメイドとともに昼食を運んできたので、あたしは『クレバート子爵家令嬢レモニア』に徹するしかなかった。
あと、初めて食べたまんまる鴨肉のステーキは大変美味しかった。
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