再び交わる僕らの思い

ほっとけぇき

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第二章

届かなかった、愛しいあなたへの言葉 前≪side 光希≫

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≪光希視点≫
『拝啓 水鞠へ
 東京は11月に入って冬の足音がすぐ近くになっているようです。東京より北のそちらではどうでしょうか。母とあなたは体調を崩さずに健やかにお過ごしでしょうか。』

 どうやらこの手紙は、出稼ぎで東京へ出た家族の一人が、生活の近況を伝えるために書いたもののようだ。筆跡はたどたどしいが、そこには不思議と温かみがあった。
 
 『先月、私たちは仕事で日明学院の学院長先生にお会いしました。彼の見た目が余りにも若かったので初見で学生さんと間違えてしまったのはいい思い出です。彼に学院内を案内してもらったのですが、都会の学校というものはすごいですね。

 みなさん服がハイカラで、輝いておりました。色とりどりの洋袴、髪に付けられたお洒落な髪留め村では絶対に見られない光景なのです。』

 この手紙を書いた人は学院長先生と面識があったというのか。先生にこの手紙を持っていけば手がかりが得られるかもしれない。それにしても、学院長先生がまったく歳を取らないって噂は、本当だったのかもしれない。

『その様子を見て私たちはあなたのことを思い出したのです。あなたは村の外にずっと憧れているけど、外には出られない。それが非常に不条理だと感じました。
 
 外の世界に出て学ぼうとする意志があるというのに、それを阻むものがいる。これほど理不尽なことは存在しないでしょう。』

 僕自身も村で生まれ、たった7年しか過ごしていなかったけど、この手紙の主の気持ちがよくわかる。

 幼いころは村の中だけでも完結できた世界でも、大人になって理解できることが増えていくに連れ、その世界がいかに狭いものかを知るのだ。

 この『水鞠』と言う女性は今の僕くらいだったのだろう。尚のこと、外の世界に憧れることは避けては通れないのだ。

『そこで、学院長先生に少しだけあなたの話をしたのです。そうしたら、試験を通過することができれば、誰でも入学ができるというのです。

 
 おそらく、母があなたを外に出さないのは水の力を他者に利用されないためでしょう。しかし、それは本当にあなたのためになるのでしょうか?いや、そうはならないでしょう。何も知らないままであれば、自分の身も守れずに悪意に蝕まれる。

 それならば、危険を承知で新たな一歩を踏み出すべきだ。』

 強い力を持つ者、常人とは隔絶された者は、他者に祭り上げられるか排斥されるかのいずれかであることが多いのだろう。その2つは対局にあるように見えて選択肢がないという共通点がある。

 それを彼は見ているしかなかったのだろう。それを歯がゆく感じていたのだろう。手紙にある荒々しい筆跡からも見て取れる。

『この手紙が届くころにはきっと、母から東京行きの話がされているでしょう。それは以前から母と考えていたことです。風の噂で聞きましたが、最近村に黒木と言う男が来ているらしいですね。

 あの男には気を付けて下さい。彼は狂っている。母がこの話を急いだのもかの男が原因です。』
 
 黒木?どこかで聞いたことのあるような名前だ。この名前を聞くと変に落ち着かない。背後から首を絞められるような変な圧迫感を感じる。

 それと同時に、胸の奥から湧き上がるような怒りが全身を支配した。理由もわからないのに、ただ強く、熱く。
 
『黒木、かの男はあなたのように強い力を持ちながら純真さを持った人間を狙っている。私自身も彼と深く関わったというわけではありません。しかし、彼に関する話題で心良いものはありませんでした。』

『人とクルイモノを融合させることをはじめとして、人工的に人を超越した存在をつくることに執着していたようです。それで、多くの陰陽術に適性のある子供たちが犠牲になったとか。』

 人とクルイモノの融合……。それって、僕とせせらぎが調査をしに行った施設が行っていた研究。そんなに昔から行われてきたのか。

 『私たちは手紙が届いた1週間後にそちらへ行く予定です。それまで、どうか何事も起こらないことを祈っています。

 あなたの従兄弟 航より』
 
 これで手紙は終わり?まだ枚数はあるみたいだが、思ったよりも短かった。短くても、手紙の主の家族に対する愛情がよく伝わるものだ。

 そういえば、『水鞠』と言う女の子はどうなったのだろうか?手紙の最後の方に書かれていたことが目から鱗が落ちるものだ。

 それに、僕は彼女のことを知らないはずなのに、彼女の行く先を知らなければならないという衝動に駆られるのだ。

 後の紙は、色味を見る限り手紙よりも新しいものらしい。しかし、ところどころくしゃくしゃになっている。

『この手紙が誰かの目に入っているとき、私はもうこの世にはいないでしょう。もし、誰かがこの手紙を目にしたのなら一人の莫迦な男の戯言だと思ってもいいです。最後まで読んでください。』

 字の筆跡を見る限り、『水鞠』への手紙の差出人と同一人物なのだろう。ただ、その筆跡は歪んでおり、書くのも精一杯だったのが伺える。年老いて死期を悟った男の遺書と言うことなのか。

『僕はある一つの油断で一人の少女が歩めるはずだった幸せな人生を断ち切ってしまいました。』

 その一文が目に入った途端、喉がヒュっと鳴る。それが驚きからくるものか、焦りからくるものか分からない。

 一つ分かるのは、今の僕がこの簡素な一文、たった一文に酷く動揺していること。知らない、関わったことのない他人のことなのに。

 どうしてここまで感情が揺さぶられるのだろう?

『10歳のこと、風邪で寝込んでしまった日。あの日布団から這いつくばってでもそばに居たらよかった。外へ行くのを引き留めればよかった。

 そうしていれば、あの子の不幸は始まらなかった。』

『あの子は幼かったのだ。まだ5歳の少女だった。歩けるようになって、走れるようになったばかりの幼い子。

 そんな子が自分よりも一回り、二回り大きい男子達に力で勝つことができるか。いやできない。だから、あの子をいじめられないように守っていたのに。』

 あの子……と言うのはきっと『水鞠』のことなのだろう。この書きぶりを見る限り、彼は心の底から彼女を愛し、命に代えても守りたかった存在と見える。

 だからこそ、救えなかった後悔がより悲痛さを増させているのだ。
 
『あの日、あの子は一人で木の実取りに行った。本当は行かせたくなかった。だけど【叔母さんと兄さんたちの役に立ちたいの】と言われてしまってはどうしようもない。

 あれは私たちの慢心もあっただろう。木の実を取りに行くと言っても、家のすぐそばだから大丈夫。そう考えていたからああなったんだ。』

 『別に雨が降るだなんて言われていなかったのに、いきなりぽつりぽつりと降り出した。私たちはなんとなく何が原因か分かっていた。

 母を見ると、何か恐ろしいものでも見たような顔で俯いている。その様子が子供ながらに異様であることは理解できた。』

『母は私たちをぎゅっと抱きしめた。そして、こう言った。強く自分に言い聞かせるように。何物にも揺るがない覚悟を見せつけるように。

【あなたたちも、あの子もみんな私が守りますから。誰一人、奪わせやしない。】

 あのとき、母の手が震えていたのを、今でもはっきりと思い出せる。それほどまでに脳裏に焼き付いている。』

 さっきの手紙で『力を持っている』と書かれていたのを顧みると彼女は陰陽術が使えたのか。しかもかなり強力な部類の。

 そして、ここに書かれている『あの日』に木の実取りへ行っている途中で『男子達』に何かをされて、暴走した。
 
 あぁ、この母親はこのことを知っていたのか。だから、何を犠牲にしても家族の幸せを守り抜く覚悟を決めたのだろう。

 『母は彼女を連れ帰って来てから、彼女を座敷牢へと閉じ込めた。私たちはその意味も分からず母に抗議した。

 母があの子のことをわが子のように愛していたところを見てきた私たちにとって、彼女の行動は異常だった。

 だけど、母の行動の意味を理解できるようになるまでは時間はかからなかった。』

 『しばらくしてから、私たちの家の前であの子をいじめていた子供の親がわざとらしくひそひそと話すようになった。

 あの子が災いを生む化け物だと。現に私たちの子供はあいつに傷つけられたと。

 腸が煮えくり返って仕方がなかった。きっかけをつくったのはその子供だし、傷つけて苦しませているのはお前だろう。わざと彼女に聞こえるように話している自分は醜くないのか?』

 『確かに雨はあの子が降らせたのかもしれない。あの子の様子をこっそり見に行くと体に雨をまとっていたから。それは間違いない。

 でも、彼女が雨を降らす化け物になったのは、子供らしく感情豊かにあれなかったのは、お前らの悪意と言う化け物だろう。』

 人の悪意が心を蝕むのは、いつの時代も変わらない。だけど、僕に対して行われていたものよりもさらに苛烈であり陰湿であるようだ。

 それをたった5歳の女の子が耐えきれるわけがない。だから、彼女は自分を守るために、感情を閉ざしてしまったのだ。自分という小さな命を守るために。
 
 ここまで読んだのなら、もう逃げるわけにはいかない。彼らの結末を、僕の目で確かめなければならない。
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