原っぱの中で

紫奈

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 あれから約一年が過ぎた。
君は他県の大学に進学していたが、帰省するという話を聞き、'会わない?'と私から声をかけた。
コンタクトをつけ約束の場所で君を待った。一時間遅刻してきた君は、呼吸を乱しながらお詫びにチョコレートを渡してきた。君がすごく綺麗に見えた。

君はとても顔が整っている。俗に言う塩顔イケメン、というやつだ。やる気のない服装は君にとても似合っていた。私は君が好きだった。


当たり前のようにカラオケに行く。一年前と同じカラオケ屋に入り、また同じように歌った。
やっぱり私は君の声が好きだったし、君は私の声を好きじゃなさそうだった。


その後お決まりのご飯を食べに行った。毎回君が誘ってくれるのがすごく嬉しかった。この日、街はクリスマスムードで盛り上がり、私と君を置き去りにした。ふらふらとイルミネーションを見ながら歩く。口数の少なくなった君を見て、どうやら歩くのは嫌いらしいと思った。


結局行き着いたのはラーメン。ムードの欠片もなかったが全く気にならなかった。君は辛味噌ラーメン、私はバター味噌ラーメンを頼んだ。
色んな話をした。君が笑うから私も笑った。君といると何やら口角が勝手に上がる。

思ったより量が多くて私はラーメンを残した。とっくに食べ終わっていた君は、ラーメンを一目すると'もらっていい?'と聞き、答えるより先に自分の器と私のを交換した。美味しそうにたいらげる君を私はぼんやりと見つめた。私は君が好きだった。


帰り際、君は名残惜しそうな素振りを見せた。何か提案しようかと悩んだが上手い言葉が思いつかずただ黙っていた私を、君は映画に誘った。恥ずかしそうに返事を待つ君を見て、私はふと、

'幸せってこんなかたちなんじゃないか'

と思った。忘れていた記憶が押し寄せてくる感覚だった。君が愛おしかった。愛おしくてたまらなかった。


たくさんの優しさをくれる君に惹かれた。行為なんかなくても、見返りなんか求めなくても、私に笑いかけてくれる君を見つけた。
君は私を大切な人だと言った。確かに言ったのだ。
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