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第十二話
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ダーナテスカ伯爵夫人は、ふん、と鼻を鳴らして、ベレンガリオの横を通って椅子に座りました。明らかに不機嫌です。「どうぞ」と素っ気なく椅子を勧められ、ようやくベレンガリオは着席します。
いずれジョヴァンナも彼女に似てくるのだろうか、という失礼な思いを胸に秘め、ベレンガリオはジョヴァンナから贈られた金の指輪を見せながら、話を切り出しました。
「早速ですが、本題に入ります。呪いを消す方法はありますか?」
「なぜ私に聞くのです。我が家はもう魔法使いなどという家業を捨てて二百年以上経ちます、もはや何の知識も残っていないのですよ」
「では、この指輪は?」
「代々伝わる魔除けの指輪です。呪いにも効くだろうとあの子に送ったまでのこと」
とはいえ、とダーナテスカ伯爵夫人は自身の顎に指先を触れさせて、考え込むような仕草を見せます。
「しかし……今の時代に、呪いを使う者がいるというのもおかしな話です。ですから、私も方々から呪いに関する情報を集めていました」
「私が呪いをかけられなければ、ジョヴァンナが苦しむこともなかったはず。必ずや犯人を見つけ出し、ジョヴァンナを元に戻します。どうか、ご助力いただきたい」
「協力はやぶさかではありません。しかし、ねえ」
「?」
ダーナテスカ伯爵夫人の怜悧な目と言葉が、ベレンガリオをぐさりと射抜きます。
「ジョヴァンナが太った程度で離婚を決意なさるのだから、これはもうグレーゼ侯爵家に我が娘は必要ない、ということでしょう?」
ベレンガリオは思わず、一瞬だけ固まりました。遠くダーナテスカ伯爵領にいたはずのダーナテスカ伯爵夫人にも、撤回した離婚宣言について知られています。しかしそこまで把握されている以上、ベレンガリオに取れる手は平謝り以外ありません。
平身低頭、ベレンガリオは謝罪し弁解するしかありません。
「義母上のお耳に入っていたとは、つゆ知らず……その件は、彼女に謝罪しました。私が戦から戻って心の余裕がなかったため、つい」
「つい、ですか。今後もそうならなければよいのですけれど」
「肝に銘じておきます」
貴族の得意とする皮肉や嫌味には慣れているはずのベレンガリオでも、ダーナテスカ伯爵夫人の凍えさせられるような声と鋭い言葉には、体面を保つだけで精一杯です。ジョヴァンナが敬愛する実母ダーナテスカ伯爵夫人には、生まれ持って備わっているであろう気品と威厳が溢れるほどに常にあり、正直ベレンガリオには苦手な人物です。
負けはしないが勝てもしない、それどころか押されるのに耐えるしかない状況というのは、神経を削られます。必死になって次の手を考えるベレンガリオが、このまま会話の主導権をダーナテスカ伯爵夫人に握られてしまうかと思いきや、意外な助っ人が応接間に入ってきました。
ジョヴァンナをそのまま幼くしたような、秋色のシックなワンピースを着た可憐な少女が喜び勇んでベレンガリオのもとにやってきます。
「あら、お義兄様だわ。お久しゅうございます、フランシアですわ」
ワンピースの裾をそっとつまみ、カーツィの礼をした少女フランシアへ、ベレンガリオはこの重苦しい空気を打開するがごとくよく来てくれた、と拍手喝采を浴びせたいところですが、若き侯爵らしく冷静さを保ちました。
「ああ、ジョヴァンナの妹君か。おいくつになられた?」
「もう、レディに年齢を聞くものではありませんわ。私だって十五歳なのよ?」
「選り好みしすぎて嫁の貰い手のない十五歳ですけれどね」
「お母様!」
フランシアは実姉ジョヴァンナと違い、活発でよく喋る少女です。貴族令嬢というよりも、おてんばなお嬢様、天真爛漫な子どもそのものの動きを見せ、ちゃっかりベレンガリオの隣の椅子に座りました。
すると、ダーナテスカ伯爵夫人は、フランシアの指先の絆創膏について指摘します。
「フラン、その手は?」
「さっき、刺繍の最中に針で刺してしまったの」
「まったく、ジョヴァンナと違ってあなたは不器用なのだから、気をつけなさいとあれほど」
「お母様、やめて! お義兄様の前で悪口を言わないでくださる!?」
「何が悪口ですか。事実です」
どうやら、ジョヴァンナとフランシアは外見こそそっくりですが、性格は違いが大きく、ダーナテスカ伯爵夫人もつい手のかかる愛娘フランシアに流されるように、先ほどまでの冷たさを消してしまっていました。
とりあえず、フランシアの登場で、ベレンガリオは窮地を脱しました。このまま和やかに話が進んでくれれば、と願うベレンガリオですが、そうは問屋が卸しません。
ダーナテスカ伯爵夫人は、一つ小さくため息を吐いて、話題を元に戻します。
「とにかく、こちらも呪いについて手がかりを探していますから、もう少しお待ちなさいな。今日は泊まっていくでしょう? すぐに部屋を用意させるわ」
「ありがとうございます、伯爵夫人。門外漢ではありますが、私も協力できることがあればぜひ」
「必要ありません。あなたはジョヴァンナを励ますことだけを考えなさい」
「……はい」
ピシャリと、余計なことはするなと叱られ、ベレンガリオは縮こまります。ダーナテスカ伯爵夫人の言うとおり、ここでベレンガリオにできることはないでしょう。
うなだれるベレンガリオへ、フランシアがジャケットの袖を引っ張ってこう訴えます。
「ねえ、お義兄様、フランの刺繍入りハンカチをお姉様に持って帰ってくださる? 部屋にたくさんあるのよ、お義兄様もどうぞお持ちになって」
ところが、再び和やかな雰囲気にはなりません。
ダーナテスカ伯爵夫人はフランシアへ、しっかりと言い含めます。
「フラン。ハンカチはあとで食堂にお持ちなさい。決して、殿方を自分の部屋に誘わないように。ふしだらですよ」
「はいはい、お母様ったらいつもそう」
「どうやら、伯爵令嬢としての自覚が足りないようね。また王都に送り込まれたいのかしら」
ダーナテスカ伯爵夫人の脅し文句に、フランシアはむすっと不満げに頬をふくらませ、黙り込みました。
ベレンガリオがジョヴァンナと出会ったのも王都です。士官学校に在籍していたベレンガリオは王都にも慣れていますが、ダーナテスカ伯爵領からはなかなかに遠い王都は文化も食事も違うからフランシアが馴染めなかったのだろう、と推察しました。
「妹君は王都に行ったことが?」
「淑女教育の一環で、親戚筋の家に何度か預けたことがあります。ただ、ジョヴァンナと違ってすぐ音を上げましたけれど」
ベレンガリオから、ああ、それは大変そうだ、という顔を向けられて、フランシアはますます頬をふくらませていました。あまり知られたくなかったことのようです。
そういえば、ジョヴァンナも貴族令嬢として王都で淑女教育を受けていました。そのとき、ベレンガリオと偶然出会ったのです。
そんな美しい思い出も、己の無自覚で無思慮な発言によって、危うく消し飛ぶところでした。ベレンガリオは過ちを二度と繰り返さないよう、こっそり誓いを立てます。
ベレンガリオはダーナテスカ伯爵邸の客室に案内され、お言葉に甘えて数日滞在することにしました。
それが、まさかの事態に遭遇してしまうことになるとは、ベレンガリオもつゆほども思ってもいませんでした。
いずれジョヴァンナも彼女に似てくるのだろうか、という失礼な思いを胸に秘め、ベレンガリオはジョヴァンナから贈られた金の指輪を見せながら、話を切り出しました。
「早速ですが、本題に入ります。呪いを消す方法はありますか?」
「なぜ私に聞くのです。我が家はもう魔法使いなどという家業を捨てて二百年以上経ちます、もはや何の知識も残っていないのですよ」
「では、この指輪は?」
「代々伝わる魔除けの指輪です。呪いにも効くだろうとあの子に送ったまでのこと」
とはいえ、とダーナテスカ伯爵夫人は自身の顎に指先を触れさせて、考え込むような仕草を見せます。
「しかし……今の時代に、呪いを使う者がいるというのもおかしな話です。ですから、私も方々から呪いに関する情報を集めていました」
「私が呪いをかけられなければ、ジョヴァンナが苦しむこともなかったはず。必ずや犯人を見つけ出し、ジョヴァンナを元に戻します。どうか、ご助力いただきたい」
「協力はやぶさかではありません。しかし、ねえ」
「?」
ダーナテスカ伯爵夫人の怜悧な目と言葉が、ベレンガリオをぐさりと射抜きます。
「ジョヴァンナが太った程度で離婚を決意なさるのだから、これはもうグレーゼ侯爵家に我が娘は必要ない、ということでしょう?」
ベレンガリオは思わず、一瞬だけ固まりました。遠くダーナテスカ伯爵領にいたはずのダーナテスカ伯爵夫人にも、撤回した離婚宣言について知られています。しかしそこまで把握されている以上、ベレンガリオに取れる手は平謝り以外ありません。
平身低頭、ベレンガリオは謝罪し弁解するしかありません。
「義母上のお耳に入っていたとは、つゆ知らず……その件は、彼女に謝罪しました。私が戦から戻って心の余裕がなかったため、つい」
「つい、ですか。今後もそうならなければよいのですけれど」
「肝に銘じておきます」
貴族の得意とする皮肉や嫌味には慣れているはずのベレンガリオでも、ダーナテスカ伯爵夫人の凍えさせられるような声と鋭い言葉には、体面を保つだけで精一杯です。ジョヴァンナが敬愛する実母ダーナテスカ伯爵夫人には、生まれ持って備わっているであろう気品と威厳が溢れるほどに常にあり、正直ベレンガリオには苦手な人物です。
負けはしないが勝てもしない、それどころか押されるのに耐えるしかない状況というのは、神経を削られます。必死になって次の手を考えるベレンガリオが、このまま会話の主導権をダーナテスカ伯爵夫人に握られてしまうかと思いきや、意外な助っ人が応接間に入ってきました。
ジョヴァンナをそのまま幼くしたような、秋色のシックなワンピースを着た可憐な少女が喜び勇んでベレンガリオのもとにやってきます。
「あら、お義兄様だわ。お久しゅうございます、フランシアですわ」
ワンピースの裾をそっとつまみ、カーツィの礼をした少女フランシアへ、ベレンガリオはこの重苦しい空気を打開するがごとくよく来てくれた、と拍手喝采を浴びせたいところですが、若き侯爵らしく冷静さを保ちました。
「ああ、ジョヴァンナの妹君か。おいくつになられた?」
「もう、レディに年齢を聞くものではありませんわ。私だって十五歳なのよ?」
「選り好みしすぎて嫁の貰い手のない十五歳ですけれどね」
「お母様!」
フランシアは実姉ジョヴァンナと違い、活発でよく喋る少女です。貴族令嬢というよりも、おてんばなお嬢様、天真爛漫な子どもそのものの動きを見せ、ちゃっかりベレンガリオの隣の椅子に座りました。
すると、ダーナテスカ伯爵夫人は、フランシアの指先の絆創膏について指摘します。
「フラン、その手は?」
「さっき、刺繍の最中に針で刺してしまったの」
「まったく、ジョヴァンナと違ってあなたは不器用なのだから、気をつけなさいとあれほど」
「お母様、やめて! お義兄様の前で悪口を言わないでくださる!?」
「何が悪口ですか。事実です」
どうやら、ジョヴァンナとフランシアは外見こそそっくりですが、性格は違いが大きく、ダーナテスカ伯爵夫人もつい手のかかる愛娘フランシアに流されるように、先ほどまでの冷たさを消してしまっていました。
とりあえず、フランシアの登場で、ベレンガリオは窮地を脱しました。このまま和やかに話が進んでくれれば、と願うベレンガリオですが、そうは問屋が卸しません。
ダーナテスカ伯爵夫人は、一つ小さくため息を吐いて、話題を元に戻します。
「とにかく、こちらも呪いについて手がかりを探していますから、もう少しお待ちなさいな。今日は泊まっていくでしょう? すぐに部屋を用意させるわ」
「ありがとうございます、伯爵夫人。門外漢ではありますが、私も協力できることがあればぜひ」
「必要ありません。あなたはジョヴァンナを励ますことだけを考えなさい」
「……はい」
ピシャリと、余計なことはするなと叱られ、ベレンガリオは縮こまります。ダーナテスカ伯爵夫人の言うとおり、ここでベレンガリオにできることはないでしょう。
うなだれるベレンガリオへ、フランシアがジャケットの袖を引っ張ってこう訴えます。
「ねえ、お義兄様、フランの刺繍入りハンカチをお姉様に持って帰ってくださる? 部屋にたくさんあるのよ、お義兄様もどうぞお持ちになって」
ところが、再び和やかな雰囲気にはなりません。
ダーナテスカ伯爵夫人はフランシアへ、しっかりと言い含めます。
「フラン。ハンカチはあとで食堂にお持ちなさい。決して、殿方を自分の部屋に誘わないように。ふしだらですよ」
「はいはい、お母様ったらいつもそう」
「どうやら、伯爵令嬢としての自覚が足りないようね。また王都に送り込まれたいのかしら」
ダーナテスカ伯爵夫人の脅し文句に、フランシアはむすっと不満げに頬をふくらませ、黙り込みました。
ベレンガリオがジョヴァンナと出会ったのも王都です。士官学校に在籍していたベレンガリオは王都にも慣れていますが、ダーナテスカ伯爵領からはなかなかに遠い王都は文化も食事も違うからフランシアが馴染めなかったのだろう、と推察しました。
「妹君は王都に行ったことが?」
「淑女教育の一環で、親戚筋の家に何度か預けたことがあります。ただ、ジョヴァンナと違ってすぐ音を上げましたけれど」
ベレンガリオから、ああ、それは大変そうだ、という顔を向けられて、フランシアはますます頬をふくらませていました。あまり知られたくなかったことのようです。
そういえば、ジョヴァンナも貴族令嬢として王都で淑女教育を受けていました。そのとき、ベレンガリオと偶然出会ったのです。
そんな美しい思い出も、己の無自覚で無思慮な発言によって、危うく消し飛ぶところでした。ベレンガリオは過ちを二度と繰り返さないよう、こっそり誓いを立てます。
ベレンガリオはダーナテスカ伯爵邸の客室に案内され、お言葉に甘えて数日滞在することにしました。
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