無双xロジスティクス

テンチョウ

文字の大きさ
10 / 50
第一章 ~散ずる道、成す小径~

第10話 やるしかない!

しおりを挟む
「流石に危険ではないでしょうか?」
 親衛隊の一人が言う。
 呼延枹コエンホウが、敵に奇襲をかけると言い出したのだ。
「そうです。敵の力は、こちらの想定をはるかに上回っていました。我々だけで当たるにはリスクの高い相手です」
 他の者も同調する。
 これに呼延枹は。
「さっきも言ったが、あの強さは、十中八九、特殊なスキルのせいだ。知っての通り、スキルの使用には間隔を置かねばならない。十分な間隔を置かずに使用すれば、本来の力の一割も出せない。そして、強力なスキルほど、そのインターバルの時間は長い」
 言うと。
「では、今、敵はスキルが使えない状態ということですか」
 聞いた者が答えを出す。
 呼延枹は小さくうなずくと。
「考えても見ろ。世の中に何人いるかという程の才能を、輜重隊などに置いておくか? いくら国が、金儲けばかり考えてるクズの集まりでも、そこまで愚かではないはずだ」
 ことさら不敵に言う。
 まわりは彼に感心したように顔を見合って頷きあった。
「なるほど・・ 間隔を開ける他に、何か前線では使いづらい欠点があるのかも知れませんね」
 最初に危惧を口にした者も、納得したのか、そのように言葉にした。
 呼延枹は噛みしめるように頷くと。
「加えて今のさっきだ。これ以上の被害を出すまいという、こちらの姿勢は、相手にも伝わったはずだ。だからこそ、あえて危険をおかす意味がある! 今なら敵の虚を突ける!」
 今度は力強さを前面に出した感で言う。
 それに周囲から感嘆かんたんの声が上がった。

──喋り過ぎている。
 呼延枹はその自覚を持った。
 いつもなら、作戦の意図や、その理解、説明のたぐいは于鏡ウキョウの役割だった。いや、大抵は于鏡とのやりとりが、そのまま皆への説明にもなっていたのだ。

 呼延枹には、于鏡の気持ちは丸わかりだった。
 常に自分のことを第一に考えてくれている。自分を守ろうとしてくれている。それでも、友であるという態度を崩さず、自分を失望させまいと努力してくれている。
 呼延枹には、友にそこまでさせてしまう自分の立場が恨めしかった。しかしそのような素振りを見せれば、それこそ于鏡の努力を無駄にすると分かっていたし。呼延枹としても、于鏡をガッカリさせたくはなかった。

 その于鏡が深手を負った。
 もっともらしく言葉をつづったが、早い話、奇襲の意図にあるのは仕返しだ。
 それは死んだ味方には悪いが、呼延枹としては、于鏡を傷付けた事への報復が一番だった。




百鈴ヒャクリン、あとは頼んだぞ」
 言って馬豹バヒョウは、一番近い軍営まで連絡に行った。
 彼女の馬術ならば、馬を疲れさせずに最短最速で着くはずだ。

 敵は既に、どこかの輜重隊しちょうたいを襲った後らしく、その荷車を所持していた。
 輓馬ばんばが引くものはなんとかなるが、手押しの方は、流石に第三輜重隊といえども運ぶのは無理そうだった。このまま置いていくわけにもいかないらしい。
 また、戦った相手は他国の軍と思われた。それもあって、馬豹が駆ける事になったのだ。

 戦いの後は、賊を倒したときと同じだ。
 敵の武具を集めてまとめる。
 討ち取った数こそ前回より少ないが、皆防具を着けているので、回収は大変だった。
──曹長がうらやましい。
 死体から取り外すのに慣れない百鈴は、自分の馬術も馬豹ほどにあれば、連絡に志願して、この仕事をやらずに済んだだろうと夢想した。

 作業を続けながら、百鈴はおのが道程に皮肉なものを感じていた。
 彼女は前線で戦う自分を夢見て努力してきたが、レベルの低さから、望んだ場所から最も遠いところへ来る事になった。
 ところが、この三ヶ月ばかりで、二度の実戦を経験するに至った。
 武官学校の同期たちの中でも実戦までしたのは数人で、それも小競り合い程度の事であったから。
 攻撃を弾き、なし、かわしながら何人もの敵を絶命させるという、百鈴の体験は、彼女が他の部隊にいたら、まず経験しなかっただろう出来事だった。
 望まぬ場所で、夢見たことをやっている自分を認識し。百鈴は、自分がどんな感情を持てばいいのか、わからなくなった。また、どこか目標が、ぼやけてしまった。

──こんなこと考えてると、またイイトコの娘とか言われるな。
 馬豹は百鈴の悩みを下らないと吐き捨てる。
 百鈴も勢いで。
「曹長はなんで輜重隊に居続けてるんですか? 前衛の騎兵部隊でも余裕で通用するでしょ」
 聞いてみたが。
袁勝エンショウ大尉のいる所が、私のいるべき場所だ」
 などと言って、その心中は明かさなかった。


 そんな風に、あれやこれや考えてしまう、少し単調な時間──。


 それを打ち破る、猛烈な馬蹄の音が響く。
 敵の騎馬隊だ。
──態態わざわざ戻って来た!?
 百鈴は一瞬、撤退した敵軍が、再び反攻しに現れたのかと思った。しかし後続は見えず、騎馬単体で奇襲をかけてきたと理解した。
 隊員たちは急ぎ袁勝の元へと集まろうとするが、敵の勢いが速すぎる。
 騎馬に追いつかれた者は、馬上から突き降ろされた槍で、背中から貫かれた。
 もう一人、また一人、殺される。
 走る隊員を蹴散らしながら、騎馬隊は一点を目指している。
 彼等が向ける視線の先にいるのは、袁勝だ。
──いけない!
 百鈴は思うや否や馬に飛び乗り、馬腹を蹴った。
 騎馬隊の先頭、見覚えがある。先程も騎馬を率いていた、同じ男だ。
──あれを討つしかない!
 百鈴の頭に次々と様々な事が浮かんだが、どれもこれも、全て塗りつぶした。
 理由も、訳も、事の善し悪し、勝ち負けさえ、どうでもいい。
──今は敵を討つ、討たねばならない!!
 百鈴は側面を突くように敵に迫る。気のせいか、いつもより速く駆けている。
──やれば出来るじゃない!
 百鈴は無自覚に笑っていた。そして剣を抜く。
 馬上で剣のみでは多少不利だが──。
「しるかぁ!!!」
 気合いの声として懸念も消化した。
 相手も気付く、目が合う、方向を百鈴に変えた、あっちもやる気だ。


〔 豪槍打奏 〕


 強烈な槍の打ち込みが来る。
 よく見えている。
 剣をあわせ後ろに往なす。
 体勢が大きく崩れるが、何とかしのぐ、持ちこたえる。
──このまま片手で、捨て身の突きを放つ!

 戦闘の刹那せつな、百鈴は思い出した。
 自分が軍人を志した理由。
 誰かにとっての当たり前の大切を守りたい。子供のような理想。
──あの女のせいだ。
 馬豹とからむうちに、彼女がこの隊を掛け替えのない存在に思っているのを感じた。
──知ったんだ。
 知ってしまったから、見過ごせない。
 百鈴は自らの行動の動機を理解した。

 落馬しても構わないとばかり、体勢を崩しながら、勢いのまま鋭い突きを繰り出す。
 その動きは完全に相手の虚を突いた。
──私に感謝しろ!!
 百鈴は、この一撃で指揮官を倒せると確信した。

 だが──。
ホウ様!」
 後続の騎馬が百鈴との間に割って入り、身を挺して指揮官を守った。
 百鈴は突き刺した相手と共に馬から落ちた。
「ぐぁッ!」
 地面に叩きつけられた衝撃で体がきしむ。無理な体勢ゆえ、受け身もクソもなかった。
 そこに敵の騎馬、百鈴を仕留めに来る。
 殺されるのは分かった。
──なら馬の足を切って、コイツも落馬させてやる!
 タダでは死なんとばかりの思考に、百鈴は我が事ながら、流石商売人の娘と思った。
 そのとき。


〔 抑梟扶雀ヨクキョウフジャク 〕


 騎馬が百鈴をまたぐように駆けると、一閃、彼女を狙っていた騎兵の首を撥ね飛ばした。
 更に、後続の騎馬も立て続けに斬り殺す。
 一瞬誰かと見間違ったが、その姿は隊長の袁勝だった。
 彼は素早く切り返すと、はやぶさの如く駆け、敵の指揮官に背後から迫る。
 それを妨害せんとした騎馬を、またしても一振りでほふると、切り返してきた騎馬隊と正面からぶつかった。
 先頭にいるのは、勿論、敵の指揮官だ。


〔 豪槍打奏 〕


 馬ごと叩きつぶす勢いの振り下ろしが袁勝に迫る。
 しかし袁勝は構わずに突っ込む。
 槍の勢いを物ともせず打ち合って相殺し、次の瞬間には肉薄し、相手の腕を切り落とした。
 続けて彼を落としに来た後続の騎兵を往なし、すれ違いざまに斬り伏せた。

 指揮官が負傷した敵騎馬隊は、そのまま駆け去ろうとした。
 ところが──。
 その進行方向に突如、別の軍勢が現れた。
 敵は方向を変え、この戦塵せんじんからの離脱をはかろうとした。
 しかし、新手から別れた二隊の騎馬隊によって噛み付かれ、頭を砕かれ、バラバラになって逃げ出した。


 百鈴は、不意に出現した軍勢の旗を見た。
 国軍とは違う紋章、それは「袁」の文字に似ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

君は僕の番じゃないから

椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。 「君は僕の番じゃないから」 エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。 すると 「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる イケメンが登場してーーー!? ___________________________ 動機。 暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります なので明るい話になります← 深く考えて読む話ではありません ※マーク編:3話+エピローグ ※超絶短編です ※さくっと読めるはず ※番の設定はゆるゆるです ※世界観としては割と近代チック ※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい ※マーク編は明るいです

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?

ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。 それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。 「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」 侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。 「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」 ※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

ぱんだ
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

処理中です...