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プロローグ
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――淡い金髪が海中に広がり、模様を描くように揺らめく。その少年は、苦しそうにもがいていても尚、美しい。
ルーナは沈みゆく少年に手を伸ばし、彼を抱きとめた。このままでは、海面に出るまで彼の命が保つかわからない。
有無を言わさずくちづけて、くちびるごしに息を吹き込む。少年が驚いたように目を瞠く。
アクアマリンの瞳と、ルーナの赤珊瑚の瞳が交差した。
なんて美しい瞳なのかしら。そう思ったけれど、感慨に浸る間もなくルーナは上昇を開始する。
(はやく……はやくしないとこの人は死んでしまう)
十二歳の自分よりも年長だろう人間を抱え海面まで引き上げるのは、人魚のルーナといえどもそう簡単ではなかった。
それでもなんとか海面に顔を出した時、少年は気を失っていた。
「クレア!」
同行していた妹を呼ばわる。岩礁の陰で休んでいたクレアを見つけ、そこまで少年を抱えて泳いでいった。
そうして、二人で力を合わせてようやく少年を陸へ引き上げることができた。慌てて彼の胸元に耳を近づけ、心音を確かめる。――大丈夫、生きている。
「ルーナ姉さま、どうするの?」
ルーナと瓜ふたつの顔をした妹・クレアが心配そうに瞳を揺らす。
「クレア、この人を介抱してあげて。私は海底に戻っておばばから気付け薬を貰ってくるわ」
「でも……」
「人間が怖いとか言ってる場合じゃないでしょう」
クレアを叱咤し、ルーナはふたたび海に潜った。
かつてない速度で海中を泳ぎ抜けるルーナに、知り合いの魚たちが驚きの目線を送る。
ルーナがめざすのは魔女であり薬師でもある『海のおばば』の家だ。揺らめく海藻を掻き分け辿り着いた小さな家のドアを叩く。
「おや、ルーナ。どうしたんだい?」
「おばば。溺れた人間を助けたいの! 気付けの薬を頂戴!」
急き込んで言うルーナに、おばばもすぐに抽斗から薬を出してくれた。
「ありがとう、おばば!」
ルーナは身をひるがえすと、すぐさま海面を目指して上昇を始めたのだった。
「クレア! ……あの人は?」
岩礁に戻ったルーナだったが、そこに居たのは妹のルーナだけだった。
「ルーナ姉さま……ごめんなさい」
クレアが泣き出しそうに顔をゆがめる。
「何があったの?」
「別の人間が来て……」
「その人間が、あの人を連れて行ったの?」
「ええ……」
「それで、あの人は目を覚ました?」
クレアは言い淀んだが、やがてこう言った。
「……ええ」
「そう……。なら良かったわ。あの人とは何か話した?」
クレアはびくりと身を震わせたのち、こう答えた。
「ごめんなさい、姉さま。気が動転してあまりよく覚えてないの……」
「……そう……」
ルーナは気付け薬の瓶を握りしめた。もう一度彼の瞳を見てみたいと思ったが、彼は無事目覚め、助けの人間もやってきたのだ。だからこれが一番なのだ。
「帰りましょう、クレア」
振り切るようにクレアに声をかけた。クレアは青ざめていたが、きっと人間が怖かったのだろう。
姉妹は寄り添うようにして、人魚たちの住まう海底を目指して泳ぎだした。そのはるか頭上、夕暮れの空には昼間の三日月が白く輝いていた。
ルーナは沈みゆく少年に手を伸ばし、彼を抱きとめた。このままでは、海面に出るまで彼の命が保つかわからない。
有無を言わさずくちづけて、くちびるごしに息を吹き込む。少年が驚いたように目を瞠く。
アクアマリンの瞳と、ルーナの赤珊瑚の瞳が交差した。
なんて美しい瞳なのかしら。そう思ったけれど、感慨に浸る間もなくルーナは上昇を開始する。
(はやく……はやくしないとこの人は死んでしまう)
十二歳の自分よりも年長だろう人間を抱え海面まで引き上げるのは、人魚のルーナといえどもそう簡単ではなかった。
それでもなんとか海面に顔を出した時、少年は気を失っていた。
「クレア!」
同行していた妹を呼ばわる。岩礁の陰で休んでいたクレアを見つけ、そこまで少年を抱えて泳いでいった。
そうして、二人で力を合わせてようやく少年を陸へ引き上げることができた。慌てて彼の胸元に耳を近づけ、心音を確かめる。――大丈夫、生きている。
「ルーナ姉さま、どうするの?」
ルーナと瓜ふたつの顔をした妹・クレアが心配そうに瞳を揺らす。
「クレア、この人を介抱してあげて。私は海底に戻っておばばから気付け薬を貰ってくるわ」
「でも……」
「人間が怖いとか言ってる場合じゃないでしょう」
クレアを叱咤し、ルーナはふたたび海に潜った。
かつてない速度で海中を泳ぎ抜けるルーナに、知り合いの魚たちが驚きの目線を送る。
ルーナがめざすのは魔女であり薬師でもある『海のおばば』の家だ。揺らめく海藻を掻き分け辿り着いた小さな家のドアを叩く。
「おや、ルーナ。どうしたんだい?」
「おばば。溺れた人間を助けたいの! 気付けの薬を頂戴!」
急き込んで言うルーナに、おばばもすぐに抽斗から薬を出してくれた。
「ありがとう、おばば!」
ルーナは身をひるがえすと、すぐさま海面を目指して上昇を始めたのだった。
「クレア! ……あの人は?」
岩礁に戻ったルーナだったが、そこに居たのは妹のルーナだけだった。
「ルーナ姉さま……ごめんなさい」
クレアが泣き出しそうに顔をゆがめる。
「何があったの?」
「別の人間が来て……」
「その人間が、あの人を連れて行ったの?」
「ええ……」
「それで、あの人は目を覚ました?」
クレアは言い淀んだが、やがてこう言った。
「……ええ」
「そう……。なら良かったわ。あの人とは何か話した?」
クレアはびくりと身を震わせたのち、こう答えた。
「ごめんなさい、姉さま。気が動転してあまりよく覚えてないの……」
「……そう……」
ルーナは気付け薬の瓶を握りしめた。もう一度彼の瞳を見てみたいと思ったが、彼は無事目覚め、助けの人間もやってきたのだ。だからこれが一番なのだ。
「帰りましょう、クレア」
振り切るようにクレアに声をかけた。クレアは青ざめていたが、きっと人間が怖かったのだろう。
姉妹は寄り添うようにして、人魚たちの住まう海底を目指して泳ぎだした。そのはるか頭上、夕暮れの空には昼間の三日月が白く輝いていた。
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