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第2章

11話~迷い~

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午後6時。亜麻音グループビルの係員達は騒がしく動いていた。

騒がしい中、龍仁朗は渡り廊下で係員達の指揮をとっていた。

「もっと素早く行動しろ!あと3時間で寺崎御一行様が到着される!今回の食事会場は第二ホールだ!間違えるなよ!」

「はい!」

龍仁朗はため息をついた。

(はぁ...まさか急に交流会が行われるなんて...。お嬢様とのせっかくの休日が...。)

ガックリと肩を落としていても、龍仁朗に多くの係員が会食の手配の確認を迫ってくる。

「龍仁朗様、今回の会食のメニューはこちらでよろしいでしょうか。」

「いや、今日は大蔵様の体の調子がよくない。だから野菜中心のメニューにした方がいい。」

「龍仁朗様!第二ホールに演奏団体の配置完了しました。」

「了解した。引き続きレイアウトを頼む。」

素早く人をさばいていると、部屋から出てきた歌羽が龍仁朗の手を取って来た。

「龍仁朗!ちょっときて欲しいんだけど...。」

歌羽の顔はほんのりと赤くなっていた。

「はい、何でしょうか?

(まさか...熱?)」







歌羽は部屋に龍仁朗を入れて、誰にも見られないようにゆっくりと扉を閉めた。

「どうぞ座って。」

「ありがとうございます。」

さっきから歌羽は周りを気にしながら動いている。そんな歌羽を見て龍仁朗は違和感を感じていた。

(お嬢様...様子が変だ。一体何が...。)

龍仁朗が心配をしていると、歌羽は口を小さく震わせながら開いた。



「あ、あのね、龍仁朗...。貴方に...い、言いたいことがあって...。」

「何でしょうか...。」

歌羽は胸に手をあててゆっくりと深呼吸をする。

「私ね...。






誠様のこと...本気で好きになったみたい。」






ーチクッー






(え...何だ?この感じ...。)

心臓に針の先端が突き刺さる感じを龍仁朗は感じた。

その感覚は龍仁朗にとって初めてのものであり、胸のあたりを無意識に撫でていた。

歌羽は話を続ける。

「私ね...こんなに異性を本気で好きになった事、今までなかったの。一生一人の異性のことを愛さないまま死ぬんじゃないかと思ってた。」

歌羽の思いの丈を聞いていく内に龍仁朗の胸の痛みは増していった。

(なんだ...なんだこの痛みは...?



お嬢様の話を聞いても、全然嬉しくない...。)

歌羽はどこか遠くを見つめて動かない龍仁朗の顔を覗き込んだ。

「龍仁朗?どうかした?」

ハッと我に返る。

「いっいえ!何でもありません!お話の続きを...。」

「あ、もういいの。言いたいことは全部言ったから。...話に付き合ってくれてありがとう。



龍仁朗には感謝してるよ?私のために試行錯誤してくれたんだよね。」

歌羽の言葉に龍仁朗は目を見開く。

「お、お気づきに...!?」

「龍仁朗、つい最近リビングで寝ちゃったでしょ?その時に机に置いてあったメモに私と誠様のデートプランが書いてあったのを見たの。」

龍仁朗に大量の汗が吹き出し始めた。

「そっ...そんなっ...。私...。」

取り乱している龍仁朗を見て、歌羽はクスリと笑う。

「そんなに困ることじゃないでしょ?私嬉しかったなぁ。

...龍仁朗の為にも、幸せになるね。」


"幸せになるね"


龍仁朗はまたもや謎の胸の痛みに襲われた。

龍仁朗はたまらなくなり立ち上がってしまった。

歌羽はキョトンとする。

「どうしたの?龍仁朗。」

「え、えっと...その...。



お話の途中申し訳ないのですが、これから用事がありまして...。」

「あぁ、そうだよね、ごめんね~!時間取らしちゃって!」

歌羽は申し訳なさそうに手を合わせた。

龍仁朗は咄嗟に手を振る。

「い、いえ!全然大丈夫です!お嬢様の心情が知れて...よ、良かったです。



では、私はこれで。」

「うん!じゃあ、交流会でね!」

「はい。」



ーパタンー



「.........。


はぁぁ...。」

龍仁朗は部屋から少し離れた所で立ち止まり、重く長いため息を漏らした。

(お嬢様のお気持ちはとても喜ばしいことなのに...。


何故...ナゼ?


こんな情緒不安定なのははじめてだ。

こんなではお嬢様の側近は出来ないのに...。)

下を向いてずっと立ち止まっていたら、龍仁朗の後ろから太蔵の声が響いた。

「ここにいるということは歌羽から話は聞いたということかな?


龍仁朗くん。」

「たっ、太蔵様!?」

太蔵は驚く龍仁朗を前に深刻な顔をしていた。

龍仁朗は深く頭を下げた。

「大変申し訳ございません。今すぐに仕事にとりかかります。

...しかし、何故私がお嬢様といたことをご存知なのですか?」

太蔵はふくよかな体を優しく包むスーツを整え直しながら口を開いた。

「歌羽から話を聞いていたんだよ。

誠くんを心の底から愛せるようになったこと。そしてその事を龍仁朗に話すこと。」

「そ、そうだったんですか。」

「うむ。






...で?










嬉しくなかっただろう?」








「え....?」

太蔵の図星を突かれる思わぬ発言に龍仁朗は硬直した。

太蔵はためらいもなく同じ事を言った。

「歌羽が誠くんを心から愛せるようになったと聞いて、素直に喜べなかっただろう?」

龍仁朗の頭の中は混乱し始め、みるみると顔が青ざめていった。

「それは...それは...よ、喜びは感じました...。

えっと、でも、しかし...。」

「落ち着きなさい、龍仁朗くん。

君が今どんな気持ちか分からんが、私に自分の今の感情を包み隠さず言って欲しいんだ。」

龍仁朗は顔を俯いたままジッと固まってしまった。

太蔵はジッと龍仁朗を見つめたまま動かなかった。










「私はあってはならない感情を心に芽生えさせてしまいました。」

「.....。

それは?」













「私は...








もしかしたら、誠様に好意を抱いてしまったと思われます。

最初はお嬢様を突き放す誠様に憎しみすら抱いていました。

...しかし、誠様と己の信念のぶつけ合いをしていく内に本当の誠様が見えてきてしまって...。



それで...それで...。







申し訳ございません...。」

太蔵は少し時間が経った後、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。

「うむ...そんなことだろうと思っていたよ。

龍仁朗くん、君のその心情は

"もしかして"

じゃない。

確実な意思を持っているよ。











君は誠くんを好きになってしまったんだよ。」

太蔵の最後の言葉に龍仁朗は胸を貫かれる感覚があったが、不思議と歌羽の時よりもダメージは少なかった。

「...そうですか。」

太蔵は龍仁朗の言葉を聞いたら再び口を開いた。

「よく言ってくれたね。





...悪いが、私が言うことは一言だ。







これからは誠くんとは関係を持てるようなことはしないでくれ。






側近として、必要だってことだけしかしないでくれ。

我が亜麻音グループの為だ。分かってくれるね?」

「亜麻音グループ...。

側近...。」

二人が立つ廊下には係員達の騒がしい声が響いていたが、龍仁朗には全く聞こえなかった。
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